49.夏休みになりました。
夏休みである。面倒な三者面談も終わり、終業式も終わり、待ちに待った夏休み。といっても魔界に行かないといけないのであんまり楽しみでもないかもしれない。
初日の今日は水曜日。宿題をしに行くわけだけど早く起きる必要もないよなーとベッドでごろごろして、ふと気付く。朝行かないといけないのかもしや……?
働く日はそりゃ朝からだろうけど宿題する日と遊びに行く日は遅くなってもいいよね?ダメかな?その辺聞いてなかったな、と起き上がる。嫌な予感するから支度しよ……。
リビングには当然誰もいなかった。学生にとっては夏休みでも社会人にとってはただの平日である。父さんも母さんも仕事なので引きこもるから声かけないでねとは言わなくていいのは楽だと思った。
顔を洗って、軽く朝ご飯を食べて部屋に戻る。さて、何を持って行こうか。当然各教科分の宿題があるわけですけれども。数学持ってって教わろうか……。
嫌いなものを先に片付けてしまいたいのでそうすることにした。嫌いな順番としては数学化学生物英語世界史古典現国である。理系の脳味噌は私には存在しなかった。
着替えてから鞄に教科書とワークブック、プリントの束とノートと筆箱を詰めて手鏡をセットした。色の変わった姿見に手を入れれば、あっという間に魔界についた。
いつものように玉座に座っているサタン様。その顔は険しいし横にいるマリーさんとリュカさんも微妙な顔をしていた。
「……おはようございます」
「はい。おはようございます。……てっきりいつもの時間に来るものだと思っていましたが」
「しゅ、宿題する日と遊びに来る日はこれくらいでお願いします……」
「…………」
不満なのだろうか、サタン様はうっすら笑みを浮かべた状態で私を見る。何その顔怖いんですけど。
「……もう少しくらい早くなりませんか」
「…………」
せっかくの夏休み。出来れば少しはゆっくりしたい、という気持ちでサタン様を見つめ返す。すると何か察したのかサタン様は「では起きたら来なさい」と妥協してくれた。珍しくあっさり妥協してくれた気がする。
「いいんですか?」
「仕方ありませんから。ですが起きたらちゃんと来るんですよ?」
「はい」
サタン様が妥協してくれたんだから私だって頑張るよ、と頷いた。
「さて、今日は宿題の日でしたね」
「はい。数学持ってきました」
「ああ、苦手ですものね」
「……はい」
テスト勉強の際は大変お世話になりましたと言えばサタン様が苦笑した。
「それじゃあ始めましょうか」
「よろしくお願いします……」
◆◆◆
宿題を始めて一時間も経ってないのに飽きてきた。黙々と問題を解いて、わかんなかったらサタン様に聞くスタイルなんだけど正直毎問聞いてる。それでもサタン様は根気があるのか優しいのか、鬱陶しがることもなくきちんと教えてくれる。
しかもさっき聞いてまた聞くのもな、とたまに手を止めていると「どうしました」とちゃんと気付いてくれる。優しい。本当。
「……そろそろ休憩しますか?」
「へ?」
「集中が切れているようなので」
「……よくわかりますね」
悔しいけどその通りですよーとシャーペンを置いた。飽きた。
「……サタン様って優しいですよね」
「え?」
「勉強教えてくれるのもそうですけど……何やかんやで色々よくしてくれるというか。何でですか?」
「……そうですか?貴女の命を質に強制労働させていますよ」
「それはそうなんですけど……。でも、しんどい程じゃないし色々譲歩してくれるし。全体的に見ればやっぱ優しいと思います」
「……そうですか」
そう言うとサタン様は少しだけ笑った。見たことのない笑い方で、何と表現していいのだろう。不思議な笑い方だと思った。
「……貴女がそう思うのならそれでいいですよ」
「はぁ……」
優しいは禁句だったりするのかと思ったけど先代って暴君って話だったよな。……今更だけど私サタン様のこと何も知らないなぁ。
そりゃサタン、とか魔王、という存在についてなら表面上は知っている。けど今私の目の前にいるこのサタン様については何も知らない。サタン様の親とか、生い立ちとか、そういうのって聞いてもいいんだろうか。というか私はサタン様にとって何なんだろう。
「……そろそろ続きやりましょうか」
「……あ、はい」
今聞くことでもないか、と再度シャーペンを握った。




