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付与術師

作者: 直方 諒

よくある迷宮ダンジョンがある系ファンタジー世界の、よくある補助魔法使い『付与術師(バッファー)』のお話。

短編、最終的にコメディです。

「効果時間は?」

「二時間と少しくらいです…。」

「それじゃ浅瀬までしか行けねぇじゃねぇかよ。ああ、あれか、お前普段は新人(ニュービー)専か?

 …まぁ、いつものヤツが休みみてぇだから仕方ねぇな。浅瀬じゃ正直付与も要らねぇくらいだが、ないよりゃマシだからな。

 付与数は…なんだよ五つぽっちかよ。四人で四十ディールってとこだな。」

「ありがとうございます。では、付与を開始します。」



(あー、あの人多分、三つあった資質の中に付与術師(バッファー)があって、訓練校側で説得して在籍を伸ばして習得させて第三登録したっていうじじいの前の教え子だな。

 本業は確か斥候(サーチャー)だったって聞いたけど…。あの眼帯見りゃわかるか。あと数年お勤め頑張ってくだせぇよ、先輩。)

 

 多分、第三登録に『ぽっち』と言われる程度とはいえ付与術師を持ったメンバーが居たパーティーならば、それをアドバンテージにそれなりの深度まで行けたはずで、その時代にしっかりと稼いだはずだ。

 付与術師が不遇と言っても、諸事情で付与術師としてしか生計を立てられない者が不遇なのであって、副業にそれを持つ者は逆に、本業の実力さえきちんとあれば重宝されるものだ。

 それで無理をして深手を負ったのかもしれないが、治療にそれなりに金を使っただろうのに身形(みなり)は悪くないから、多分堅実に貯めていたのだろう。…いや、斥候で神経を尖らせながら補助装備なしに付与にも魔力を使っていたのなら、他のメンバー以上に疲労が溜まり、地上に戻っても遊ぶ余裕もなかったのかもしれないが。

 

 迷宮(ダンジョン)入口での恒例の光景を見ながら、付与術師ってのはほんと損な職業だよなと改めて思う。

 迷宮に潜らない分危険な目にも合わないからむしろ安全で安定した良い職だったよーと、現役時代は付与待ちの行列を作っていたらしい付与術の講師のじじいなんかは言っていたが、それは引退後に講師が出来るほど才に恵まれた付与術師だったから言える発言だと思う。

 普通の付与術師(と言っても資質が稀少な上に不人気な職業だから、自分とじじいを含めても片手の指より少し多いくらいしか知らないが)は、迷宮に潜るパーティーにイチャモンつけられるのが本当の仕事なんじゃないかと思うほど冷遇を受けているのを、迷宮付近の街で生まれ育った人間だったら誰だって知っている。

 こんな安全なとこでちょろっと呪文唱えるだけで稼ぎたぁいいご身分だよなと迷宮管理ギルドが決めた最低料金すら値切ろうとする馬鹿は山ほど見てきたし、途中で付与切れたせいで死にかけたじゃねぇかよ! …とか言い出すヤツに至っては、テメェらの時間管理が悪いんじゃねぇかよと。

 つか、逆じゃね? そこで付与術のありがたみ痛感するとこじゃね? なんて思うようになったのもまぁ…自分が付与術師になっちまったからだよなぁ…。

 じじいの現役時代の他の付与術師は…きっと今以上の冷遇を受けていたのじゃないかと思うと、卒業して今更ながらなんとなく憎たらしく思えてくる。…いやいや、あんなんでも足を向けて寝られないような恩師なんだし、冗談でちょっと思うだけだぜ? ちょっとだけ、な。

 

 

 我ながらなんでこんな職業になっちまったんだろうなと、同職がへこへこ頭を下げながら日銭を稼ぐ姿を眺めながら恨めしく思うが、それは簡単、迷宮管理ギルドで受けさせてもらった適性試験の結果が『付与術師』一択だったからだ。

