プロローグ
俺の名前は宮野 蓮、30歳。
ただのフリーターだ。
フリーターと言っても、大学だって行ってたし、就活だってした。
でも誇れるものじゃない。
俺は昔から少しでも面倒だと思ったら逃げてしまう性格だった。
例えば、中学の頃は最初こそ部活に入っていたものの、サボりがちになって気づけば周りとは大きな差ができていたし、俺の居場所なんてとっくになくなっていた。
だから、高校では部活には入らなかった。
大学受験のときは最初こそ頑張ってみようかなとか思っていたけれど、すぐに飽きて、一緒に頑張る友達すらもいなくて。
受験後、俺はほとんどの大学に落ちて、唯一受かったのはいわゆるFラン。
最低ランクの大学だ。
大学に入ってからは、サークルとか、バイトとか色々やってみたさ。
T●EICの勉強始めてみたり、資格取ってみようとか。
結局はすぐに全部うまく行かなくてやめたけど。
飽き性で、色んなものに手を出しては3日と絶たず、すぐ諦めて。
なのに、まーたすぐ他の新しいことを始めちゃって。
筋トレとか、ギターとかもね。
まあこれも例のごとくだ。
そんで、あっという間に4年生になって、急いで就活を始めたとき、ようやく自覚した。
──ああ、俺ってなんもねえじゃん。って。
周りが生き生きと、賞を取っただの、留学しただの、起業した経験があるだのと話しているのに対して、俺にはそんな風に言えることは何一つなかった。
そのときになって無性に恥ずかしくなったんだ。
時間はたくさんあったのに。
頑張らないで毎日をただただ何も考えないで過ごしたせいで。
その時間を挑戦に費やしてきた彼らに対して、何事も浅く、飽きたらすぐにやめて逃げてきた俺のどこに勝ち目があるのだろうか。
今更どうやってそんな彼らに勝とうとしているのか。
面接が始まって、さっそく面接官に聞かれたさ。
『学生時代に頑張っていたものを教えてください』
『長所を教えてください』
よくあるごくごく普通な質問。
練習はしていたさ。でも、本当に頑張ってきた人たちのあとで、俺が準備した多少誇張しても劣り過ぎている内容を話して、一体何になる。そんなの、『私はこんなに何もやっていないんです』と、宣言するようなものだろう。
ああ、一刻も早くこの場から去りたい。そんな事を考えてしまっていたら⋯⋯
「ぁ⋯⋯」
頭が真っ白になっていた。
何も言えなかった。
言葉が出なかった。
その後すぐ体調不良を訴えて俺は退席した。
そう、俺は逃げたんだ。
結局、最後まで就活はうまくいかなかった。
それからフリーターになっても今まで通り、うまくいかなかったらやめて、また新しいところに行って。
そんなことをしているうちに今年、20代が終わってしまっていた。
成長したことは怒られても何も思わなくなったことかな。
何回も怒られていくうちに、感情が死んでいくのがわかった。簡単に頭を下げて、怒る人が早くいなくなることを祈る毎日。
そして今日も、また失敗して「すみませんでした」と頭を下げる。
「⋯⋯」
でも今日だけは違った。なぜか怒られなかったんだ。
顔を上げて顔をみると、そこに怒りの感情は見られなかった。
その代わり、蔑むような、呆れが混じったその表情で。
「君、もう来なくていいよ」
その言葉は怒られるよりもずっと心にきた。
いつもなら新しいバイト先を探さなくちゃとか思うんだけど、今回は確かに、何かが崩れる音がしたんだ。
色々と言い訳を付けてはなんとか守ってきた何かが。
いつもどおりの帰り道。
手足は凍えるように冷え、息は白く濁る。
いつもと違うことといえば、今日はやけに駅前がデコレーションされている。
「あ、そっか。今日クリスマスか⋯⋯」
昔は毎年楽しみにしていたのに、最近は全く気にもしていなかった。
至るところにカップルがいて、幸せそうだ。
それに比べて自分は⋯⋯
──時々考えるんだ。なんで生きてるんだろうって。
仮に俺が今死んだら、悲しんでくれる人はいるんだろうかって。
もう地元の人とは誰も連絡を取っていないし、大学もそう。
最近はずっと一人だ。バイトだってクビになったし、俺を必要としてくれる人すらだれもいなくなった。
じゃあ、別に死んじゃっても誰にも迷惑はかけないのか。
それならもう⋯⋯
「危ない!」
突然後ろから声が聞こえた。
その声のせいでみんなこちらを見てくる。
なんだって言うんだ。
──ふと横を見ると、大きな車体が目の前にいた。
どうやら、いつの間にか飛び出していたようだ。
実はすでに限界だったんだろう。
体も、心も。
時間がゆっくり流れているのを体全体で感じる。
これで終わってしまうのか。
いざそう思うと恐怖と不安に一気に襲われた。
そっか、俺はまだ死にたくないのか。
さっきまで思っていたことは嘘だったんだなって、また今更自覚した。
たった一度の人生なのに、逃げて、逃げて、こんなふうに死ぬなんて。
そんなのだれだって嫌に決まってる。
頼む⋯⋯
自分勝手なのはわかってる。
もう手遅れなのもわかってる。
「でも、もう一度だ、」
ゴッ、と鈍い音が響き渡る。
全身が痛い。
もう感覚がない。
でも体温が下がっていくのだけは痛いほどわかる。
──ああ、俺、死ぬんだな。
どんどん周囲の音が遠ざかっていく。
もし高校生の頃、部活をやっていたら友達はいたのかな。
もし大学受験の時、腐らずに頑張っていたらもっと良い大学に入れていたのかな。
もし大学生の時、全部諦めないで続けていたら、あのとき自身満々に自分のことを語れたのかな。
そして、中学の時⋯⋯あいつに⋯⋯
──ったく、こんなこと死ぬ間際に考えることじゃないだろうに。
全てが手遅れなんだよ、俺⋯⋯
ここで、俺の意識は途切れた。
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