10.突然の訪問者その1
「紗夜ちゃんに足りないのはこれだ!」
そう言って樹希さんは持ってきた風呂敷から何かを取り出し、机に広げる。
樹希さんが広げたものは本だった。比較的ぶ厚めな本。それを何冊も何冊も机に広げていく。表紙のタイトルはどれも同じだ。どうやらシリーズものらしい。
清俊様が物珍しそうに本をしげしげと眺める。
「小説か?」
「ああ。巷で有名な恋愛小説だ」
樹希さんは自慢げにそう言う。
「樹希さんの趣味ですか?」
「いや、違うよ!」
あまりにも自慢げにしているから自分のおすすめの本を持ってきたのかと思ったがどうも違うらしい。
樹希さんは何故か咳払いし、私に本を差し出す。
「とにかく紗夜ちゃんはこれを読んで恋愛がどんなものか少し学んだ方がいい」
「そうですか」
つまり私の為に買ってきたらしい。差し出された本を受け取る。
本はあまり読まないが、わざわざ私の為に用意して貰ったとなれば読まない訳にはいかないだろう。
それに恋愛というものがどういうものか私だって少しは興味がある。
清俊様がそれを望んでいるなら、そうできるようにならなければいけない。
私が受け取ったのを見て、樹希さんは満足げな顔をする。ついでにという感じでもう一冊手に取り、清俊様にさしだす。
「ついでに清俊。お前を読め」
「私もか?」
「清俊もどうせ恋愛経験なんてしたことないんだろう。これで色々学べ」
「そうゆうものか」
そう言い、清俊様も受け取る。
清俊様は私と違い、本を読むのが好きだ。一冊手に取ると素早く目を走らせる。読みなれているからか本を読むスピードも速い。簡単に一冊目を通すと、それを机に置く。
「どうだ?」
「うん、まあ、その奥深いな」
そう言いつつ、本から手を離さないところを見るとそれなりに気にいったみたいだ。
清俊様が読むとなればますます私も読まない訳にはいかないだろう。
「結構な量があるが、樹希はこれを全部読んだのか?」
「まさか。俺の趣味じゃない。俺ならもっと大人向けのやつを読む。例えば夜の営みがあるやつとか」
「なっ、樹希!お前、何言って!」
樹希さんの言葉に清俊様はあからさまに顔を赤くする。
それに樹希さんは笑った。
「お前がそう言うと思ったから、子供でも読める安全なものを用意してやった。まあ、最初はこっちの方がいいだろう」
「そ、そうか」
「俺が今度来るまでに読み終えておけよ」
「もう帰るのか?」
「ああ。久しぶりに実家に帰ったら色々めんどうなことが多くてな」
樹希さんはそう言うと立ち上がる。
見送る為に私も立ち上がろうとするとそれを清俊様が止める。
「紗夜はここにいていいから」
清俊様はそう言って立ち上がり樹希さんを玄関まで見送る。
樹希さんは清俊様のことを友人と言っていたがそれはあながち間違いではなかったようだ。樹希さんが来るようになってから清俊様は前よりも楽しげな顔をすることが多くなった。
清俊様は如月家の当主という立場から知り合いは多いが、樹希さんのように軽口を言い合える関係の相手はほとんどいない。
そう思えば、樹希さんは清俊様にとって特別な相手なのだろう。
そんな相手が清俊様にいることを嬉しく思うはずなのに何故か私の気持ちは晴れなかった。
そのせいか、別に樹希さんのことを嫌っている訳ではないのについつい冷たくしてしまうことがある。
樹希さんはそのことに対して何か言うことはないが気づいてはいると思う。
だからこそいつもわざと明るく私に話しかけてくるのだろう。
樹希さんは悪い人ではない。そうわかってはいる。わかってはいるのだけど。
何故か、素直にそれを認めたくない。そんな気持ちになる。
何故かはわからないけど。
そう思っていると樹希さんの見送りを終えたのか清俊様が戻って来た。
清俊様は座ると机の上に置かれた本をまた一冊手に取る。どうやら続きを読む気らしい。
清俊様を見習って、私も手の中にある本を読むことにした。