 

 

 

「では、ラスティンさんの本登録は『付与術師』ということで。」

「待ってくれ! そんなもん登録されたら俺迷宮に潜れねぇ…どころか、俺の場合食ってくことも出来ねぇじゃねぇかよ!」

「そうは言われましても、安全を期するために『訓練所卒業後の職業は適性試験結果の中から三つまでを選択して本登録し、カードに明示するものとする。』と規約で決まっているわけですから。」

 

 試験官兼迷宮管理ギルドの受付嬢は、「それでは、これからよろしくお願いいたしますね。」と、手元の革紐が通され首に掛けられるようになっているカードをぱぁっと光らせて、俺の名前と職業をそこに刻み込んでにっこりと手渡した。

 

 

 

 迷宮は、果ては魔族の国に繋がっていると言われている世界に数か所だけ見つかっている空間で、そこは普通の世界とは法則が捻じ曲がっているらしく、普通の動物とは違う『魔物』と呼ばれている生物が湧き(信じられるか? 迷宮攻略者達に()れば、繁殖するんじゃなく本当に地面から『湧く』らしいんだぜ?)、迷宮外に出てきた魔物達を討伐すればおぞましく腐食して汚染の呪いがその地に染み付き、高位聖職者の高度な聖魔法で浄化を繰り返すことでしかその呪いを解くことが出来ないのだという。

 

 だから迷宮の入口がある国は、絶対に魔物を外に出さないよう管理するために組織…この国で言うところの迷宮管理ギルドを設置して討伐者を集めるし、討伐者を育成することにも余念がない。

 育成に余念がないおかげで、俺みたいな孤児も孤児院を退院後は管理ギルドに仮在籍して、訓練生として迷宮攻略者の卵になることで衣食住を提供してもらえて生きてこられたわけで、迷惑ながらもありがたい存在なのである。

 

 ありがたついでに、地上に這い出れば汚染をばら撒く魔物達も、迷宮内で討伐する分にはざぁっと灰が散るように(むくろ)が掻き消えていき(地面や壁に吸収されていくようにも見えるとか)、跡には何かしら武器や防具の素材に使えるようなものだったり、小さな貴金属や貴石、『魔石』と呼ばれる魔力を帯びた石だったりが残る。最初に食ったヤツに敬意を表したいところだが、食料となるものが残ることもしばしばらしい。

 要するに、魔物と戦う危険こそあるが、迷宮は稼げる『狩場』でもあるのだ。そこに収益が生まれ経済が生まれるからこそ、管理ギルドが仮登録員に対し、手厚く育成をしてくれることも可能なのである。

 

 まぁもちろん、ギルドから提供される育成という名の衣食住も完全に慈善事業の『無料』というわけではない。訓練所にも規則があり、一定期間(上限は三年間で、折角なので俺は三年丸っと居座ってやった)の訓練を受けた者は適性試験を経て迷宮管理ギルドに本登録をし、登録した職業に添った就業を、所定の障害がない限り最低十年間課するものとする、というのがそれだ。普通は迷宮に潜って稼ぐのを目標に訓練を受けるので、そこで引っ掛かる者は滅多にいない。所定の障害ってのは訓練や迷宮の討伐中に負った回復魔法の限界を超えた怪我や、聖魔法でも及ばない…もしくはお布施を出せないために治せない重度の病気なんかで現役で活躍出来なくなった場合の救済措置としてされているもので、要するに元気いっぱい健康盛りの若者である俺には一切関与するものではなく。

 

 

「…はぁー……。付与術師…かぁ…。」



 迷宮ってのは法則が捻じ曲がっているってのは、先に言った通りだ。

 そんな中で付与術師を不遇に追いやっている最たるものが、『人数制限縛り』である。大軍が列挙して圧し通れないように技巧(ギミック)が施されているのではないかと言われており、先が魔族の国に通じていると言われている論拠の一つでもある。

