53.先代について聞きました。
「どこから話しましょうね。……サクは、私の父、先代のサタンについて何か知っていますか?」
「何か……」
と言われても知らんがな、と答えそうになってふと思い出す。千春とベリアルが“暴君”って言ってたっけ。
なので素直にそう聞いたと言えばサタン様は溜息を吐いた。
「暴君、ですね。確かにそれ以外あの存在を表現は出来ませんね」
父親に対する表現がそれでいいのだろうか。そんなにいい思い出が無いんだろうか?ふっと、サタン様が「かけなさい」と椅子を指す。大人しく座るとサタン様はそのまま窓枠に腰掛けた。
「……魔王、サタンというのはこの世界で絶対の存在です。それだけの権力と魔力を有する」
「はぁ……」
「身の丈を越えた力を有した時、どうなるかは人の世でもよくあることでしょう?」
「……あー、はい。悪政とか……邪知暴虐の王様とか……」
「そんな感じです。……あの男は、自らの愉悦の為だけに生きていた。暴君、と言えば多少は聞こえがいいが、実際の所はただの駄々っ子でしかない」
「駄々っ子……」
「ただ自分がよければいい。楽しければいい。そういう男でした」
「…………」
「政治なんて全くしませんでしたね。…………全くと言うと若干語弊がありますか。自分に都合のいい決まり事や法は馬鹿みたいに作っていましたし、議会の承認も無く無理矢理通していましたから。それを政治と呼ぶのもどうかと思いますが」
典型的な悪い王様、という感じだったようだ。どこの世界にもやっぱりいるんだなぁと思う。
「昨日の法律が今日は覆されているというのはよくあることでした。朝令暮改、なんてまだマシなこと。ひどい時は朝決めたものが昼には無かった事になったりしましたからね」
「ひっどいですね本当」
思わず言ってしまった。けれどサタン様は気を悪くした様子もなく「はい」と苦笑する。
「……そんな男ですが、そんな男だから、ですかね。権力のおこぼれを狙う者も数多い。金よりも権力、人よりも権力が重いようです」
「はぁ……」
「先代は好色でした。……ある者は妻を、ある者は親族の女子を。またある者は娘を差し出し、代わりに権力を求めました」
「…………」
「後はまぁ、わかりますね。……女性にとっては正しく地獄だったでしょう。あの頃の城は」
呆れたように、他人事のようにサタン様は語る。今更だけどこの話私聞いてていいのか……?ただの人間なんですけども……。
「……ん、でもさっきの人サタン様の婚約者?なんですよね。先代……さんのものになるんですか?」
「候補ですね。……幸い、と言っていいのでしょうか。好色ではありましたが児童性愛の趣味は無かったので」
「はぁ」
「自分好みに育てば奪うつもりで私の婚約者として置くことにしたんですよ」
「…………」
「なので“候補”だったんです。そうでないと自分のものに出来ませんから。いくら魔王でも息子の婚約者を奪うのは外聞が悪いと思ったようです」
「そ、そうですか……」
「他にもいましたが先代の死後、全て破棄しました」
「出来たんですか……」
「多少骨は折れましたが“候補”なのが助かりましたね。候補でしかないのだから婚約する必要は無いと言い張ってどうにか」
「よ、よかったですね……?」
「なかなか諦めてくれない方もいますが」
「あー、それがさっきの」
「はい。彼女だけ『候補ということは婚約者になる資格があるということ!』と言って聞いてくれません」
「聞かなそうですよね……」
さっきの様子を思い返す。あれは面倒なタイプだろうな、出来る限り近付きたくないというか。
「他にも色々とありましたが……まぁ、そういうわけで敬語です」
「へ?」
唐突な話の終わりに首を傾げる。一体何の話だと思うとサタン様が笑った。
「いつだったか、魔王なのに何故敬語なのかといったことを聞いてきたでしょう?その答えです」
「…………?」
全く飲み込めずに?マークを飛ばす。今の話とサタン様の敬語ってどう関わりがあるんだろうか。
「先代は決して丁寧な喋り方をしませんでした。むしろ高圧的に、威張り散らすような口調でした。……それを反面教師にしているのです」
