63.気付いてもらえたようでした。
時は少し遡り、マリーと美夏が別れた後の事だった。
マリーは城に戻ると、自らを呼んだ人物を捜した。しかし誰も呼んでいないという。近くにいた他のメイド達と首を傾げる。
「おかしいわねぇ……」
「メイドの声だったんですか?」
「え?……そう、ね、女の子の声だったけど……。言われてみれば誰の声だったのかしら」
マリーはその立場上、全てのメイドと面識がある。また姿を見ずとも声だけで「あのメイドが立ち話をしている」といった事すらわかった。そんなマリーの聞き覚えが無い声というのは大変におかしな話だった。
まぁいいわ、とマリーが再度庭に出ようとした時だ。外からケルベロスのけたたましく吠える声が聞こえてきて一同が顔を見合わせた。
「ど、どうしたのかしら?」
慌てたようにマリーと数人のメイドが庭に出た。そこではケルベロスが空を睨んで吠えている。
「ケルベロス様!?」
マリーの声にケルベロスは吠えるのをやめた。そうして何かを訴えるように首を振る。
「どうなさったんですか?…………サクちゃん、は?」
辺りを見ても誰もいない。ケルベロスはその通りだとでも言うように再度、吠えた。
「…………」
よからぬ事が起きている。咄嗟にそう判断したマリーは呪文を唱えた。すると手の上に小さな白い鳥が現れる。
「サタン様の元へ」
手を掲げると白い鳥は真っ直ぐに飛んで行った。
「一応城内を探しましょうか……」
マリーが言うがケルベロスは無意味だと言うように小さく鳴き、首を振った。
「……サタン様のお帰りを待つしかないわね」
歯噛みするマリーに呼応するように、ケルベロスも細い声で鳴いた。
◆◆◆
心の底から幸せそうな笑みを浮かべるレヴィとは対照的に、感情が抜け落ちたような遠い目で歩くサタン。魔王が街中に、それも女性を連れているという光景に街の人々は驚いたように、しかし敬意を含んだ視線を向ける。
そんな二人の元に飛んできたのは白い鳥だった。それはマリーが先程城から飛ばしたものである。サタンはその鳥を見るなり指先を伸ばし、そこに止まらせた。鳥は小さな声で鳴き、それを聞いたサタンは眉根をひそめる。
「……すみませんが、急用が出来ました」
「えっ!?」
サタンの言葉に大袈裟なくらいの声を上げるレヴィ。サタンは再度「急用が出来たのでこれで失礼します」と言った。
「何があったんですの?それくらい聞く権利はあってよ?」
「……メイドが一人行方知れずになりました」
「メイドなんて放っておけばいいじゃないですの。どうせ仕事がイヤになって逃げたんですわ」
嘲るように笑うレヴィにサタンは冷たく「彼女はそんな子ではありません」と返す。その剣幕に一瞬言葉を飲んだレヴィ。その一瞬に、「それでは」と言い残してサタンは転移してしまった。
誰もいなくなった空間を見つめてレヴィは唇を噛む。しかしすぐに「まぁ、これで邪魔者は消えるでしょうから」と笑った。それを先程の鳥が見届けて、消えた。




