47.遊び倒した一日でした。
それから暫く転がって遊んだ。気付けば二人とも草まみれになっていた。髪や頬に草がついているのをお互い取り合って、笑い合った。子供かってくらいに遊んだと思う。
お腹が空いたらお昼ご飯を食べた。何が挟まってたのかよくわからないけどサンドイッチは美味しかった。紅茶も飲んで、人心地つく。
「美味しかったですね」
「はい」
「そろそろ戻りますか?」
「……そうですね」
遊び倒した気がします、ということでお城に戻ることにした。楽しんでもらえただろうか。空になったバスケットとまだちょっと中身のあるポットを持って歩く。
「……サクさん、手繋いでもいいですか?」
「いいですよ」
はい、と片手を出すとヴィルくんが手を乗せた。小さな手は思ったよりも温かい。少し握ると軽く握り返してくれた。可愛い。
「お城戻ったら何して遊びますか?」
「……まだ遊んでくれるんですか?」
「時間あるし遊びますよーって思ったけど帰らないといけない時間とかありますか?」
「……いえ、まだ時間はあります」
「じゃあ遊びましょう」
時間があるなら遊びましょうよと言うとヴィルくんは嬉しそうだった。子供らしい笑顔に安心する。
「…………サクさんはサタン様の事好きですか?」
「え?何ですかいきなり?」
「……いえ、サタン様のメイドだというのは知っているんですが、……欲しいと思ってしまったので」
「…………」
何だろう。ベリアルといいモテ期でもきてるんだろうか。悪魔にモテても嬉しくはないんだけど。別に人間でこの人にモテたい!とかあるわけでもないから別にいいんだけどさ。
「……好きですか?」
「えー……」
別に好きとか嫌いとかはないような……。でもサタン様に好かれてるんだよなぁと思うと下手に嫌えない。なので「好きです」と答える。
「好きなんですね」
「まぁ……何だかんだ優しいですし」
「……そうですか」
何故かヴィルくんは嬉しそうに目を細めた。その様子に何となく覚えがあって、どこで見たんだったかと思い返す。
「サクさん?」
「……あ、いえ、何でもないです」
誰だったっけ?と思ってるうちにお城についた。サタン様の部屋まで戻るとマリーさんがいた。サタン様はまだ戻ってないらしい。
「あらお帰りなさい。楽しかったですか?」
「はい」
にこにこ答えるヴィルくんにマリーさんも安心したようだった。
「マリーさん、バスケットって食堂に持ってったらいいですか?」
「持って行っておくからいいわ。ヴィル様と一緒にいてあげて?」
「はぁ……」
いいのかなと思いつつもじゃあすみませんお願いしますとマリーさんにバスケットを預けた。そしてヴィル様と応接室へ向かう。
ソファーにヴィルくんと隣り合わせに座っていると不意に言われた。
「サクさん、あの、……抱っこして欲しいです」
「え、あ、はい」
はいとは言ったもののどうしていいのかわからず手をおろおろさせると向こうもどうしていいのかわからないようで困った顔をしていた。ごめんね不甲斐ないお姉ちゃんで!
「…………」
「…………」
じり、と何故か膠着状態になった。何で?乗って来たりしない感じ?むしろ私が抱え上げないといけないの?
「…………」
困っているとヴィルくんがそっと寄ってくる。そして「いいですか?」と小首を傾げた。成程可愛い。ショタとかあんまり興味は無かったんだけど、可愛い。
「い、いい、よ?」
頷くとヴィルくんは膝に乗って来た。私の方を向いて、私に抱きつくような感じである。ずしりと膝の上が重くなったけどしんどい重さではない。むしろ温もりが心地いい。そのまま背中をぽんぽんと撫でてみるとヴィルくんは何とも嬉しそうに笑ってくれた。可愛いな。
「……温かいです」
「そう?」
「このまま寝ちゃいそうです」
「…………」
お昼寝ってさせていいものだろうか。誰か呼んで聞こうかと思ったけどヴィルくんが「たまにお昼寝するんです」と言った。じゃあいっか。
「寝にくくないです?」
「ないです」
「横になった方が寝やすいんじゃないかと思うんですが……」
「そんなことないですよ。気持ちいいです」
「そうです……?」
本人がいいならいいのかなぁと思っていると扉がノックされた。
「失礼します」
入って来たのはマリーさんだった。「お茶とお菓子をお持ちしました……」と言いつつ私の膝に乗っているヴィルくんを見て固まる。
「あ、まずかったですか!?」
「いえ、そんなことはないわ。ヴィル様、おやつとお茶をお持ちしましたが……後に致しましょうか」
「食べます。サクさんも一緒に食べましょう」
「は、はい」
ひょい、と膝から下りたヴィルくんに手を引かれる。あれどこ行くの?
