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11.突然の訪問者その2


「ごめん下さい」


 台所でお茶の準備をしていると玄関から声が聞こえた。

 私は返事をしながら、足早に玄関へ向かう。

 玄関に行くとそこには二人分の影が映っていた。

 今日は誰かが来る予定はなかったはずだ。

 約束もなく清俊様の元を訪れるのは樹希さんぐらいのものだ。しかし樹希さんなら影は一つのはずである。そもそも樹希さんの場合は大きな声で清俊様の名前を呼びながら扉をたたく。こんな改まったように訪ねたりはしない。

 私は訝しみつつも玄関の扉を開けた。

 扉をあけるとそこには予想外の人物が立っていた。


「東雲様」

「よお、紗夜。久しぶりだな」


 東雲様は私を見て、笑う。

 私は慌てて頭を深く下げた。

 東雲大吾様。四大名家の東雲家の現当主様である。

 清俊様とも昔から付き合いのある方で私が清俊様のところに来た際もお世話になった方だ。

 東雲様の隣には護衛である葉月さんが立っていた。

 私は慌ててその後ろを見る。いつもならほかにもおつきの人が何人かいるからだ。しかし今日はどうやら本当に二人だけで来たらしく他の人の姿は見えなかった。


「いや、紗夜も少し見ない間に綺麗になった」

「いえ」


 少し見ない間といっても一カ月ぐらい前に東雲家で会っているから、おそらくはお世辞だろう。

 東雲様は昔から口がとても達者だ。


「ほら、葉月。久しぶりに会った弟子に言う言葉はないのか」

「はい」


 東雲様にそう言われて、葉月さんが私の方を見る。

 葉月さんは私の刀の師匠にあたる。清俊様の元に引き取られたばかりの幼い頃、東雲家に通い、刀の扱い方を教わったのだ。

 その際稽古をつけてくれたのが葉月さんだった。


「久しぶりだな」

「お久しぶりです」

「ああ」

「それだけか。まったく相変わらず硬い奴め」


 葉月さんの態度がそっけなく見えたのか東雲様はため息をつく。

 葉月さんはもとから口数の少ない人だ。

 私もどちらかというとそういう性格なので、それがよく合っていた。


「今、清俊様を呼んできますのでお待ち下さい」


 そう言って後ろを向くと呼びに行く前に既に清俊様が来ていた。

 清俊様もやはり驚いた顔をしていたが、すぐに笑顔を作り、東雲様に笑いかける。


「東雲のおじさん」

「清俊。すまないな、急に来て」

「どうされたのですか?用事があるなら呼んで下されば伺いましたのに」