「ああー」
成程そういうことか、とやっと納得した。同じように見られたくないし、なりたくないし。だから口調を整えることでそうならないようにしているのだろう。
「納得しましたか?」
「はい。……じゃあ一番最初、魔王っぽかったのって」
「あれは先代の真似ですね。人間相手なのでどうとられてもいいと思ったのですが、面白そうだったのでどうにかして側に置きたくなりました。なので態度を変えたんですよ」
「そ、そうですか……」
今更だけどこの人私なんぞを面白いと思ってるんだよな。何がだろうか本当。
「……普通、私を知る者は、知らなくても、でしょうか。多少は畏まったり怯えたり何なりするものですが、貴女にはそれが無かった」
「…………」
「そこが珍しい、と思ったのもきっかけです」
「……そうですか」
というかそれはよく少女マンガであるあれじゃなかろうか。周りにいないタイプの面白い女、的なあれ。今度そんなん持って来てみようかしら。どんな反応するかな……。
「……あれ、そういえばサタン様のお母さんって」
「…………私を産んでから亡くなりました」
「そうなんですね……」
「…………元々、望まない結婚だったようです」
「…………」
「他に想っていた相手がいたとか」
「…………」
「ある程度、貴女の想像している通りですよ。望まない結婚な上に相手はどうしようもない暴君。結婚したところで女遊びが無くなるわけでもなく」
想像通り、ということは自ら命を絶ったのだろうか。直接でなくとも精神を病むとかしてそういう傾向にあった事に代わりはないだろう。いたたまれずにいるとサタン様が「そんなに重く考えなくていいですよ」と笑う。考えるって……。
「ち、ちなみに……先代さんって亡くなって、るんですよね」
「はい」
「寿命的な感じですか?」
「………………」
無言のまま、サタン様は少しだけ目を細めた。その視線がどうにも鋭くて、聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がする。
「あ、やっぱ何でもないです」
「そうですか」
無理矢理話を無かった事にした。怖いって。
「他に何か聞きたい事はありますか?」
ついでに何かあればどうぞ?とサタン様は言うけど地雷を踏みそうでとても怖いので不用意に聞きたくない。かと言って沈黙も嫌だなと思考を巡らせる。
「……そ、そういえば、先代さんの作った法律ってどうしたんですか?」
「ああ、ほぼ無かった事にしましたよ」
「ほぼ?」
「……何分、量が多くて何があれの作ったもので何が元からあったのかよくわからなくなってしまって……」
「そんなにですか……」
「法律が増えたり減ったりする度に一々法律書を作ったのが仇になりましたね。新旧混在してしまった上にどこまでがあの男の作ったものか曖昧になってしまいました。……在位が長すぎましたね」
「はぁ……」
「確実にあの男が作ったもので未だに効力があるのは『魔王となった者は法律を作るのも変えるのも無くすのも自由』というものです」
「それ残していいんですか……」
「これが無いとたまに古い取り決めを引っ張り出してくる者がいるんです。調べてみれば確かにあの男が復活させたものだったりもして、とても面倒がすぎる。勿論議会なり裁判なりにして他者の意見を聞いた上で対応はしています。全部解決したら無くすつもりです」
どうやらまだ色々残っているらしい。頑張ったんだなぁ、サタン様。思い、立ち上がる。
「どうしました?」
「や、サタン様頑張ったんだなーって」
言いながらサタン様の前に立ち、ぽん、と頭を撫でた。いつもはずっと上にあるから届かないけど今は窓枠に腰掛けているからすぐに届く。滑らかな銀の髪はとても手触りがよかった。
「…………」
サタン様は何度か瞬きして、視線を下げた。そうして不意に私を抱き寄せた。サタン様が私のお腹の辺りに顔を埋めるような、そんな感じだ。
「えっ、な、何ですか!?」
「……少し、こうしていなさい」
「はぁ……」
とはいえ恥ずかしいんですけどこれ?けれど嫌がってもどうせ離してくれないだろうし、と諦めて大人しくすることにした。




