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13.四大名家の話し合いその2

 

 屋敷に上がり、しばらく廊下をいったところで見たことのある人物がやってきた。


「東雲様」


 そう言って、東雲のおじさんを呼び止めたのは京極颯真さんだった。

 四大名家のひとつ、京極家の現当主である。年は東雲のおじさんよりも若く、生きていれば私の父と同じくらいの年だろう。

 京極家と如月家はあまり親交がある訳ではないが、颯真さんの代になってから、京極家と東雲家は協力体制をとるようになったので、少なくともお互い見知った仲ではある。


「颯真か。どうした?」


 東雲のおじさんは笑顔で答える。その話し方から気を許す仲なのがわかる。


「少しお話したいことがあるのですが宜しいでしょうか?」

「そうか」


 東雲のおじさんはそう答えるとすまなそうな顔をして私の方を見る。


「清俊、わるいが先にいっておいてくれるか」


 屋敷にさえつけば、結界がひかれているので、妖に襲われる危険性も低くなる。ここからは護衛も必要ないだろう。

 私は頷き、颯真さんに頭を下げてから横を通る。颯真さんは軽く笑ってそれに答えた。

 東雲のおじさんと別れ、高杉家の使用人の後に続き、更に奥へと入ってくると突然、廊下の真ん中で使用人が足を止める。


「清俊様、申し訳ありません。話し合いまでまだお時間がありますので、お部屋が空いているか確認致します。しばらくこちらでお待ち頂いてもよろしいでしょうか?」


 廊下の真ん中で待てと言われるのは変なものだ。違和感をおぼえながらも使用人に詰め寄っても仕方ないと思い、言われたとおりにすることにした。


「わかりました」


 私が承諾すると使用人は何故かどこかほっとしたような表情をし、頭を下げ、その場を立ち去る。しばらく中庭でも眺めて待っていると不意に軽やかな足音が聞こえた。


「清俊様!」


 聞いたことのある女性らしい甘く可愛らしい声音。

 廊下で待たせたのはこれの為かと思ったがこうなってはもう遅い。

 私は笑顔を作ると私の元へ駆けてくるであろう相手を迎える。

 案の定、そこには予想通りの少女がやってきた。

 鳳条麗華。四大名家のひとつ、鳳条家の娘であり、私によく声をかけてくる人物でもあった。

 姿は見目麗しい少女だ。年頃の少女らしく、化粧をし、長い髪は巻き、着物も女性らしい華やかなものを着ている。

 いつも大人しい柄の着物ばかり着ている紗夜とは真逆だ。


「清俊様、お久しぶりです!」


 そう言い、麗華さんは私の腕に抱き着く。それに笑顔を崩さない様にしながら、そっとその身体を離す。

 しかし麗華さんは私の意図に構わず、更にきつく抱き着くと満面の笑みで見上げる。


「とってもお会いしたかったですよ」

「そ、そうですか」


 再度腕から離そうとしたが、やはり麗華さんは離れない。


「何度もお手紙をお出ししたのにつれない返事ばかりで麗華は悲しかったです」

「それは、その申し訳ありません」


 麗華さんからの手紙はそのほとんどが逢引の誘いのようなもので、当然ながら受けられるものではなかった。

 紗夜がいるから難しいと断りを散々書いたにも関わらず、その手紙は減ることはない。

 更には人目を忍んではこのように私に接触し、声をかけてくる。

 お互い四大名家のひとつでもある為、波風たたないように断りをいれているのだが、それでも一向に止む気配がなく、私も心底困り果てていた。

 先日の東雲のおじさんが言っていたことが正しければ、京極家の命で麗華さんも動いているのだろう。そうすれば麗華さんがこれだけひかない訳もわかる。


「今度どうですか?二人でお出かけでも」

「いえ、私は屋敷の外には出られませんので」

「それなら、ぜひ鳳条家に来てください。清俊様なら大歓迎ですから」

「いえ、私などが伺うわけには」

「そんな遠慮なさらずに」


 あまりにぐいぐいとくるその態度に思わず私はたじろぐ。笑顔も少しひきつってきている気がする。

 意を決して少し強引に麗華さんを自分の腕から離し、静かに言う。


「申し訳ありません。私には既に結婚を約束している相手がいますので、その相手に誤解されるような行動はしたくないのです」


 私の言葉に麗華さんの表情が一瞬無表情になる。すぐにまた笑顔になると私に媚びるような態度をとる。


「ああ、噂の鬼の血をひく娘でしたっけ?」


 紗夜のことは当然知っているのだろう。しかしその言い方からも態度からも紗夜のことをよく思っていないのがありありとわかった。


「そんな嘘か本当かもわからない相手を本当に娶る気なんですか?」

「はい」


