51.向こうが一枚上手でした。
昨夜はアラームをかけずに寝た。起きたら行く、とは言ったけどつまり起きなければ行かなくてもいいということで。なんて都合のいい言い訳を展開しながらそうしたのだ。
夢現の間で微睡んでいると見慣れた顔が現れた。……サタン様だった。
『サク、さっさと起きて来なさい』
「…………」
そういえばこの悪魔人の夢に出れるんだっけな!!忘れてたわ!!だからあんなにあっさりと“起きたら来なさい”なんて言ったわけだよ!!
見なかったことにして夢の中で目を閉じるがサタン様は追撃をやめない。
『起きなさい』
「…………」
『起きたら来る約束でしたよ。もう殆ど起きかけている状態でしょう』
「…………」
『どうあっても起きないならここは夢の中ですからね。何をしてもいいんですね』
「何する気ですか!?」
がば、と跳ね起きて、起きてしまったと気付く。ベッドの上で頭を抱えた。
「……あの魔王め……」
やっぱり魔王だわ、と思いながら諦める。けれどささやかな抵抗とばかりにいつもよりも遙かに時間をかけて支度するのだった。
◆◆◆
「……おはようございます」
「昼近いですがおはようございます。……起こした時間に見合わない到着ですね」
「あー、ええ、まぁ、はい」
はははと笑って誤魔化した。リュカさんにすんごい目で見られたけど必死に目を逸らして気付かないフリをした。
「遅くなったからには理由があるんでしょうね?」
「…………ど、どの本持ってこうか悩んでただけです」
そういうことにした。正直どれでもよかったと言えばよかったし、最終的には適当にひっつかんで鞄に詰めたので悩んではない。
ただ朝ご飯をいつもよりゆっくり食べていつもよりしっかり歯磨きをしていつもよりのんびりと着替えて来ただけである。
「……まぁいいでしょう。どんな本を持って来たんですか?」
どうやら本気で読むつもりらしい。というかこの人仕事しなくていいんだろうか。昨日は私が宿題やってる横で書類書いたり読んだりしてたけどさすがに読書しながら仕事は無理ではないだろうか。
「……サタン様お仕事は」
「粗方済ませました」
「…………」
「貴女が来るのが遅かったので」
「…………」
本当かよ、と言いたいのをこらえて「そうですか……」とだけ返した。本当のところなんてわからない。リュカさんの方をちら見したらどこか遠い目をされたので仕事はしなくてもいいようにしたのだろう。
「部屋で読みますか?それともバルコニーで?」
「……部屋がいいです」
「おや。意外ですね」
「?」
「外の風に当たりながら読書というのも楽しいものですよ」
「……そうかもしれないですけど本が傷むのは嫌です。ほら、日光って紙によくないですし。そもそも白い紙だと反射して見にくかったりしますし」
「…………」
思ってもみない答えだったのだろうか、サタン様は一瞬固まり、「成程……」と呟いた。まさかこの人本を大事にしないタイプだろうか。栞とか使わずに開いてひっくり返しちゃうタイプだろうか。だとしたら相容れないぞー。
「……サクは本が好きなんですね」
「はい」
「そういうことなら、中で読みましょう」
「はい!」
納得してもらえたようでよかった。
鞄からごそごそと本を引っ張り出す。持ってきたのはこの間買ったばかりの本だ。よくあるラノベで転生チートものである。
「どんな本ですか?」
「えー、と、ただの人間が魔法とか使える世界に生まれ変わって、色々する話です」
「…………」
説明が雑だとでも言いたげにサタン様が私を見る。でもこんな説明しか出来ないしネタバレもよくないだろうしって思うと仕方ない。
「読んでみればわかりますよ、はい」
「……そうですね」
そうしましょう、とサタン様が本を開いたのとほぼ同じ時だった。