「なに、近くに来たから寄ってみただけだ」


 そうは言っても用もなく来られるような方ではないだろう。

 清俊様もそれをわかっているのだろう。顔は笑っているがその顔はどこか緊張しているようにも見えた。


「茶菓子も一緒に食べようと思って持ってきた。上がってもいいか?」

「もちろんです。どうぞ」


 葉月さんが手土産と思われるものを差し出してくる。それを私はお礼を言い、受け取る。

 東雲様と葉月さんは屋敷の中にあがると清俊様の案内で客間へ向かう。

 私はそれを見送ってからお茶の準備をするべく台所に向かう。

 ちょうど準備をしていてよかった。

 すぐに支度をすると手土産で持ってきた茶菓子を出す。茶菓子は羊羹だった。手早く切ると皿にのせ、3人分お盆にのせ、運ぶ。

 客間について、机にお茶と羊羹を並べると東雲様が笑顔でありがとうと言った。


「清俊、変わりはないか?」

「はい、おかげさまで」

「そういえば篠塚の息子が帰ってきたそうじゃないか」


 篠塚の息子というのは樹希さんの事だ。どこで聞いたかわからないがまだ帰ってきて数日だというのに情報が早い。


「清俊にとっては数少ない友人だからな。嬉しいだろう」

「はい、とても」


 東雲様はうんうんと頷き、お茶を手に取り飲む。

 お茶を一口飲んでから今度は私の方を見た。


「紗夜も変わりないか?」

「はい」

「そうか、それは良かった」


 そう言って、お茶を置き、今度は羊羹を食べ始める。東雲様以外の人はお茶や茶菓子に一切手をつけない。

 何ともいえない緊張感が漂っていた。

 羊羹を数口食べた後、東雲様がああ、そうだと言って清俊様の方を見る。


「ところで清俊。二人の婚儀はいつ頃あげるつもりなんだ?」


 東雲様は笑っている。しかしその目はどこか探るような目だった。

 どうやらここに来た本題はそれのようだ。

 東雲様のそれに清俊様も笑って答える。


「そうですね。時期がきたらとは思っています」

「お前の体質のことを考えれば早くあげてしまった方がいいだろう」

「それは、私の勝手なものですので」


 以前結婚の話を出した際、清俊様はまだ時期ではないと言っていた。その考えは変わっていないようだ。

 しかし東雲様はそれをどうやら不満に思っているらしい。

 前に聞いたがそもそも私と清俊様を結婚させるという話をもちだしてきたのは東雲様らしい。東雲様からしてみたら結婚させようと引き合わせた二人がいつまでたっても結婚しないことを不満に思っていても不思議じゃない。


