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9.友人の来訪その3


「紗夜ちゃん」


 俺の呼びかけに紗夜ちゃんは顔を上げる。

 呼び方にも慣れたのかもう嫌な顔はしなかった。


「何でしょうか?」


 相変わらず淡々としている。よく見ていると清俊と一緒にいる時だけは少し表情が柔らかくなる気がするが他はずっとこんな感じだ。

 俺に対しても少し警戒しているように見える。

 俺はそれがわかっていながら、わざとにこやかに笑いかける。


「買い物行くんでしょう?」

「はい」

「一緒に行ってもいい?」


 紗夜ちゃんが街に買い物に行くと清俊から聞いて俺は追いかけてきた。

 できれば紗夜ちゃんとも二人っきりで話してみたいと思ったからだ。

 俺の申し出に紗夜ちゃんは不思議そうにしながらも断りはしなかった。


「清俊様はいいと仰ったんですか」

「うん」


 まあ、少し渋っていたが。

 そうそう外に出られない清俊からしてみれば一緒に買い物に行くということ自体羨ましいことらしい。

 とはいえ、清俊は昔から俺に弱い。渋りながらも最後にはいいと許可をくれた。


「では、どうぞ」

「わーい」


 俺は無邪気に喜ぶふりをする。そんな俺を紗夜ちゃんは静かに見る。

 その目がなんだか、痛い。


「なに?」


 耐えきれず、俺が聞くと紗夜ちゃんはいえと首を振る。


「清俊様のお友達にしては樹希さんと清俊様はだいぶ性格が違いますね」

「まあね。清俊は生まれも育ちもいいから」


 俺の返答に紗夜ちゃんは納得したように頷く。

 そのまま俺と紗夜ちゃんは買い物に出かけた。

 買い物じたいとくに変わったことはなかった。夕飯に必要な食材を買う。俺は荷物持ちをしながら、買い物をする紗夜ちゃんについて回った。

 あらかた買って、帰路についた時には日が少し傾きかけていた。


「ねえ、紗夜ちゃん」

「はい」


 相変わらず硬い表情だ。少しは慣れるかと思ったがどうやら見ていると彼女は俺以外にもそんな感じだった。

 つまり清俊だけが特別だということか。

 そう思うとなかなかお似合いな夫婦ともいえた。


「本当にいいの?」


 確かめるようにそう聞くとそれに紗夜ちゃんは不思議そうな顔をした。


「何がですか?」

「清俊との結婚」

「またその話ですか?」

「だって、清俊のこと好きな訳じゃないんでしょ?」


 約束したから。

 そう言った彼女の顔を思い出す。嫌がっているようには見えなかったがだからと言って、その結婚を望んでいるのかとは言い切れなかった。

 もっとも紗夜ちゃんは表情が全く変わらないから何を考えているかよくわからないのだが。


「この結婚は清俊にとっては理がある。あの体質が少しでも改善されるなら、清俊はきっと喜んで結婚すると思うよ」


 そう、清俊はずっと自分のあの体質で悩んできた。だからこそその体質が少しでも改善されるかもしれないとすれば清俊は間違いなく結婚するだろう。


「でも、紗夜ちゃんにはなんの理もない」


 清俊が紗夜ちゃんに無理強いしているとは思わないが、もしかしたら本人には言い出せないこともあるかもしれない。


「約束って、幼い頃のものでしょう?嫌ならやめてもいいんだよ?」


 俺のその問いかけに紗夜ちゃんは何も言わない。

 しばらくして足を止め、俺の方を振り向く。その顔は少しだけ人間らしい表情が見えた。


「清俊様も、貴方も好きかどうかを気にされるんですね」

「そりゃあ、好いてもいない奴と結婚なんかしたくないでしょう」

「そうでしょうか」


 紗夜ちゃんはそう言うと顔を上げ、空を見上げる。


「私が鬼の血をひいているのは清俊様から聞いていますか?」

「うん」

「私は妖から恐れられ、嫌われる存在。そしてそれは人間達からもそうでした」