 

 迷宮には『入口』は一見して一つしかないのだが、一定人数又は一定時間を過ぎると、全く別の空間へと分断されてしまう。その一定人数というのが四名であり、この四名上限の一単位を迷宮攻略者達は俗にパーティと呼んでいる。

 また、治癒術師(ヒーラー)の使う範囲回復や解毒など、地上では魔力の届く限りの全ての『味方』(これは術者がそう認識している者が適応されるそうだ)に効果のある魔法などが、入口で一緒に入って来た者達にしか適用されなくなるらしい。中で合流した者達同士で一緒に行動しても、恩恵は受けられないというわけだ。

 そしてまた、階段だったり扉のある通路だったりを通過すると、入口と同じく再判定される。複数のパーティーが同時に通過するとそこでメンバーシャッフルの悲劇が起こるので、入口なら一旦出れば済む話だが、内部での分岐地点での揉め事はギルド報告案件となっていると聞く。

 

 

 この国に迷宮の入り口が現れた黎明期には、何泊もして深い階層まで潜り魔族の国を目指そうとするような迷宮攻略者達もいたらしいが、進めば進む程手強くなる魔物と溜まる疲労、果ての見えない探索に、ついには全てのパーティーが断念し、現在の『狩場』としての迷宮の形に落ち着いたのだという。

 

 そんな現在、一般的には最低でもおおよそ二時間から、優秀な者の手によると半日から一日近くにも及び効果の続く付与術…対象の能力値を底上げする補助魔法を生業とする付与術師は、『優秀』になればなるほど…日銭を稼ぐ為に迷宮に潜る労働者的な迷宮攻略者達からすれば、メンバーとしては『不要』と言われてしまうのである。

 

 

 

 壁役を引き受ける物理重装備戦士、斥候を兼ねる俊敏な軽装備の物理ダメージディーラー、物理ダメージの通り難い敵対策の魔法ダメージディーラー、怪我や毒や呪いを回復する治癒術師。

 パーティーメンバーの親密度や得意不得意、第二、三番目の登録職によっても多少違ってくるが、大抵のパーティーはこの編成を理想として組まれる。

 

 正直、魔道具によって判別される適性試験に臨むまで、自分の適性職業が付与術師だなんて一ミリも考えていなかった。

 いや…さすがにそれは嘘だな。でも、良くて複数並ぶうちの一つだろうと思っていた。副業できるなら幸運この上ないのは先にも言った通りだが…『付与術師』としての自分はポンコツ過ぎてそれ単独で生計を立てられる見込みがないレベルなのである。

 それに俺は、そう実力に自信があるわけじゃないが、それなりに自分の特性を鑑みて、盾持ちほど頼りにゃならないが肉壁上等攻撃は最大の防御で頑張るつもりで物理重装備戦士を目指して努力してきたんだぜ?

 

 重装備の鎧を着込んでも動けるよう、なかなか筋肉の付かない体質を呪いながらも体を作り、俊敏性には自分でも適性がないと思うから斥候が使うような短剣や消耗品で金がかかると聞く弓は最初から捨てて剣を持ち、それでも本職の剣士である教官連中からは「お前の剣は軽いんだよな。」と馬鹿にされてからは、防御と盾を捨てて大剣を使うようになった。気分だけは脳筋上等である。

 

 脳筋上等と言いつつ、「貴方には多少、魔法…攻撃ではなく癒し…なのかしら? …そういった方面の才があるようですね。」と美人で妖艶で有名な魔法系の講師に言われてふらついて治癒魔法も(かじ)ったが、それは本当に『多少』の才だったようで、治癒術師になる程には回復量がないことも発覚した。

 まあ、回復薬を飲むか自然に治るのを待つか治癒術師から癒してもらう機会を待つか微妙なラインは金をかけずに自分で癒せることが分かっただけでも御の字だと思うので、美人講師には大いに感謝している。

