┗復讐の剣は血に濡れない-2
女性に乱暴な事をする描写(未遂)、残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。
聖女が召喚されるという廃教会の近くまで、ロイクとイメルダは馬を走らせる。
廃教会の近くには自然豊かな森があり、普段なら狐狩りなどを楽しむスポットだ。
しかし、今日は大雨。日が差し込めば散歩に最適な森も、今日は暗く鬱蒼としている。
地面はぬかるみ、乗ってきた馬も走らせるのに苦労した。
この大雨で、外出など屋敷の者に知られたら止められるだろう。しかし、イメルダは屋敷の者全員に術をかけた。今日は一日部屋に閉じこもるから、私を探すなと。
そして移動中は顔を見られないように、防水のローブを頭から被り、堂々と屋敷から町に出て廃教会まで来たのであった。
教会の白い壁は蔦がからみ、鉄製の扉まで這っていた。
扉には大きな錠前がかかっている。それを見て、イメルダは馬を再び蹴って歩かせた。
「ここからは中に入れそうにないわ」
「お嬢様の黒魔法とやらでは壊せないのですか?」
処刑の時のギロチンを破壊した光景を、ロイクは思い出しながらイメルダに聞いた。
「それがね、あの時はなぜ壊せたか分からないのよ。わたくし、破壊魔法は残念ながら使いこなせないみたい」
イメルダは残念そうに呟く。それを聞きロイクは別の方法を提案した。
「それでは裏口がないか、回り込んでみましょう」
森に半分食い込むように建つ教会をぐるりと周る。建物の裏側までくると、裏側の壁が壊れて、中が剥き出しの状態であることに気がついた。
激しい雨音で先程は聞こえなかったが、何やら話し声が聞こえる。
「やめて! 離して!」
「おい、抵抗するな、痛いことはイヤだろぉ? オレと楽しもうぜぇ!」
「いやぁ! 誰かぁ!!」
その声を聞き、イメルダは急いで馬を降りて近くの木に結ぶ。
「何やら様子が変です、行きますよ」
「ああ、お嬢様! ロイクより先に行っては危険でございます!!」
ロイクの静止も聞かずに、イメルダは壁の穴から教会の中へ入ろうとしている。ロイクも慌てて同じように馬から降りて追いかける。
イメルダとロイクが教会の中を見ると、山賊のような柄の悪い男が女性に覆い被さっていた。
イメルダはその下劣な光景に、激昂して言った。
「貴様、何をしている!? 今すぐその女性から離れなさい、殺すわよ!!」
そのまま腰にぶら下げた、聖女を殺す為の物だった剣を抜き、イメルダは男に斬りかかる。
「ヒィ!! クソっ、ついてねぇ」
男は斬りかかってきたイメルダの剣を、地面を転がって避ける。剣が空振り、ヒュンと空気を切り裂く音が鳴った。
「貴女! 怪我は?」
そう言ってイメルダが女性を見ると、女性は起き上がって泣きながら呟く。
「ふええん!! 怖かったですぅ……」
イメルダは固まった。目の前に泥で汚れた聖女セイラが泣いていたからだ。
まさか、わたくしがこの憎き悪女セイラを……助けてしまったというの?
イメルダがセイラに気を取られている隙を着いて、セイラを襲っていた男は刃渡りの長いナイフを取り出してイメルダに斬りかかる。
「死ねぇ!! おらああぁぁ……あ……」
イメルダが男に気がついた時、ナイフがイメルダのすぐ側まで自分に向けられていた。しかし男は血を口から吹き出して床に倒れてしまう。
「お嬢様、やはり実践は私の方が上ですね」
ロイクが顔と眼鏡に付いた血をハンカチで拭いながら、イメルダに言う。
イメルダは状況をやっと飲み込み、ロイクが背後から男を剣で刺し殺していた事に気が付いた。
「……なっ! 仕方ないでしょう、だって……」
そう顔を赤らめながら言って、イメルダは未だ泣き続けるセイラを見る。
暗がりで見えなかったとはいえ、憎きこの女を助けてしまうなんて。
「ありがとうございますううう! 命の恩人さまぁー好き!」
そう言ってセイラはイメルダに抱きつく。
相変わらず言動は変、行動も謎な女だ。イメルダはそう困惑しながら、殺し方なんとか考える。
そうだ、あれを使えばいい。イメルダは自分の手を汚さずにセイラを殺す方法を思いつき、邪悪な笑みを浮かべる。
「ねえ、貴女」
イメルダは抱きつくセイラを剥がし、持っていた剣の持ち手を差し出す。
「ふぇ?」
ロイクはイメルダの邪悪な笑みに気がつき、慌てた。イメルダはセイラを殺す気だ、止めなければ。
しかし、ロイクがイメルダに向かって走り出す前に、イメルダは怪しく赤い目を光らせる。
「セイラ、自害しなさい」
その瞬間、ピカッと辺りが光に包まれ、ほぼ同時に雷の轟音が鳴り響く。
そして直後にイメルダから黒いオーラが出てセイラが包まれた。
ロイクは呆然とする。ついにやってしまった。お嬢様は、何の罪もない人を殺したのだ。
「きゃあああん! 雷怖いよおおぅ! ここどこぉ? お家帰りたいよおぅ!」
セイラはイメルダに差し出された剣を取らなかった。それどころかくねくねと体を振り、甘ったるい声で叫んでいる。
「……そんな……? わたくしの術が効かないというの? セイラ、死になさい!!」
また雷が鳴り響いた。状況は変わらない。
イメルダは、意気消沈して持っていた剣を落とした。カランと音が鳴り、割れた石の床に剣が落ちる。
セイラは、今度は穴が空いた壁近くに立ち尽くすロイクに近づき話し出す。
「あたしぃ、気がついたらここにいて……本当は東京っていうところにいたんですよぉ。ここ外国ですかぁ?」
「は、はぁ。ここはアーステイル王国のガザル領地……あっこの音は……」
ロイクはセイラとの会話を途中で切り、雨音に混じって、沢山の馬の足音が近づいている事に気がつく。
ロイクは慌てて放心しているイメルダに声をかけた。
「お嬢様……!」
しかしロイクの声はイメルダの耳には届かないようだった。
イメルダは以前聖女について調べた、本の内容を思い出していた。
聖女は聖なる加護により、魔法やその他の術が効かないとされる。
どうやら本当の事だったようだ――。
「いたぞ、聖女様だ! ……あれ? イメルダ!? こんな所で何をしている??」
ロイクがもう一度イメルダに声をかけた時には、騎士団長であるイメルダの父ボザックが、沢山の騎士を連れて廃教会の周りを囲んでいた。