 紗夜ちゃんの表情は変わらない。ただ淡々とそれを語る。


「同じ妖を払う力を持っているといっても私の力は異端でした。その昔鬼は人を食べたという話もありますし、鬼もしょせんは妖。私は妖からも人からも忌み嫌われていました」


 それはなんとなくわかった。鬼の血を継ぐ。そう言われて少しして気づいたかが彼女の霊力はなんとなくよどんでいる感じがした。これが妖の血を継ぐということなのだろう。

 不快というほどではないが、気になるかと言われれば気になる。


「そんな私の扱いは酷いものでした。両親も幼い頃になくなって、私は1人、その日生きることにさえ困るありさまでした」


 自分のことなのに紗夜ちゃんはあくまで他人のことように語る。

 何となく聞いたことを悪く思っていると紗夜ちゃんが顔を下げ、俺の方を見る。


「そんな時、清俊様が私の目の前に現れたんです。あの人は私が必要だと言ってくれた。誰からも必要とされていなかった私をあの人だけが必要だとしてくれた」


 そう言う紗夜ちゃんの顔は少しだけ笑っているように見えた。

 彼女が俺に向けた初めての笑顔だった。


「それだけで私があの人と結婚する理由には十分だと思いますが」

「なるほどね」


 なんとなく紗夜ちゃんという少女がどんな少女なのかわかってきた。

 俺は紗夜ちゃんの隣に並ぶとその顔を見ながら尋ねる。


「君にとって清俊はいったいどんな存在?」

「清俊様は私の生きる意味です。あの人を守り、支える。それが私の生きる道です」

「そうか」


 紗夜ちゃんのその答えに俺は正直ほっとした。

 彼女は彼女なりに清俊のことを思っている。それがわかってなんとなく安堵した。


「紗夜ちゃんもあいつのことそれなりに好いてくれていて、よかったよ」

「そうですか」

「でも、それはたぶん清俊が欲しい好きとは違うと思うな」

「清俊様もそう言っていました」

「だろうね」


 紗夜ちゃんのそれは清俊の望んでいるものとは違う。もっと依存的である意味もっと深い。少なくとも恋焦がれるという感情とは違うものだとわかる。

 それでも全く別なものかと言われればそうとも言い切れない。

 紗夜ちゃんはそれ以上何も言う気はないらしく、止めていた足を再び動かす。

 俺もその後に続く。

 清俊の屋敷に戻ってくるとその玄関の前に清俊が待っていた。

 どうしたのかと思っていると紗夜ちゃんは慣れた様子で清俊の元へ駆けよる。


「清俊様」

「紗夜、おかえり」

「ただいま帰りました」


 そう言って二人はまた笑い合う。

 その様子を遠巻きに見ながら、俺は小さく呟く。


「なんだ。わりとお似合いな2人じゃん」


 少なくとも清俊にその気があるのは俺でもわかった。

 清俊と少し話してから紗夜ちゃんは俺の元にくると買ってきたものを受け取り、台所へと持っていく。

 その背を見送ってから、俺は清俊を捕まえる。


「清俊」

「樹希どうした?」

「なあ、お前は紗夜ちゃんのこと好きなのか?」

「な、なにを言って」


 紗夜ちゃんと違い、清俊はわかりやすく顔を赤くさせた。


「好きなんだな」

「それは、その、そうだろう」


 恥ずかし気にそう言う清俊に俺は思わず笑ってしまった。

 笑う俺に清俊は少しだけ怒ったような表情をし、俺を叩く。


「笑うな」

「悪い、悪い」

「清俊」

「なんだ?」

「俺は友人としてお前の恋路を応援してやろう」

「本当か!?」

「ああ、任せとけ」


 交友関係の狭い清俊のことだ。おそらく恋愛事も初めてだろう。ここは親友である俺の出番だろう。

 とりあえず、どうするべきか。

 俺は考えつつ、友人を応援するようにその背を叩いた。


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