「天気がいいからバルコニーで食べたいです」
「かしこまりました」
「マリーもよかったら一緒に」
「よろしいんですか?」
「ええ」
「ではご一緒させていただきます」
「はい」
メイドってこんなほいほいお茶とかしてるもんじゃない気がするんだけどいいんだろうかと思いつつ、お菓子の誘惑には勝てない。
バルコニーに置かれている椅子にヴィルくんと移動する。とはいえ給仕をマリーさんだけに任せるわけにもいかないのでお菓子やカトラリーを並べたりするのは手伝った。つくづく仕事してないな私。
「それじゃあ、いただきましょうか」
「はい」
「いただきます」
わーいとイチゴの乗ったケーキにフォークを伸ばす。ヴィルくんはどこか優しい目で私の手元を見ていた。子供よりがっつく自分って一体。
恥ずかしいけれど手を出した以上、引っ込める方がダメな気がしたのでそのままケーキを一口サイズに切る。ふんわりとしたスポンジはフォークであっさりと分けられた。
それをそのままフォークに乗せて口に運ぶ。バニラの香りがして、上品な甘さが舌の上に広がった。
「美味しい……」
思わず呟くとマリーさんもヴィルくんも微笑ましいみたいな視線を向けてくる。恥ずかしっ!ふと、ヴィルくんと目が合う。柔らかな笑みがサタン様に被って見えた。それと同時にさっきの既視感はサタン様だったのかと気付く。
「…………」
「どうかしましたか?」
「え……い、いえ、何でもないです」
こんな可愛い少年とサタン様を同列にしてはいけない気がすると思うけどそういえばサタン様は姿を変えられた。…………いや、まさかね。
「美味しいですね」
「そ、そうですね」
嬉しそうに言うヴィルくんと静かなマリーさんと、おやつの時間は緩やかに過ぎていくのだった。
◆◆◆
「サクちゃんそろそろ時間ね」
「はい」
「もう帰ってしまうんですね」
「はい……」
おやつを食べてからはヴィルくんを抱っこしてのんびりしていた。それでいいのかって感じだったけどマリーさんも特に何も言わなかったんでそのままゆるゆると過ごした。楽しいというよりはまったりとした時間だった。
名残惜しい気持ちを抑えつつ、「また来てくだされば会えるので!」と言っておいた。そういえばヴィルくんは何をしに来たのだろう?今更すぎて聞けないけど。
「……はい、そうですね」
ふふ、と笑うヴィルくん。年相応には見えないそれはやはりサタン様を彷彿とさせるもので。
「それでは、失礼します」
「はい、……いつか、また」
「はい!」
ヴィルくんに別れを告げて、着替える為にマリーさんの部屋へ移動する。その道中、マリーさんに聞いてみた。
「……あの、マリーさん」
「なぁに?」
「……サタン様って髪の毛短くしたりとか出来ますよね」
「そうね」
「……子供の姿になったりとかって出来るんですか?」
「…………何でそんな事聞くの?」
「や、ヴィルくん……様がサタン様に被って見えたんで……まさかなーと思いつつ出来るのかなって思っちゃって」
「……遠縁のご親戚でらっしゃるから、似て見えたんじゃないかしら?」
「あー、成程」
そういえば、と納得しかけたけど待って、親戚の知人の兄弟の知人の親戚みたいな赤の他人じゃなかったっけ?ん?とマリーさんを見るけどマリーさんは何となく視線を逸らした。
「…………そういうことにしときます」
「そうね」
聞いてはいけないような気がしたので、そう言っておいた。




