17.作戦会議その2
「ごめん下さい」
3人でお茶を飲みながら話をしていた時だった。玄関から聞いたことない女性の声が聞こえる。
紗夜ちゃんが立ち上がり、玄関へ向かおうとするがそれを清俊が止めた。
清俊はどうやら声の主に覚えがあるようだ。
僅かに緊張したような顔をし、立ち上がると玄関に向かう。
紗夜ちゃんがすぐにその後に続く。俺もなんとなく気になり、そのあとに続いた。
玄関に向かうとそこには二人の姿があった。
1人はそれはそれは綺麗な少女だった。
年は紗夜ちゃんと同じか、それよりも上ぐらいだろうか。和風美人という言葉が似合うような、品のある落ち着いた雰囲気の少女だった。
一目見て、彼女が京極柚月であろうとなんとなくわかった。
もう一人はその少女の後ろに控えるように立っていた。
おそらくは護衛の人間なのだろう。普段なら気にもしないがその鮮やかな容姿に思わず目が奪われる。
金色に輝く髪、深い青い瞳、彫りの濃い顔。この時代にしては珍しい洋風の服。
日本人離れしたその容姿からその男が外人だとわかった。
「柚月さん」
清俊が少女の名前を呼ぶ。
やはり京極柚月で間違いないようだ。
外人の護衛を引き連れながら見劣りしないその容姿はさすがだった。
「こんにちは」
京極柚月はそう言って、笑みを浮かべる。
どこか妖艶さを感じるその笑みに思わず目を奪われた。
「急にどうしたんですか?」
「ごめんなさいね。連絡もなくきちゃって、上がってもいいかしら?」
「いいですが」
清俊はそう言うと紗夜ちゃんに目で合図を送る。紗夜ちゃんは頷き、お茶の準備をするために戻る。
その様子を京極柚月は興味深げに見ていた。
「ふうん」
「何か?」
「あの子が噂の花嫁さんかと思って」
どうやら四大名家の中でも紗夜ちゃんのことは噂になっているようだ。
京極柚月は俺に気づくと微笑み、見とれるような綺麗な動作で頭を下げた。
それに俺も慌てて頭を下げる。
「そちらはどなたかしら?」
「樹希です」
「おい、清俊」
誰かって聞かれて樹希ですって返すばかがいるかよ。
樹希じゃわからないだろう。
俺は咳払いをし、付け足すように言う。
「篠塚樹希です」
「ああ、如月家の分家の方ね」
俺が分家の人間だとわかっても京極柚月は態度を崩さなかった。
少なくとも権力をかざすようなタイプではなさそうだ。その点は鳳条の家よりもまともそうだ。
清俊の案内で二人は応接間へとやってくる。
そこには紗夜ちゃんがお茶の準備をして待っていた。
「それで今日はどうしてここに?」
「せっかくだから作戦会議でもしようかと思って」
そう言って京極柚月は笑う。
「命を預け合う仲ですもの、顔ぐらい見に来て当然じゃないかしら」
「そうですか」
清俊は少しだけ心配そうな顔をし、紗夜ちゃんの方を見る。
それに京極柚月は声を出して笑う。
「本当に顔を見にきただけよ。そんな顔しないで」
京極柚月はそう言うと興味深げに紗夜ちゃんを見る。
それに紗夜ちゃんは少しも動じず、真っすぐとその顔を見返す。
「貴方が紗夜さんね」
「はい」
清俊から話を聞いているのだろう。しばらく紗夜ちゃんを見てから京極柚月はぽつりと言う。
「これじゃあ、麗華じゃ敵わないわね」
「そ、そういう訳では」
そう言いつつも清俊は反論しなかった。つまりそういうことだろう。
麗華とはおそらく鳳条家の一人娘の鳳条麗華のことだろう。噂では仲が悪いと聞いていたが、どうやら真実のようだ。
「こっちも紹介しないといけないわね。私は京極柚月、京極家の一応跡取り娘ってとこかしら」
京極柚月はそう言うとちらりと横にいる外人の男を見た。