「他に何か理由があるのか?」

「まあ、その、色々と」

「紗夜のことが嫌な訳ではないだろう?」

「それは、もちろんです」


 清俊様の返答を聞いて、東雲様が今度は私の方を見た。


「紗夜だってべつに結婚が嫌な訳ではないのだろう?」

「はい」

「なら、何が問題あるんだ。さっさと形だけでもあげてしまえばいいのに」


 それに対して、清俊様は何も言わない。

 何か思うところがあるのだろう。

 清俊様はしばらくしてから笑みを崩さずに答えた。


「婚儀についてはまた日を改めてお話できたらと思います」

「そうか」


 そう言いながらも東雲様はどこか納得いかなげな顔をしている。羊羹をもう一口食べた後、清俊様の方を見る。


「まあ、急かすわけじゃないんだがな。お前がいつまでも独り身でいれば鳳条家や京極家がほっとくはずがないからな」


 鳳条家、京極家。どちらも聞いた名前だ。四大名家の如月家、東雲家に並ぶ残り二つの家がそれにあたる。

 東雲家ほど関係が深い訳ではないが同じ四大名家ではあるので、それなりに清俊様は顔を合わせている。


「いえ、私なんかに興味などないと思いますよ」

「いやいや、お前は自分の価値を低く考えすぎだ」


 東雲様はそう言うと羊羹を食べる為に使っていた楊枝を置く。


「妖を払えないからといってもお前の霊力の高さは四大名家の中でも随一だからな。鳳条家も京極家もほっとかないだろう」


 東雲様のその言葉に清俊様は黙り込む。

 たしかに清俊様は妖を払う力を持たない。しかしその霊力は東雲様が言う様に四大名家の他の当主に比べてもひけをとらない。むしろその中でも優秀な方である。

 そのことを誰よりも東雲様はご存じだ。


「どちらもちょうど年頃の娘がいるしな」


 鳳条家、京極家ともに私と同じくらい、もう少し上の年の娘がいる。私は顔を見たことがある程度だが、どちらも見目麗しい方だった。


「特に鳳条家からしてみればお前の力は喉から手がでるほど欲しいだろう。鳳条家は代を重ねるごとに霊力が弱くなっているからな」


 それは知らなかったが、東雲様が言うならそうなのだろう。東雲様の言うことが間違っていることなどない。


「そういえば、ほら、なんて言ったかな、鳳条のあの娘は」

「麗華さんですか」

「そうそう、隙あればお前を口説き落とそうとしている図々しい娘だ」


 口説き落とす。

 思わず清俊様の方を見る。

 視線に気づいたのか、清俊様は見るからに慌てたような顔をした。


「いや、紗夜。違うぞ。そうゆう関係じゃない」

「わかってます」

「本当に違うからな!」


 清俊様がそう言うならそうなのだろう。

 そうわかってはいるけれど。

 なんとなくいい気はしない。

 私と清俊様の様子を見て、東雲様は声を出して笑った。


「そうだとも清俊にはもう紗夜がいるからな」

「はい。私は紗夜以外を嫁に迎える気はありませんから」


 そう言って清俊様は伺う様に私の方を見る。

 もちろん清俊様を疑ったことなどない。清俊様がそう言うならそうなのだろう。

 清俊様のその答えに東雲様がうんうんと頷く。


「相変わらず仲がよくてよかったよ」

「いえ」

「うちにも娘がいればお前のところに嫁がせてもよかったんだがな。うちには息子しかいなくてな。まあ、代わりに紗夜がいるからいいんだが」


 東雲様には息子であり、跡取りとなる東雲揚水様がいる。更に孫も二人いるのだが、そのどちらも男の子だった。

 つまり東雲様が私のようなものを見つけて、わざわざ清俊様のもとに嫁がせるようにしたのは自分のところにいない娘の代わりである。

 そのことを私もよく分かっている。


「紗夜はうちの娘みたいなものだからな」

「ありがとうございます」


 礼を言って、深く頭を下げる。

 娘みたいなとは言っても私の様なものからしてみれば天と地ほどの差がある。そもそも私が清俊様の結婚相手となった時にも相当の反対の声が上がったと聞いている。

 そしてそれを全て黙らせたのが東雲様である。


「私としても二人には幸せを願っているんだよ」


 その言葉の裏にどのような考えがあるとしても東雲様が私と清俊様の結婚を望んでいるのは事実だ。

 清俊様はありがとうございますと言って頭を下げた。


「ああ、そういえば、今度の四大名家の話し合いの件なんだがな」

「高杉家で行うことになった」

「高杉といえば鳳条の分家ですよね」

「ああ」


 四大名家の話し合い。それは月に一度の頻度であるものだ。帝からの妖を払う依頼を四大名家が中心に分家へと割り振っていく。話し合いの会場は四大名家の分家の家を順番で回っていく。

 今回は鳳条家の分家で行うらしい。


「護衛が必要だろうし、私と一緒に行かないか?」

「いいんですか?」

「もちろんだ」


 清俊様の体質上、そう簡単には外には出られない。出る際には必ず妖を払える護衛をつけなければいけない。それもそれなりの手練れでなければいけない。東雲家の護衛であれば問題ないだろう。