 

 折角安物とは言え魔法衣(ローブ)短杖(ワンド)を支給(ギルド直轄の訓練所で教官や講師達から「可能性がある」と判断してもらえると、二束三文品質ながら最低限の中古の装備品がお試し的に貰える。仮登録すれば職業訓練も受けられるし、ギルドの存在は本当に感謝すべきだと思ってはいる)してもらえたので、前衛としての訓練は怠ることなく、ちらちらと魔法関係の訓練も覗くようになった。

 まぁ、なんだ、自分に脳筋上等を言い聞かせて頑張ってはいたが、孤児ゆえに文官になれるようなコネもねぇし訓練所に入っちまったからには当面迷宮関係の仕事しか出来ないわけでもあるんだが…実は俺、本読んだり理論聞いたり、書類仕事したりするのも好きなんだよな。

 

 しかしそこで発覚したのが、またしても俺には魔法関係に『多少』の才しかなかったってこと。

 攻撃魔法を撃てばしょぼい…魔物ではなく食料用の小動物ならなんとか倒せるかも程度の威力しかない。

 …まぁ、美人講師の言葉と、回復魔法の威力が低かったことからも予想はしていたから、それはいいんだ。

 

 

 ここからが本題だ。

 

 

「効果時間…二十分…?」

「いやー、僕の受け持った数少ない中でもぶっちぎりの最短記録だね。二時間切った子他に見たことないよ。

 でもキミ凄いよ、魔法の資質の中でも稀少な付与術使えるってだけでもレアなのに、これ、かなり高位の補助魔法だよ? 僕でも着想から習得までに半年かかった魔法だよ? あ、作ったの僕ね。尊敬していいよ?

 ところで知ってた? キミ、魔術系の講師の間では才があるのかないのか不明で有名なの。

 冗談で高位魔法教えても初級魔法かのようにさらっと覚えるのに、威力がへっぽこすぎて使えないから、きちんと受け持ってあげられないって。」

「えっ…ってことは俺…高位攻撃魔法撃っても小動物しか倒せないってこと…?」

「…まぁ…そうなるね☆」

 

 ね☆ じゃねぇよ! むっさいじじいが語尾可愛くしても需要なんかねぇよ!

 なんて心の声は押し殺しつつ打ちひしがれていると、

 

「んでねー、講師達(ぼくら)の間で付いたあだ名が、魔法図書館(マジックライブラリィ)!」

「嬉しくねーーーーーー!!!!!」

 

追い打ちをかけてくる付与術講師に、さすがにこれだけは叫ばせてもらった。

 

 

 

 挙句に、トドメを刺された事実がこれだ。

 

 

 

「あー、やっぱり付与術師になったんだね、おめでとー。」

「…全く全然嬉しくないです…これからどうやって生計立てて行こうか絶望しています…。」

 

 適正試験の後、それぞれの職業に合ったレクチャーを受けるべく専門教官や講師達の元に分かれていく同期達を見送りつつ、俺は付与術講師のじじいの部屋を訪れていた。

 

「…なんであんなに訓練頑張ったのに…第二候補すら出ねぇんだよ…なんで付与術師一択なんだよ…。」

 

 もう思うだけでは飽き足らずに口から呪詛の如く流れ出る愚痴を拾い、じじいがさらっと言った。

 

「そりゃー、適性試験の魔道具が視るのは本質的な『適正』であって、後天的な努力の結果じゃないからね。」

「…は?」

「いくらキミがムキムキマッチョな物理特化になろうが、しょぼくてもいいから攻撃魔法を極めようが、生まれてから死ぬまでいつ受けようが、結果は変らないの。」

「…ってことは…俺の三年間の努力…全部無駄だったってこと?」

「ぶっちゃけちゃうとね☆」


 だから、ね☆ じゃねぇーーー!!

 

「じゃあなんで最初に適性試験やらねぇんだよ!

