2枚舌戦線~フィンランド・ファニー・ウォー
山口多聞さんが主宰されている『架空戦記創作大会2020秋』への参加作品です。
お題1のソ・フィン戦争を題材にした架空戦記です。
「あ、ケワタガモ!。」
私たちは、ここ数日何も食べていなかった。
吹雪で補給部隊が『また』遅れた、とのことだった。
フィンランドと対峙する最前線。
だが・・・この戦場には、戦場らしからぬのんびりとした空気が漂っていた。
『攻勢は行わず、防御に徹せよ。』
それが、与えられた任務だった。
敵が攻めて来るようなら射殺する。
そのために私たちは味方塹壕の後ろの丘の上で、狙撃銃を構えて息をひそめる。
ここに配属されているのは、志願した10代の少女で構成される私たち狙撃部隊と、予備役から来た50代のおじさん達で構成される歩兵部隊。
300mの距離を隔てて、両軍の塹壕が対峙する。
その両軍の塹壕の間にある沼にケワタガモの群れが飛来して、餌をあさっていた。
お腹が、ぐぅと可愛い音を立てる。
私たちは、すきっ腹を抱えているのに・・・
「ねぇ、マーシャ、あのケワタガモ撃てない?。」
私は、相棒のマーシャに、こっそりと聞いた。
「当てる事は出来るだろうけど・・・どうやって取りに行く気?。
それに、銃声が響いたら、ドンパチ始まっちゃわないかな?。」
マーシャも同じすきっ腹を抱える同志、鴨鍋を食べたいという私の意図はすぐに悟ってくれたようだった。
「うーん・・・」
私が考え込んだ、次の瞬間だった!。
ドキューーーン、ドキューーーン・・・・・
前方で数発の銃声が響いた。
空腹も忘れて、私たちは銃声のした方を見つめる。
敵が押し寄せて来る様子は、ない。・・・うん?、何か人間より小さい動物?が、こそこそと這うようにしてケワタガモがいた池の方に来るのが見える。
その行き先に目をやると、赤い色のシミ。
それは、撃ち殺されたと思しきケワタガモだった。
ほっとして、私が力を抜いた時だった!。
マーシャが、私の肩をたたく。
ビクッとしてマーシャの方を見ると、マーシャが私たちと味方の塹壕の間にある水たまりを指さしていた。
ケワタガモ!。
先ほど池で餌をあさっていたケワタガモが、銃弾に驚いて逃げて来たのだろう。
あそこなら、私でも撃てる!。しかも回収も簡単だ!。
私とマーシャは、目を見合わすと、慎重に狙いを定めて、ケワタガモを撃った。
その晩の夕食は、ケワタガモのスープだった。
久しぶりのおいしい食事。
舌の先から飢えた体の隅々に、ケワタガモの出汁が染み込んで行く。
考える事はみんな同じで、配置についていた狙撃部隊の女の子たちみんなで寄ってたかって撃ったおかげで、取れたケワタガモは5羽!。
駐留部隊みんなで分けたので、お肉はちょっぴりだったけれど、歩兵のおじさん達にも目いっぱい褒められて、とっても幸せな夜だった。
「おー、よしよし。良くやった。良い子だ。」
フィンランド側の塹壕で、年配の元猟師の狙撃兵は、ケワタガモを拾って来た猟犬をうれしそうに撫でていた。
「これで、コートが修繕出来る。」
擦り切れた裾から詰め物の羽毛が出てしまって、ここの所寒い思いをしていたのだった。
猟犬が敵の狙撃兵に撃たれるんじゃないかと、ちょっと怖かったが、思った通り大丈夫だった。
「向こうさんも、仕留めたみたいだな。」
銃声がした敵の陣地の方を眺めて、そっとつぶやく。
「若い女の子は、ちゃんと栄養を取らないと、なぁ。」
数日前、配置につく敵狙撃兵のシルエットが見えた。
ケワタガモ猟で鍛えた視力に映ったその形は、まぎれもなく若い少女のものだった。
噂には聞いていた。
ソ連軍には若い少女の兵士がいると。
しかし、その目で見るまでは信じられなかった。
手早く羽をむしったケワタガモを、待ちかねた炊事兵に手渡す。
今日はケワタガモのスープに舌鼓を打てそうだった。
継続戦争=大祖国戦争後半。
ナチスドイツは、フィンランドに駐留させていた軍と装備を次々と引き抜き、反攻して来るソ連軍に当てていた。
もはやフィンランドなど守っている場合ではなかったのだから。
表向きは、フィンランドに援軍を送っていると発表しながら。
ドイツとしては、フィンランド軍が偽の援軍情報につられたソ連軍の一部でも引き付けておいてくれれば良いという考えだった。
一方のソ連は。
冬戦争での大損害に懲り、正直フィンランドには攻め込みたくはなかった。
とはいえ、ドイツ軍の拠点があるなら、排除しないわけにもいかない。
そんな時、フィンランドの首相から秘密の接触があった。
ドイツ軍が撤退しているから、休戦しないか?と。
フィンランド国内に潜ませたスパイからも同様の報告が入っており、ドイツ軍を追撃する方に少しでも多くの軍を振り向けたいソ連としても、ありがたい話だった。
そこで、フィンランドがソ連と休戦している事を隠すための軍をお互いに最前線に配置しつつ、お互いに侵攻は行わない、と言う事で話を付けたのだった。
こうして、ソ連=フィンランド国境には、のんびりとした最前線が生まれた。
戦後、フィンランド首相のこの密約がバレて、『2枚舌外交』と呼ばれる事になるのだったが、・・・チャーチルの3枚舌よりはマシ、という文脈で使われる事が多く、またこの首相は『無駄な戦争を避けて、戦争の荒廃から祖国を守った』英雄として、長く語り継がれたのだった。
ちゃんちゃん!
マンガ版の『戦争は女の顔をしていない』を読んだら、可愛い少女狙撃兵の話を書きたくなってしまいまして。
やっぱり、萌えは大事ですよね?。せめて架空の世界くらい。
敵の少女にやさしい目を向けられるおじさんも。
WIKIでソ・フィン戦争のことを読んだら、フィンランドは完全な巻き込まれ戦争で、あまりに気の毒なので、うまく立ち回って、被害が少なくなるような話にしました。
現実の大祖国戦争は、ソ連国民1億9千万人の内2700万人(!)を失う、とても悲惨なものだったようですから。
ちなみに日本は300万人。
フィンランド側の年配のおじさんは、かのシモヘイヘさんが退役後は猟師と猟犬のブリーダーをしていたという話を見て、なんかワンコの似合うやさしいおじさんだったんじゃないかなぁーと思って、そのイメージで書きました。