 問題はない。そうわかってはいる。それでも。


「東雲様。護衛は私がします」


 清俊様の護衛は私の役目だ。

 それが、私が清俊様の傍にいる意味でもある。

 私のその言葉に東雲様は一瞬目を細め、それから笑う。


「紗夜はやめておいた方がいい。この前来てあまりいい思いをしなかったろう」


 前の話し合いの時のことを言っているのだとわかった。

 前回の話し合いの際、私は清俊様の護衛として傍について行ったのである。

 私の身体に鬼の血が流れているのは見る人が見ればわかるらしい。特に四大名家の人間ともなれば、それはすぐにわかる。


「紗夜に流れる鬼の血を嫌うものもいる。とくに今回は鳳条家の分家だ。清俊と婚姻を結ぶ紗夜のことをもとから良く思っていないだろうしな」

「そうですが」


 だからと言って引き下がれない。

 そう思って追いすがろうとしたその時、清俊様が私の名前を呼んだ。


「今回は止めておきなさい。私は大丈夫だから」


 清俊様はそう言って、私に笑いかける。

 清俊様にそう言われてしまえば私はもう何も言えなかった。


「わかりました」

「安心しろ。護衛には葉月がついている。葉月の優秀さは紗夜もわかっているだろう」


 もちろんわかっている。

 清俊様は大丈夫だ。

 わかってはいても、どうしても思ってしまう。

 清俊様を守るのは私の役割だ。それが私の生きる意味でもある。その役割をとられてしまったら、今の私に何が残るのだろう。


「紗夜、大丈夫か?」


 よほど暗い顔をしていたのか、清俊様が心配そうに私の顔を覗き込む。それに私は慌てて頷く。


「はい、大丈夫です」

「そうか。それならいいのだが」


 清俊様はまだ何か言いたげな表情で私の方を見る。どうしたのかと思っていると黙って、東雲様の後ろに控えていた葉月さんがそっと東雲様に声をかける。


「大旦那様。そろそろ」

「ああ、そうだな」


 そう言って、東雲様は羊羹の残りを口に運び、お茶を飲み切る。


「それじゃ、行くよ。急によって悪かったね。紗夜。お茶をありがとう」

「いえ」

「送りますよ」


 清俊様はそう言い、立ち上がり、東雲様を玄関まで送る。私もそれに続く。


「それじゃあ、また来るよ」


 東雲様はそう言うと、軽く手を上げ、出ていく。東雲様が出た後に葉月さんが清俊様に深々と頭を下げ、玄関を出る。その姿が見えなくなるまで私たちは二人を見送った。


「紗夜?本当に大丈夫か?」


 2人を見送った後、清俊様が私の方を心配そうに見る。


「大丈夫ですが」


 私がそう言っても清俊様はまだ心配そうに私を見ている。


「どうかしましたか?」

「いや、元気がないから」

「元気がない」


 そうだろうか。自分的には特に変わりないと思うのだが。


「もしかして、さっきのことを怒っているのか?」

「え」

「本当に他の女性を妻にする気はないからな」

「いえ、それは」


 別に怒ってはいない。そう言おうとしてふとさっきのことが思い出される。

 もしも清俊様を守る役割を失ったら、その時、私に何が残るのか。


「清俊様」

「なんだ?」

「清俊様は私のどこがいいんですか?」

「な、なんだ急に!?」


 私の突然の質問に清俊様が顔色を一瞬にして変える。

 赤くなる清俊様の顔を見ながら私は言葉を続ける。


「京極家の娘さんも鳳条家の娘さんもどちらも見目麗しい美人です」


 遠目からもわかる育ちの良さと美しさ。その姿は今でも目に焼き付いている。


「それに比べ私は地位もなければ、容姿もお二人にはかないません」


 普通に考えれば私と結婚するよりも地位もあり、容姿もいい二人のどちらかと結婚した方がいい。

 清俊様のあの体質がなければ私が嫁に選ばれることはなかっただろう。

 そう思うと何故か言い表せない気持ちになった。


「本当に私でいいんですか?」

「いいに決まっているだろう」


 返答はすぐに返って来た。きっぱりと言われたそれに私は思わず驚く。


「清俊様」

「その、いつも守ってくれて、傍にいてくれて、本当に感謝している」


 清俊様はそう言うと笑う。その顔は先ほど東雲様が来ている時とは違う、いつもの清俊様の笑みだった。


「情けない私に呆れることなくいつも力になってくれる。凛としていて、強くて、それでいて優しい。紗夜のそういうところが好きだ」


 清俊様はそう言うと少しだけ照れくさそうにそれにと付け足す。


「紗夜はどう思っているか知らないが容姿だって、私は他の誰よりも紗夜の方がずっと綺麗だと思っている」

「そう、ですか」


 清俊様のその言葉に私は押し黙る。

 なんて言ったらいいのかわからない。わからないけど、何故だかその言葉にほんの少しだけほっとした。


「紗夜?」

「夕飯、作りますね」

「ああ」


 私は笑みをかみ殺し、何でもないふうを装って、台所へと急いで向かった。


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