 適正通りに伸ばした方が効率いいんじゃねぇのかよ!」

「口調口調。本音だだ漏れてるよ。

 僕年長者だし一応まだ講師、キミ訓練生、OK?」

「…失礼しました…取り乱してしまいました…。(年長者ってかじじいなのは見りゃわかんだっつーの。)」

「まぁ、幸い他の先生方もいらっしゃらない場だしセーフセーフ。

 例えばね、キミが最初から適正が『付与術師』だけだったら、色んな訓練真面目に受けた?」

「…訓練なんか受けずそのままトンズラしたと思います。」

「でしょー? 逆に人気のある職や技能が適性の人でも、その最適正しか伸ばさずに終わると思うよ。

 せっかく最大三年間も訓練期間あるのに、それってもったいなくない?」

「…まぁ…確かに…。訓練所の入所時にも、なるべく色々な技能に触れてみて下さいっても言われた気もするし…。」


 そういえば、適正試験なんか受けなくても、家系的に魔法技能に優れている者なんかは最初っから魔法技能の講座ばかり受け、迷宮攻略者として必修となる基礎体力向上講座程度でしか体を動かしているのを見たことがなかったりもする。

 基礎体力向上講座ではなかなかいい成績を出しているのに、肝心の魔法技能の方は思ったほど揮わなかったらしいそういう奴らの一人の適性職業が『魔法剣士(マジックブレイダー)』一択だった時の絶叫は、引き()り過ぎて声すら出なかった俺を抜いて、今期の適性試験の最大のハイライトだったと思う。

 

 まぁ、彼はまだ幸いだ。

 最大は俺が受けた通り三年間だが、本登録に進むための義務としての最低訓練期間は一年間であり、最低限で本登録するつもりだった彼には、残り最大二年間訓練所の指定の訓練のみにはなるが学び直すという道が残されている。なお、これはあくまでも救済措置であり、適性判明後その職業で本登録するのに技能が足りていないと…つまりは落第として認定された場合のみ適用される。幸い本登録する際のカードにはそんなことは記載されないが、ギルドの資料には落第の記録が残り、後々ランク査定を受ける際等に参考にされる場合もあるという噂である。

 ちなみに三年間受けても落第した例はさすがに今のところないというが、その場合の追加訓練は有料になる。

 もちろん、それを受けなければ本登録は出来ず、身分は仮登録者のままになるので他の職に就くことも公には出来ないどころか、十年間の本登録就業不履行となってかなりややこしいことになるらしい。

 

(危うく俺その第一号になりかけたんだよな…。)

 

 そうならずに済んだのは、今期は講座の希望者もおらず暇だからと、お茶とお菓子を用意しておくからいつでも遊びにおいでねーと誘ってくれ、ついでに訓練は物理を重視していたものの、読書や座学自体は好きな俺に、好きなだけ読んでいいからねと付与術の魔法書やら各種魔法その他の書籍の並んだ本棚のある書庫の鍵まで貸してくれていたじじいのおかげである。

 三年もあれば隙間時間だけでも十分書庫の本棚は読み尽くしたし、茶菓子に釣られてじじいの元に行ったついでに遊び感覚で一応実践もしていた。

 本登録カードに続き、適正試験の少しだけ詳しい結果表と共に渡された単位表を見れば、いつの間にやらそのお茶の時間を付与術の単位として付けてくれていたらしいことにかなり驚いた。

 なんせ持続時間二十分の実力、付与術が本業になるなんて考えもしていなかったから、正式な講義として受けたつもりでいたのは初回のお試し気分の一回きりなのである。

 

(…ってか、このじじいには、多分俺の適性職業予測出来てたんだろうなー…。)

 

 何せ目の前には、どう見ても俺の体格に見合った装備一式が並んでいる。…あれ? 付与術師向けじゃないのは何でだろうな? 両手持ちの大剣と、魔法衣と重装備の間の子みたいな不思議な防具も見えるんだが。あ、でも、短杖よりさらに小型で便利な加護石(タリスマン)まであるな。

 いやでも、付与術師やるなら訓練中に貰った魔法衣と短杖でも十分なんだけどな。なんでだろ。

 しかし、そう考えると付与術師って安上がりな職でもあるのか。

 

「そんなわけで、じゃっじゃーん! 久々に出来た愛弟子に餞別だよー!!

