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20.たとえ鬼と恐れられても


 紗夜を引き取ってから数日、私の屋敷に東雲のおじさんがやって来た。

 何の用かは聞かなくてもわかった。私は既に紗夜の鬼の力がどのようなものか見ていたからだ。

 そして予想通り、東雲のおじさんの話はそのことについてだった。


「清俊、もうわかっていると思うが紗夜には鬼の血が流れている。紗夜を普通の少女とは思わない方がいい」

「それはどういう」

「言葉通りだ。まず、普通の人間よりも身体が丈夫だ、多少の傷は問題ない。それに生まれ持った身体能力も高い。おそらく、鍛え抜かれた武人と比べてもひけはとらないだろう。それにその血故に妖を払う力を生まれながらに持っている」

「だから、普通の少女と思うなと?」


 東雲のおじさんの言っていることはわかった。

 確かに紗夜は強かった。幼い少女とは思えぬほど。だが、だからといって、普通の少女でないといっていいものか。

 少なくとも私はそう思いたくなかった。

 そう思ってしまえば、それは紗夜を虐げていた者たちと変わらない。

 そんな私の心中を悟ってか、東雲のおじさんは静かに言う。


「他にも理由がある。これはまだあまり公にはしてほしくないが、紗夜の、真の鬼の力はそれではない。鬼の伝承を知っているか?」

「いえ」

「鬼は古来より白銀の髪に血のように赤い瞳をもつとされている。それが本来の鬼の姿だ」


 その姿には見覚えがあった。あの時、見た紗夜の姿はまさにそれだったからだ。


「とはいえ、いつも鬼の力が使える訳ではない。鬼の血を継いでいるとはいえ、その血は薄まっているからな。鬼の力を発動させるには条件がある。それが霊力だ。より強い純粋な霊力、それが必要となる」


 より強い純粋な霊力。だからこそあの時、紗夜は迷わず私の血を飲んだのだろう。そうすることで鬼の力が使うことが出来ると知っていたに違いない。


「清俊、万が一身の危険が迫ったら迷わずあの時の様に紗夜に自分の血を飲ませろ。お前の霊力の高さなら紗夜は鬼として覚醒できる」

「鬼として、ですか」


 それは紗夜を利用しろと言われているのと同じだ。いや、既に紗夜と契り、自身のその体質をどうにかしようとしている時点で紗夜の力を利用していると言っても過言じゃない。

 私は結局どこまでいっても身勝手だ。


「本当にそれでいいのでしょうか」


 思わず口からでた私の言葉に東雲のおじさんは表情一つ変えずに言う。


「酷なようだが、それがあの子の利用価値であり、生かしておく理由だ。清俊、紗夜を使って、自分の身を守れ。お前は何があっても生き延びねばならない。死んでいった同族の為にもな」