「こっちは護衛のレオ、よろしくね」
「よろしくお願い致します」
レオと呼ばれた外人は外人のわりには流暢な日本語を喋った。
もう日本にいて長いのかもしれない。
そもそも分家以外の人間が本家の護衛になれることは少ない。特に外人を護衛につけているなど珍しかった。
しばらくお茶を飲みながら、たわいもない会話する。
と言っても話しているのは清俊と京極柚月だけだ。
ただの分家である俺と護衛であるレオさんは話に入ることはまずできない。
紗夜ちゃんは清俊の結婚相手で如月家の人間になる人物だから会話に入れなくもないが、もとから無口な性格からか会話に進んで入っていくことはなかった。
しばらくして会話の切れ目になったところで俺は素早く清俊の腕を軽く小突く。
清俊はどうしたと間抜けにも聞き返してきた。その様子を見て、京極柚月が笑う。
「いいわよ。普通に話しても」
「え?」
「命を預け合う仲ですもの。そんなこと気にしないわよ」
「樹希、さっきから喋らないと思ったらそんなことを気にしていたのか?」
普通は気にするんだよ。
いくらそう言われたとしても相手は四大名家の京極家の跡取り娘。そう簡単に口をきけるような相手じゃない。
とは言いつつも清俊にこのまま任せていては話が進みそうにない。
俺は意を決すると京極柚月の言葉に甘えることにした。
「それじゃあ、その失礼して、今日ここに来た目的である作戦会議をお願いしてもいいですか?」
俺のその言葉に京極柚月は頷く。
「それじゃあ、まずは今回倒すべき妖がどこにいるか知ってる?」
思わず清俊を見る。
清俊は首を傾げる。
何も知らないようだ。その呑気さに俺は思わず呆れてしまった。
京極柚月はそれを気にせず、お茶を飲みながら言う。
「紅娑の館って場所は知っているかしら?」
「帝都のはずれにある西洋風の建物ですよね」
「ええ、昔とある金持ちが住んでいたという立派な屋敷よ。今はもう誰も住んでいない空き家だけど」
「そんな建物があるのか?」
清俊が驚いた様に言う。
屋敷にほとんど引きこもっている清俊は知らなくて当然かもしれない。
「あるんだよ。あまりいい噂は聞かないけどな。一家心中したとか」
「それはだいぶ物騒だな」
「妖の住む家なんてそんなものよ。とくに上級ともなれば、そこにいるだけで人に害をなすわ」
「そこに禁忌妖禄の妖が?」
「ええ、どうやら住み着いているみたいね」
京極柚月はまるで天気の話でもするような軽さで言う。
「行くなら夜ね。妖は夜の方が出やすいし、なんなら今日の夜行く?」
「はい!?」
思わず声が裏返る。
それに清俊が驚いたようにこっちを見たが今は気にしていられない。
今日の夜行くだと。
そんな遊びにいくかみたいな軽さで妖退治なんて冗談じゃない。
「あ、すみません。その、それは、準備とか」
「準備なんて大してする必要ないわよ。行けば妖は確実に出てくるから」
「清俊がいるからですか」
「ええ」
やはり京極柚月は清俊を囮にするつもりらしい。
ちらりと清俊の方を見る。清俊の表情がなんとなく硬い気がした。
「清俊、大丈夫か?」
一応聞けば清俊は笑って大丈夫だと答える。
「無理はするなよ」
「わかっている」
「仲いいのね」
清俊と俺のやりとりを見て、京極柚月はそう言って、感心する。それに清俊は少しだけ嬉しそうな顔をした。
「ええ。幼馴染でもあるので」
「そうなんだ」
京極柚月は、今度は紗夜ちゃんの方を見る。
紗夜ちゃんはそれにやはり無表情で見返す。
「紗夜さんともそれぐらい仲がいいの?」
「そ、それは」
清俊は傍目からでもわかるように動揺した。
それでは言葉を否定しているも同然だ。