話の大筋は難しくない。いわゆる身分違いの恋。名家のお坊ちゃんと平民の少女の恋物語だ。二人は愛し合うが周りがそれを簡単に許すはずもなく、様々な障害が二人の恋路を邪魔する。それを二人で力を合わせてのりこえていく。そんなお話だ。
面白いかどうか私にはよくわからないが、物語としてよく出来ていると思う。
その証拠に清俊様は先ほどから真剣に読んでいる。
しばらくしてもう一冊読み終えた様で清俊様が持っていた本を閉じる。
「なんというか恋愛って大変なんだな」
「そうですね」
とはいえ、これは物語の話だろう。いくら身分差の恋とはいえ、ここまで様々な問題が起こるような事、現実的にはあり得ない。
そう思っていると清俊様が私の顔をじっと見ている。
どうしましたかと尋ねると清俊様はやや気まずげな顔をして言う。
「その、紗夜はどう思った?」
「どうとは、どういう意味ですか?」
「その、出てくる主人公のこととか、かっこいいとか思ったか?」
「主人公ですか?」
物語に出てくる名家の坊ちゃんのことだろうか。確かにこの坊ちゃんは凄い。顔もよく、お金もあり、おまけに武術にもたけている。
「一般的にはかっこいいと思われますが」
「紗夜はどうだ?その、こういう男の方が好みか?」
清俊様の質問の意図がわからず、首を傾げる。
それを見て清俊様が慌てて付け足す。
「その、こういうかっこいい男が女性にはもてるのだろう?その、紗夜もそういう男の方が好きなのか?」
私よりも。
小声でそう付け足せれ、私は思わず黙り込む。
「つまり、清俊様よりもこの主人公の方がいいってことですか?」
「まあ、そういう意味だな」
「それは絶対ないですよ」
私がきっぱりそう言うと何故か清俊様は驚いた顔をする。
「そうなのか?」
「そりゃあ、そうでしょう」
そもそも比べる事自体がおかしい。
というかどこがいいというのだろうか。そう言うと清俊様は何故か微妙な顔をした。
「顔はいいぞ?」
「清俊様も顔は整っていますよ」
背丈もたかく、当然女性にもてることを私は知っている。
「金も身分もあるし」
「清俊様も如月家のご当主様ですが」
少なくとも生活に困ることはないほどの身分と金を持っている。
へたすればこの主人公よりも持っているかもしれない。
「それに、この主人公は強いぞ」
「それは、まあ」
清俊様は武術が苦手だ。元から身体が運動に向いていないのだ。剣術も基礎は教わったらしいが、向いておらず、早々に諦めたらしい。
「ですが、清俊様が強い必要はありませんから」
「どういう意味だ?」
「私が守りますので」
きっぱりとそう言うと清俊様は驚いた表情をする。
「清俊様に何かあったら私が守りますので大丈夫です」
そう、清俊様が強い必要などない。もしこの主人公の様に清俊様が強ければそもそも私という存在など必要としなかっただろう。
それでは困るのだ。
「清俊様を守るのは私の役目ですから」
私の言葉に清俊様は押し黙る。
しばらくしてゆっくりと息をはき、それから笑った。
「紗夜はやっぱりかっこいいな」
「そうですか?」
「ああ」
そう言って、清俊様は何故か嬉しそうにする。
よくわからないが、清俊様が嬉しそうなのでいいことにした。
「ところで清俊様。ひとつわかったことがあります」
「なんだ?」
「先日清俊様がしたかったことはここに書かれている逢引のようなことだったのでしょうか?」
私のその言葉に清俊様が固まる。
どうしたのかと見るとその顔がうすっらと赤くなっていた。
「ちがいましたか?」
「いや、そうだが、その、言葉にされると気恥ずかしいな」
やはりそうだったのか。
それは素直に悪いことをしたなと思う。
「すみません。そうとうは知らず」
「いや、あれはあれで楽しかったぞ」
「そうですか?」
「ああ、手もつなぐことができた」
「それは」
あれはそういった意味合いで手をつないだ訳じゃなく、清俊様の身体を思って行ったことだったのだが。
嬉しそうにしている清俊様にそれを言うのは酷な気がして、黙ったままでいることにした。
「清俊様、そろそろお茶にしますか?」
「ああ、頼む」
お茶の準備をするべく私は立ち上がり、台所へと向かった。