 名付けて、『パーティに入れないならソロっちゃえばいいじゃないセット』ー!」

「…はぁーーーっ!?」




「あら、ラスティンさん、初のご出勤ですね。

 付与術師デビューおめでとうございます。」

 

 受付嬢(兼適性試験で試験官してた人)がにっこりと挨拶してくれるが、朗らかながらはっきりとよく通る声でその内容をしゃべるのはやめてくれ。

 

「…付与術師? 何年振りの新人だ?

 持続時間教えろよ、最近ダッタールのヤツが十年縛り明けるから引退するとかほざいてて後釜探してたんだ。」

「バッカ、やめてやれよ…そいつ…今期の試験明けで…一番の笑い者だったヤツらしいぜ?!

 なんせなぁ…持続時間二十分の付与術師一択野郎だってよ!」

 

 多分先に知っていて馬鹿にするために声を掛けてきたのだろう、ギャハハハハと高笑いする奴らを無視して、受付嬢に迷宮管理ギルドの登録カードを差し出す。

 

「出勤付けておきますね。」

「いや、迷宮に潜るから通行登録してくれ。希望時間はとりあえず十時間で。」

「…通行…ですか?」


 普通、付与術師として迷宮入口付近で付与術を売る場合は、単純に『出勤』をカードに記録してもらう。帰宅する際も『退勤』を付けてもらう。この記録を元に、十年間の就業義務を管理するわけだ。

 一方、迷宮に潜る場合には『通行』と『希望時間・日数』という記録を登録する。その時間を大幅に越えても『帰還』しない場合、ギルドに捜索対象として掲示され、他のパーティに対し、発見したら帰還出来るよう援助する義務が発生するし、壊滅を確認した場合もまた報告する義務が発生する。まぁ、壊滅の場合は義務がなくとも見かけたパーティーが帰還ついでに報告するのが慣習ではあるのだが。

 

「あっれー? 知らねぇのかー?

 いくら時間が短いからって中で付与しようとしてもなー、パーティメンバー以外にゃ付与も出来ねぇのが迷宮なんだよー!」

 

 また馬鹿笑いが聞こえるがさらに無視する。そんくらい知ってるわボケ。

 

「パーティ構成はラスティンの単独(ソロ)でいい。目標階層はまあ浅瀬ってとこか。」

「初心者のソロは推奨しないのが受付の慣習となっておりますが…。」

「登録職業『付与術師』のみってのを拾ってくれる奇特なパーティーがあったら紹介してくれよ。そしたらそのうち合流するわ。

 それまで精々入口付近で遊んでっからよ。」

 

 三度目の馬鹿笑いを背に受けつつ、俺は迷宮入口への通路へと足を向けた。

 

 

 

 入場口でも受付員の怪訝な視線と他のパーティーからの馬鹿笑いを受けつつ、なんとか人生初の迷宮入りを果たした俺を待っていたのは、

 

「…話にゃ聞いていたけど…どうなってんだよここの内部の構造法則。」


抜けるような青空の見える、広々とした、谷間の街道のような空間だった。


 入口は山に向かう洞窟とか鉱山の坑道のような造りだったはずなのだが。

 まあいい、これは誰もが通る通過儀礼の違和感だ、気にしたら負けの類だ。

 

 念のため受付時には一通り済ませていた付与術を自分を対象に唱えて上書きしていく。入口すぐと分岐点そばは何故か魔物も寄らない安全地帯らしいので(謎構造だよなほんと)安心して準備が出来る。じじいによると、深層まで潜るような実力のあるパーティーも、就寝時は見張りは立てるが分岐点そばを拠点に野営するらしい。

 羽織っていた薄い外套を外してそれで隠すように背中に背負っていた大剣を握り、外套はザックの中に突っ込めば、準備は完了だ。

 

「さーって、んじゃま、迷宮攻略一年生、第一歩といきますかー。」




 はてさて、なんでこうなった?