友人のあまりのわかりやすさに思わずため息が出る。
「清俊様、どうかしましたか?」
「い、いや」
あまりに清俊の動揺が大きかったのか、紗夜ちゃんまで心配しだす。それに清俊は慌てて何でもないと繰り返す。その様子を京極柚月は面白そうに見る。
「なるほどね、奥手だとは思っていたけどこれは相当大変ね」
京極柚月はそう言うと茶菓子に出された羊羹を食べる。
一口食べて美味しいと言い、年相応の笑顔を見せた。
そんな子供らしい表情もできるのかと思っているともう一口きり、京極柚月は隣に控える護衛にそれを差し出す。
「レオも食べる?」
「いえ、私は」
「遠慮しなくてもいいわよ。はい」
主人にそう言われれば、当然逆らえないだろう。レオさんは頂きますと言うと口を開けて食べる。
まさかこの状況であーんをされるとはさすがに俺も思っていなかった。
どんな状況だよ。少し羨ましいぞ。
そんな俺の内心を気にせず、京極柚月はすぐに話を戻す。
「この中で霊力的に一番強いのはやっぱり清俊ね」
そう言うとちらりと京極柚月は俺の方を見る。
「樹希さん、貴方は刀の腕前はどう?」
「それなりですね」
「妖退治はしたことあるわよね?」
「ええ、ですが下級がほとんどです。上級はもっと大人数で退治していました」
「分家なら当然ね」
京極柚月の言う通り、四大名家の人間に比べ、分家の人間はそもそも霊力が高くない。その為、数で勝負するのが一般的だ。そのうえ、妖を探す際も数が多いほうが有利になる。
京極柚月は、今度は紗夜ちゃんの方を見る。
「紗夜さんは?たしか、東雲家に指南されていたと聞いているけど」
「はい。妖は、清俊様に手を出そうとしたものは全て払ってきました。どの程度のものかはわかりませんが」
「紗夜は強いですよ」
「そうね。鬼の血を継いでいるものね」
「はい」
「じゃあ、期待しているわ」
京極柚月はそう言うとあっと声を出し笑う。
「でも、大丈夫よ。妖退治に関しては清俊に全く期待していないから、妖が出たら隠れていていいわよ」
京極柚月のその言葉に清俊は微妙な顔をする。
どうやら彼女は可愛い顔をしてはっきりと物をいうタイプらしい。
「戦闘力は十分ね。私は京極家の中ではそれなりだし、レオも私に連れだって上級の妖退治に何度か参加しているから」
「それで、そのいつ行くんですか?」
俺は確かめるように聞くと京極柚月は羊羹を食べながら答える。
「今日は駄目なら明日かしら」
「明日」
「こういうのは早くやってしまった方がいいでしょう」
「そう、ですね」
普通妖退治をするとなれば一カ月前から準備をするのが普通だ。よっぽど急ぎの時だって一週間以上は準備に費やすのに。それがまさかの明日。
さすがは四大名家だとしか言えない。
「柚月さん」
「なに?」
「どうして今回に限って京極家が妖退治を?」
「そうね」
清俊の最もの疑問に京極柚月は少し考えてから答える。
「まあ、お父様の一存だから真意はわからないけど、私を試したいと言うところかしら」
「試す?」
「ええ、当主になれる器かどうか」
器もなにも京極家には今跡をつげるのは京極柚月の他はいないはずだ。
清俊もそう思ったのだろう。当然のように疑問を口にする。
「京極は柚月さんしかいないのでは?」
「ええ。でも、お父様としても私をそのまま当主にすることには思うところがあるみたい。お兄様の件もあるしね」
京極家の長男の話は有名だ。
本来、京極柚月の上に一人息子が京極家にはいたのだ。しかし妖退治の際にその跡取り息子を京極家は亡くしてしまう。本来なら跡を継ぐはずであった息子が死んだ為、現在は残された京極柚月が跡取りであると一般的には言われている。
