57.突き飛ばされました。
「では、敷地内に入ったら倒れなさい」
「せめて建物内じゃないんですか……」
馬車を降りて歩く。サタン様の腕にしがみついて。私達というか主に私を見てひそひそされている気がする。けど傍からどう見えているのかとかもうどうでもよかった。こけるよりはマシだ。
「大きいですね……」
お屋敷というかお城。魔王城よりは小さいけどそれでも一軒家よりは遙かに大きい。
「貴族の屋敷は大体こんなものですよ」
「へぇ……」
知らない世界である。よく考えたら今私が縋ってるの魔王なんだよな……。忘れそうになるけども。
「そろそろ倒れていいですよ」
「えー……」
どうせならちょっとだけパーティー見てみたいです、と言うとサタン様が微妙な顔をした。よっぽど帰りたいんだなぁ……。
「……少しだけですよ」
はぁ、と溜息を吐きながらも許可を出してくれた。のでだいぶゆっくりめに歩いてもらいながら入る。やっぱりサタン様は目立つのだろう、ざわめきがホールに広がっていった。皆がサタン様を見て、声を上げる。
「……早く倒れなさい」
「え、えっと……」
低めの声で言われたのでやってあげたいけど倒れるってどうすんだ。サタン様の腕放せばいいのか?
少なくともよろけるくらいは出来るだろうと力を抜いた、時だった。
「サタン様ぁ!」
人波を抜けて、やって来たのはあの女性だった。サタン様の元婚約者候補、レヴィさん。
彼女は私を一瞬だけ見て、嫌そうな顔をした。そうして私なんていないものとするように、私とサタン様の間に割って入る。
「っ、あ……」
突き飛ばされるような形になってしまい、私はそのまま倒れてしまった。足首ぐきっていった……。うわ痛いなこれ。でも結果的には倒れたからいいか。
「サク!」
慌てたような声でサタン様がレヴィさんの手を振り払い、私を抱き抱えた。
「すみません。彼女が怪我をしたようなのでお暇させていただきます」
そう言い残してサタン様はすたすたとホールを後にする。後ろから「えっ、サタン様……っ!?」というレヴィさんの声が聞こえたけど一切無視しているようだった。何か言おうと思った瞬間、途中で歩くのが面倒になったのか馬車まで移動された。そして座席に座らされて、身体を触られまくった。
「あ、あの、サタン様……?」
「痛いところは」
「え、あ、足首がちょっと……」
「見ますよ」
跪いて私の足首に触れるサタン様。靴を脱がされて、不安そうな目で撫でられる。
「……挫いてはいないようですが……。帰ったらマリーに看てもらいましょう」
「や、そんなでもないです。ちょっとぐきってなっただけなんで。すぐ治ると」
「……他には?倒れた時に手をついていませんか」
「大丈夫……だと……」
そうは言ってもサタン様は不安なのか、私の手を取った。
「……少しすりむいていますね」
「え?」
見れば確かに掌を少しだけすりむいていた。けど別に血は出ていない。ちょっと表面をすったくらいだ。
「放っておけば治りますよー」
「…………」
笑って言うがサタン様の表情は変わらない。悲しそうな顔で、ぎゅ、と手を握られた。
「……すみませんでした」
「別にサタン様は悪く……」
「私が連れてこなければ貴女が怪我をすることもなかった」
「…………」
「……以降、気をつけます」
「はぁ……」
それっきりサタン様は黙ってしまった。気まずい空気を乗せて、馬車はがたごとお城へと帰って行くのだった。