 

 順調にざくざくと進み、適当に持ち込んだサンドイッチを齧りながら突っ込んできた魔物を片手で斬り伏せる。

 あっれー? これ大剣だよなー? 何で片手でぶった斬れてんだ?

 今更な疑問だが、腹が減って包みを取り出して食べ始めた今まで、初迷宮に浮かれて気付かなかったのだから仕方ない。そういえば、途中で首にぶら下げた加護石を触りながら補助魔法の継ぎ足しもしてたな。その時も無意識だけどずっと片手だったか。

 もちろん、性能が良くて元々重量の割りに取り回しが軽かったのはある。じじい様々である。

 

 疑問に思いながらも進むはいいが…そろそろ五時間、申請してきた時間の半分になる。

 正直あまり手応えがなかったんできっとここいらはまだ浅瀬ってやつなんだろうが、まぁ折り返すべき時間だよな。

 五時間で浅瀬かー、朝見たパーティの奴らは二時間の付与術じゃ浅瀬しか行けねぇって言ってたけど、さらに奥へ行くには普通何時間かかるものなんだろうか。パーティーの実力によって差があるから何とも言えないという曖昧な情報しか訓練所では聞かなかったからなぁ。

 途中ではちらほらパーティーとすれ違ったが、ここ三時間ほどは全く誰とも会っていない。最後にすれ違ったパーティーの奴らが壊滅寸前っぽかったんで横から魔物を斬ってしまったら、なんかとんでもない形相で見られた。あ、もしかしていわゆる横殴りってヤツしちゃったのかなと、お詫びに魔物の残した素材と持ち込んでいた回復薬を提供しておいたが、あそこのパーティーは無事に帰れただろうか。

 

 

 

 再度言おう。

 なんでこうなった?

 

「ラスティンさん!!

 一体どこまで行ってたんですか?!」

「え? 多分浅瀬ってとこ?」


 帰還登録をしてもらうために受付に向かうと、受付嬢が物凄い勢いで駆け寄って来た。

 

「何言ってるんですか!!

 二時間前に深層から帰ってきたそこのパーティーが、ソロ攻略者が更に潜って行ったって…。」

「あ、無事に帰還出来たんですね先輩方。

 良かった、怪我酷かったみたいだし心配してたんですよ。」

 

 えっ? なに、そのとんでもない形相再び。俺ちゃんと敬語使えてたよね? 変なこと言ってないよね?

 

「…ていうか…えっ? 深層?」

「ソロ攻略者なんて今日というかここ一ヶ月はペアやトリオすらラスティンさんしか受け付けてませんし、入口付近で遊んでるとか言っていた貴方は本当に帰って来ないし、捜索対象とすべきか検討中だったんですよ!」

「えっ? 俺ちゃんと時間通りってか時間より早く帰って来たよね? 腹減ったから。」


 混雑を避けて朝遅めに受け付けてもらってから、まだ九時間しか経ってないはずである。

 我ながら、初日から目標勤労時間も守れないとは駄目なヤツだなーと思いながら帰ってきたのだから間違いない。

 

「だから何度も言ったじゃねぇかよ!

 そいつ平然と深層の中ボスぶった斬ってドロップも拾わずに潜って行ったって!!」

「そんなの運良くラストアタック取っただけでしょう?!

 この人今日が初攻略の迷宮初心者ですよ! しかもソロですよ! しかも補助職ですよ!