「そういう訳で今回は絶対失敗できないの。清俊、お願いね」
清俊にそう言うと京極柚月は最後の羊羹を口に入れ、満足そうな笑みを浮かべた。
それから少しして、京極柚月は帰っていった。
最後に期待していると言い、こちらに笑顔でプレッシャーをかけながら帰っていた。
京極柚月が帰った後、俺と清俊はお茶を飲みなおしていた。
紗夜ちゃんは片づけをしに、台所に行っている。
俺は清俊と向かい合いながら、食べ損ねていた羊羹をようやく口に入れることが出来た。
「なんかすげえな」
俺のその言葉に清俊は首を傾げる。
「京極柚月だよ。顔は美人だけど性格は思っていたよりきついな」
「そうか?」
「まあ、ある意味紗夜ちゃんもそうだけど」
「紗夜が?いや、紗夜の方が可愛いぞ」
「そういうこと言っているんじゃないの」
全く隙あればすぐにそういうこと言って、そんなに好きなら本人に言えっての。
俺は羊羹を口にほおばり、お茶を一気に飲む。
「それより、明日の夜だぞ?準備は大丈夫なんだろうな」
「その、準備とはなにするんだ?」
清俊のその言葉に俺はがっくしと肩を落とした。
本当に何も知らないらしい。
とはいえ、清俊も妖退治は初めてだ。知らなくて当然と言えばそうか。
仕方なく俺は一から説明していく。
「まずは防具と武具が必要だ。ああ、清俊はいらないからな」
清俊に戦わせる気はさらさらない。
俺の言葉に清俊は頷く。
「紗夜の分がいるな」
「紗夜ちゃん、霊刀は持っているよな?」
「ああ、私が与えた」
なら、まずは問題ない。妖退治の際必要になるのは霊刀と呼ばれる、特殊な刀だ。
これがなければ、妖を斬ることはできない。
「防具はどうだ?」
「如月家のものならあるな」
「じゃあ、それを使ってくれ」
防具も霊刀同様特殊なものを使う。
防具はなくてもいいが、妖からの攻撃を防いでくれるので、あれば命を守ってくれる。
「あとは結界の準備だな。結界の墨はあるよな?」
「ああ」
結界を張る際の墨も当然それなりの特殊のものだ。結界を張る際はその隅に術者の血を入れ、使う。清俊の血は霊力が高いから、当然効力も強くなる。
「あとは気持ちを強くもつぐらいか」
「気持ちを?」
「そりゃあ、禁忌妖禄にのっている妖だぞ。俺だってそれだけ強いのとはやったことないんだよ」
「そうなのか」
「清俊も本当に大丈夫か?」
「心配症だな」
「そりゃあ、心配もするだろう」
俺はそう言うと清俊を見る。清俊はそれに苦笑する。
「不安がないと言ったらうそになるな」
清俊はそう言うとそっと遠くを見ながら言う。
「妖とこうしてちゃんと対峙するのは十年ぶりぐらいだな」
十年前が何をさしているのか俺は知っていた。
如月家を襲った大事件。
その傷跡はいまだ清俊にも残っている。
「あの時は何もできなかった」
一人生き残った清俊。
あの時残された清俊からしてみれば、どれほど辛かっただろうか。
その状況になっていない俺にはその気持ちを想像することしかできない。
「今もできないが、今は紗夜がいる」
気づけば清俊は笑っていた。笑いながら俺の方を見る。
「紗夜が守ってくれるらしい。だから私は大丈夫だ」
昔とは違う明るい表情に俺は内心ほっと思いつつ、そうかと頷く。
「よーし、それじゃあ、俺も影ながら頑張るか」
「ああ、期待している。だが、樹希」
「うん」
「死ぬなよ。それだけは許さない」
「わかってるよ」
清俊の言葉にすぐにそう言い笑う。
俺だってまだこの若さで死にたくない。
それに。
「お前をおいていけるかっての」
俺の言葉に清俊は満足そうな顔をし、そうかと頷いた。