 私のそれに麗華さんは笑う。笑っているが目は全く笑っていない。むしろ冷やかさえ感じる。


「清俊様は人が良すぎますよ」


 そう言って麗華さんは一歩私に近づくと上目遣いで私を見る。


「あんな子よりもずっと私の方が清俊様の為になりますよ。どこの血筋かわからない娘よりも四大名家同士で婚姻を結んだ方が清俊様にとっても良いのでは?」


 確かに麗華さんの言う通り、如月家の現状を考えれば四大名家同士の結婚は意味があるかもしれない。如月家の当主としてはむしろそうした方がいいともわかっている。

 それでも私はやはり紗夜以外を娶る気にはなれなかった。

 そのことを麗華さんに伝えようとした時、廊下の奥から静かな足音が聞こえた。

 思わず視線をそちらへやる。私の視線に気づき麗華さんも振り返り、やってきた人物を見て、思わず顔をしかめた。

 麗華さんのあからさまなその態度を意にもせず、やってきた人物はのんびりとした口調で言う。


「あら、廊下の真ん中でいったい何をしているのかしら?」


 そう言うと京極颯真の一人娘である、京極柚月は見とれる程綺麗な笑みを浮かべた。


「場所も時も考えず、こんなところで如月様に話しかけるなんて鳳条家も必死ね」


 柚月さんはそう言って麗華さんを見て、挑発するように笑う。

 麗華さんと柚月さんは年齢が近いながら、その仲はけして良いものではない。

 どちらも四大名家のひとつでありながら、もとから鳳条家と京極家は仲が良くない。当然ながらその娘たちである二人の仲もよくなかった。周りからは互いに比べられ、本人達も顔を見合わせれば口喧嘩がたえなかった。

 どちらも容姿は整っているもののその容姿も対照的で華やかな麗華さんに比べ、柚月さんは品がよく、おしとやかな美しさがあった。

 柚月さんは私達のもとにやってくると私に笑顔で挨拶をする。それに私も慌てて答える。

 私たちが挨拶しているその間も麗華さんは柚月さんのことをこれでもかと睨んでいた。

 それに柚月さんはやはり表情一つ変えない。


「貴方こそ、こんなところに何しに来たのよ」

「たまたま通りかかっただけよ」

「嘘よ!どうせ、貴方も私と同じような目的でここに来たんでしょう!?」

「まあ、貴方と同じにされるなんて心外だわ」


 そう言って柚月さんはショックを受けた様な仕草を大げさにしてみせる。しかしどう見てもその顔はショックを受けているようには見えない。むしろその顔はどこか楽しんでいるようにさえ見える。


「それにそんなことする必要もないわ。鳳条と違って京極は霊力に困っていませんもの」


 柚月さんのその一言に麗華さんは押し黙る。どうやら前に東雲のおじさんが鳳条家は代を重ねるごと霊力が弱くなっていると言っていたが、それは事実らしい。


「ほら、いつまでくっついていらっしゃるの?如月様も困っているじゃない」


 柚月さんはそう言うと私に同意を求めるように見る。私はそれに苦笑しつつも否定しなかった。それに麗華さんも気づき、僅かに苛立ったような様子を見せた。

 怒り出すのではないかと思ったがさすがの麗華さんもそこまではしなかった。

 私の方を恨みがましく見ながらも、私に聞こえる程度の小さな声でそっと言う。


「清俊様、また後日お手紙を送り致しますね」


 どうやらここまでされてもまだ諦める気はない様だ。

 断る間もなく、麗華さんはそれだけ言うと柚月さんの方を睨みながらその場から立ち去った。足早に去るその背を私は見送る。

 しばらく見ていると柚月さんが私のもとにやってきて、軽く腕を叩いた。


「何やっているのよ」


 先ほどまでの妖艶な笑みが嘘のように消え、柚月さんは少し怒ったようにそう言う。

 それに私は少し笑う。

 柚月さんは私の前ではいつもこうだった。人目がある時は如月家の当主としてそれなりに扱ってくれるが二人きりになると遠慮などみじんも感じさせない、容赦ない言葉を投げかけた。名前まで呼び捨てにされる。

 最初こそ態度のあまりの変わりように驚いたがあからさまに媚びを売ろうとする麗華さんよりは素のままで接してくれる柚月さんの方がいくらか気が楽だった。


「柚月さん、ありがとうございます」

「本当よ。だいたい貴方、たしか結婚相手がいるんじゃなかった?」

「ええ、そう麗華さんにはずっと言っているのですが」


 苦笑してそう言うと柚月さんは呆れたような顔をした。


「はっきり言ってやればいいのよ。あんたなんか相手にならないって」

「すみません」

「そうやってすぐに謝る。そんな調子だからあれに舐められるのよ」


 返す言葉も見つからず私は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 それに柚月さんはため息をつき、再度私の腕を容赦なく叩いた。