 東雲のおじさんのその言葉を聞き、私は静かに目を閉じ、頷く。

 そう、私は生きなければいけない。

 ここで如月の名を途絶えさせるわけにはいかない。

 それが死んでいった者への唯一の罪滅ぼしなのだから。







「紗夜!」


 壁へ強く叩きつけられ、そのまま床に蹲る紗夜に私は駆け寄る。私が駆け寄っても紗夜は顔すらあげない。それだけ傷が深いということだ。

 私は慌てて紗夜を抱き起こす。紗夜は腹部を抑え、顔を歪ませていた。

 見れば僅かに血が滲んでいる。


「紗夜、大丈夫か、紗夜!」


 私がいくら呼び掛けても紗夜は返事を返さない。

 しかしそれでもなお戦おうとしているのか、刀を握りしめたまま、僅かに身体を動かし、立とうとする。

 だめだ。これ以上、このまま戦わせる訳にはいかない。

 このままだと紗夜が死んでしまう。

 そうせずにはすむ方法はひとつ。

 そう、私は知っている。

 紗夜の鬼の力に頼ることだ。

 どっちにしろ、このまま紗夜が戦えなければ私も樹希も紗夜もみなここで死ぬことになるだろう。そうしない為にはもうこうするしかなかった。


「すまない、紗夜」


 私はそっと紗夜の唇を開ける。そして腕から流れ落ちる自らの血を紗夜に飲ませた。と同時に紗夜の身体が青い炎に包まれる。

 渦巻く、激しい青い炎。見た目こそ恐ろしいが、すぐそばにあるというのにその炎は熱くない。むしろ冷たい。

 鬼火と呼ばれる、青い炎は人にはほとんど害はない。しかし妖の身を焼き尽くすことができる炎だ。

 炎が上がったと思うと、紗夜の黒髪から色が抜け落ち、白銀になる。そして紗夜は目を開けた。

 赤い血のように赤い瞳が静かに私を見る。


「紗夜」

「清俊様、下がって下さい」


 紗夜はそう言い、先ほどまでの苦しい表情などなかったように、涼しい顔をし、立ち上がる。そして刀を構えると妖に斬りかかった。

 先ほどまでの動きと全く違う。

 先ほどよりもずっと速く、洗練されたその動きはあっという間に妖を追い詰め、そして切り裂く。妖の鋭い悲鳴が上がった。

 紗夜が戦っているその隙に私は恐怖からか座り込んでいる樹希の元へ向かった。


「樹希、大丈夫か?」


 私がそう言い、尋ねるも、樹希は何も言わない。ただ青い顔をし、震えている。

 よほど妖が恐ろしかったのか。

 いや、当然だろう。相手は禁忌妖禄に載っている妖である。樹希は分家にすれば力が強いほうだが、だからといって妖と一対一ができる程ではない。


「樹希、大丈夫か、樹希!」


 放心状態の樹希を激しくゆすり、意識をこちらに向けさせる。

 ゆっくりと樹希はこちらに顔を向け、私を見た。


「清俊」

「ああ、大丈夫か、樹希」

「あれはなんだ?」

「あれが禁忌妖禄にのる妖だ。普通の妖とは霊気が違う」

「違う、そうじゃない」


 樹希はそう言うと私の肩を強く掴む。

 それに傷のある方の肩が痛んだ。


「あれはなんだ!あれは、人間じゃない!化け物だ!」

「樹希?」


 そこで私は樹希の言っていることがおかしいことに気づいた。そう、妖をさして言っているのではない。そう、樹希が化け物だと恐れていたのは紗夜だった。


「樹希、お前、何言って」


 いや、無理ないことかもしれない。私だって最初に紗夜のその姿を見た時、身体震えた。妖とは違う異質なもの、それに確かに恐怖したのだ。

 だが、今は違う。

 私はそっと樹希の手を掴み、肩から手を外させる。ひょうし抜けするほどすんなりと手は外れた。


「樹希、あれが紗夜だ。そして私の妻になる人だ」


 そう、紗夜は確かに鬼の血を継ぎ、鬼の力を持っている。

 化け物だと言われればそうなのだろう。否定はしない。

 それでも、私は、そんな紗夜のことを心から愛していた。


「樹希、いくらお前でもそれ以上何か言うと許さないぞ」


 私がそう静かに、感情を押し殺して言うと樹希ははっとし、我に返ったような表情をする。それから私を見て、謝る。


「悪かった。ちょっと、そのいや、ちょっとどころじゃないけど驚いて、な」


 樹希はそう言うとぎこちなく笑う。

 表情は硬いが、身体の震えはとまり、いつもの樹希に戻っている。

 それに私は安堵した。

 その時、妖の咆哮が響いた。見れば妖の身体に青い炎がまとわりつき、その身が燃えていた。妖はその火から逃れる度に右往左往し、転げまわる。


「くっそ、くっそ、鬼が、鬼が邪魔するか!!」


 妖はそう叫ぶと地面に腕を突き刺す。すると地面からゆらゆらと黒い影が立ち上る。よく見れば、それは人の形をしており、ゆらゆらと揺れながらこちらに向かってくる。

 紗夜がちらりと私達の方を見る。しかしさすがの紗夜も妖を抑えるので精一杯でこちらまで助けに来る余裕はない。

 いや、無理すれば出来るとは思うが、これ以上の無理を紗夜にさせたくない。

 そう思っていると樹希が大丈夫だと言い、立ち上がる。


「こいつらぐらいなら俺でもなんとかなる」


 そう言うと樹希は私を庇う様に前に出て刀を構える。そして端からその怪しげな人影を切り裂いていく。

 霊刀で倒せるということはこれも妖の一種なのだろうか。それとも亡霊か。どちらにしろ、この場で倒すしかない。


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