 他のパーティーが空けた道にふらふら迷い込んで深層に辿り着いちゃったに決まってるじゃないですか!」

「そんなんで出発から二時間で深層まで辿り着けるわけねぇだろとも何度も言ったろうがー!! これだから現場を知らない人間はよー!!」


 そうか、このパーティが居たあたりって普通は深層って言うのか。

 じゃあ…そこから三時間進んだあたりはなんて言うんだろう。

 

「紛糾してるとこ悪いんだけどさ、こういうのが取れるあたりってなんてとこ?」


 とりあえず、最後の階層あたりでゴロゴロ拾った貴石? っぽい物をザックから取り出して受付嬢に渡す。

 あ、せっかくの美人の顔が物凄い引き攣り方になってる。

 

「そ…それ高純度の魔石ですよね…しかもこんな大きな物…伝説の付与術師ラディエル様の所属されていた黎明期のパーティーの遺物でしか見たことないんですけどー?!」


 ラディエル? んー。どっかで聞いたような…?

 

「あ、ラディエルってじじい…じゃなかった、訓練校の付与術講師の先生の名前か。

 生きてるから別に伝説じゃないかー…同じ名前なだけ?」


 恩師の名前を忘れるとかいかんいかん。口じゃ一応先生、心の中じゃじじいとしか呼んでなかったからな。

 

「いえいえいえいえいえいえ! そのラディエル様ですよ!?」

「へー、じじ…じゃなかった、先生もパーティーに所属してたことあったのかー。

 あー、あれか、みんな疲れて連泊攻略止めたからパーティーから追放されて入口付与術師やってたんか。」

「違いますぅーーーーー!

 ラディエル様が当時のメンバーを見放して脱退、入口で分け隔てなく付与術を始めたために深々度攻略が止まったんです!

 一説には魔族の国に到達目前で、その時のメンバーが『俺達なら魔族の国の侵略だって出来るんじゃないか』などとのたまったのが原因だとされています!」

 

 へー、結構本読んだつもりだったけど、そんな歴史あったのは知らなかったなぁ…って、そりゃそうか、俺が読んでたのほとんどじじいの書庫の本だし、そんなもんが書かれてる本置かないか。

 

 

 

 その後、ザックからゴロゴロ出した魔石に受付嬢がぶっ倒れ、他のギルド職員…鑑定換金係だったらしい…も卒倒し、他のザックやら予備の麻袋に詰めていた素材も引っ張り出した時点でギルド長が出て来て一旦預かりにさせてくれと頭を下げられ、幸い職員と先輩パーティーしかいない時間だったので箝口令が敷かれ、ギルドを出た。

 それは良いが、その日の宿代も持っていないことに気付いた俺は、仕方なく訓練校を訪れて、じじいにならいいだろうと宿乞いがてら今日の顛末を話しに行くことにした。

 

 そしたら盛大にゲラゲラと笑われた。そりゃもう、腹を抱えて。

 ついでに加護石を渡された理由も教えてもらった。物理攻撃同様魔法も付与魔法掛けて迷宮あたりで撃ってごらんよ、風穴空くから、だとさ。

 

 このくそじじい…この事態予測してやがったな?

 

 

 

 拗ねた俺が、素材の一時金として渡されたそれなりにまとまった額の金で野営道具と食料を買い込み、滞在一ヶ月を宣言して迷宮に引き籠ってやったら、数日後魔族の国に辿り着いてしまったのはまた別の話である。

 

 

「そなた、付与術の効果が極大化する祝福(パッシブ)を持っておるぞ? それはその適正試験の魔道具とやらも、付与術師のみを指し示すであろうな。」


 国賓扱いで迎えてもらった魔王様から直々にそんなことを教えてもらった俺は、魔王様の前で盛大に茶菓子の皿に顔から突っ込んだ。

 

 

 END.

『魔王に会いに参ります~付与術師・余話~』

https://ncode.syosetu.com/n8797hq/


この話の姉妹編(続編)になります。

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