「貴方こう見えても如月家の当主なんでしょう。もっと威厳というものをもちなさいよ」

「すみません」

「だからすぐ謝らない!」


 再度謝りかけたのを慌てて止め、はいと頷く。本当に柚月さんは容赦がない。

 それにしても何故、柚月さんはこんなところを通りかかったのだろうか。

 ここで麗華さんと会ったのはおそらく先ほどの使用人の仕業と思われたが、柚月さんが本当に偶然ここを通ったとは思えなかった。

 気になってそのことを尋ねると柚月さんは少し可笑しそうに笑う。


「お父様に言われたの。貴方を探して、口説くようにって」

「え?」


 思わず言葉に詰まる。

 麗華さんはもとから私にそういった気があるのは態度からわかっていたが、柚月さんもそうだとは思わなかった。

 私があまりにも驚いた顔をしたせいか、柚月さんは少しだけ罰の悪そうな顔をした。


「そんな顔しないで、私だって好きできたんじゃないんだから」


 やれやれと疲れたような態度をし、柚月さんは言う。


「さっきはああ言ったけど貴方の霊力は当然京極家にも魅力的だもの」

「ですが、京極家は霊力に困っていないと」

「霊力なんていくらあってもいいに決まっているでしょう。それに貴方は特別だしね」

「それはどういう意味ですか」


 特別。それに何故か嫌な感じを受け、そう尋ねるが柚月さんは笑っただけでそれに答えようとはしなかった。

 教える気はないということだろう。

 その事を再度尋ねようとしたがそれよりも前に素早く柚月さんは話題を変える。


「ところで私も興味あるんだけど」

「興味?」

「ええ、鬼の血をひくという貴方の結婚相手に」


 突然、紗夜のことを言われ、思わず押し黙る。

 柚月さんとの話で紗夜の話題がでたのは初めてのことだ。

 どうしたものかと思っていると柚月さんは本当に興味があるのか、前かがみになって聞いてくる。


「本物なの?」

「それはどうでしょうか」


 あえて濁して返した。

 紗夜が鬼の血をひくのは本当である。その力を私は身をもって知っている。しかしそれを周りにあえて言うつもりはなかった。

 鬼は妖でも人でもないもの。当然、その血をひく紗夜を少なからず良く思わない相手もいる。そのことを私もわかっていた。

 私があえて濁したことが気に入らなかったのか、柚月さんはわずかに顔をしかめた。


「ふうん、秘密って訳?」

「別にそういう訳では」

「さっき、助けてあげたでしょう?」

「それは」


 それを言われると弱い。

 どうしたものかと困っていると柚月さんが再度尋ねてくる。


「じゃあ、名前は?それぐらいいいでしょう?」

「紗夜ですが」

「ふうん、紗夜ちゃんっていうんだ」

「どうしてそんなに紗夜のことが気になるんですか?」

「そりゃあそうでしょう。鬼といえば妖のなかでも最上級、その血を継ぐものとなればどれだけの力があるのか気になって当然でしょう」


 柚月さんはそう言って、何故か楽し気に語る。紗夜に対し悪意はなさそうだが、なんとなく紗夜に近づけたくない気がした。


「それに、あの東雲様が探してきたとなれば本当に鬼の血を継いでいる可能性も高いでしょう」


 柚月さんのその問いかけに私は曖昧に笑う。それに柚月さんはつまらなそうな顔をする。


「あくまで教えない気ね」


 やっと諦めてくれたかと思ったら柚月さんはいいことを思いついたというようにあっと声を出す。


「そうだ!ねえ、今度貴方のお嫁さんに会ってみたいんだけど」

「お断りさせて頂きます」


 すぐに断った。

 悪意はないにしても紗夜に興味があるものをあまり近づけたくない。

 特に紗夜の鬼の力に興味があるものは余計にだ。


 私がそう言うと柚月さんは何故か面白そうな顔をして私の方をじっと見る。


「ふうん。そんな顔もできるのね」


 そう言われ、思わず自分の顔を抑える。どんな顔をしているかは自分ではわからないが、あまりいい顔ではないだろう。

 気まずくなり、黙り込んでいると柚月さんがまた軽く腕を叩く。


「まあいいわ。そのうち機会がおとずれるから」

「それは」


 どういうことなのか。そう尋ねる前に柚月さんは腕を引く。


「行きましょう。そろそろ話し合いが始まるわ」


 ほら早くと言われ、腕を引かれれば、黙ってついて行くしかなかった。


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