44.街をうろうろしていました。
「あれ食べたいです旦那様。あとあの雑貨見たいです旦那様。それから本読みたいんですけど本屋行ったら三時間は潰せるんですけどいいですか旦那様」
「結構容赦無いですね?」
サタン様を背後に感じつつ、私は街を満喫していた。最初こそあれ何だろなー気になるなーと見ているだけにしていたのだがサタン様が「気になるなら見なさい」と言ってくれたのだ。
結果、少しずつタガが外れて今である。マリーさんも苦笑していた。
「本は城の書庫で我慢なさい。今度連れて行きます」
「やったー!さすが旦那様!」
優しい!素敵!と適当に誉めるとサタン様も嬉しそうだった。ちょろいぞこいつ。けどそういえばこんな態度でいいんだろうか、とマリーさんを見るがマリーさんはいつものようににこにこしていた。
「……あ、あの、マリーさん」
「なぁに?」
「わ、私の態度ってメイド的に大丈夫ですかね……他人の目とか……」
「今更ね」
「すみません……!」
怒られる、と思ったがマリーさんは「田舎から出てきたメイド見習いがはしゃいでる程度にしか見られてないから大丈夫よ」と笑った。
「許されるんですかそれ……」
「地方やあんまり大きくない貴族だと割とあるわ。主と使用人の距離が近いから。それに旦那様も嫌がってないから、そこまで奇異には見られないわ」
「あ、そうなんですね」
ならよかったかな、とちょっと安心した。
「ギリギリだけど」
「…………」
ちょっと落ち着こう、と自分に言い聞かせる。申し訳なくなってきたしな……。と思っているとマリーさんの表情が消えた。
「……旦那様」
「はい。サク、こっちに来なさい」
「?」
よくわからん、とサタン様の方に行く。……何故か背後から抱き締められた。サタン様の腕が輪を作り、私を包む。え、何このいきなりの謎展開?何されんの私?
「……?」
「私の腕から出てはいけませんよ」
「え……」
何ぞや、と思っていると前から三人、盗賊っぽい見た目の男達が現れた。
「よう兄ちゃんさっきから見てたら随分羽振りいいじゃねぇかよ。そこのメイドだけじゃなくってこっちにも奢っちゃくれねぇか?」
「っ……」
ゴロツキとかそういう系のものだというのは理解出来た。男達はにやにやと、距離を詰めて来る。こんな往来で、と思うが周りの人はいつの間にかいなくなっていた。避難が早い!魔術かもしや!
「それは出来ませんね。この子達は私の大事な存在ですが君達は無関係の存在なので」
「あぁ?……言い方が悪かったかねぇ。――――いいから有り金全部置いて行けって言ってんだよ!!」
男が手をかざすとごう、と風が巻いた。怖くてサタン様の腕を掴む。
「心配は要りません。貴女に危害は加えさせませんし、……マリーは強いので」
「え……」
マリーさんが動いた、私とサタン様の前に立って、“何か”した。背後からなので見えなかった。けど腕を動かしたことだけはわかる。気付けば男達は声も無く倒れていた。
「終わりました」
「はい。流石私のメイドですね」
「有り難きお言葉です」
ふんわりとマリーさんがスカートを摘んで一礼した。もう解決したような感じの二人だけど待って何今の。マリーさん何したんですか本当。
ざわざわと人気が戻って来る。遠くの方では「警察だ!通せ!」といった声も聞こえる。誰かが通報してくれてたんだろう、っていうか警察あるんだ!?
「他に仲間はいないようです」
「ええ。……こちらを侮ったのでしょうね。大方田舎者だとたかをくくったのでしょう。……それじゃあ、サク、逃げますね」
「は?えっ……!」
ひょい、と横抱きにされた。これは……お姫様抱っこ!
慌てる間もなく気が付いたら皆で馬車の中に戻っていた。しかも私はサタン様の膝の上だ。え、何で。色々何で。
「お、下ります……」
「このままでもいいですよ。別に苦痛でも無いので」
「いやいやいや」
何とか下りてサタン様の横に座り直していると馬車の戸が開いた。
「サ、サタン様!?いつの間にお戻りで!?」
御者さんが焦っていた。だろうな。けど特にサタン様は気にする様子もなく「諸事情で移動しました」と笑った。
「さて、多少名残惜しいとは思いますが帰りましょう。どのみちあの騒ぎではまともに店も見られませんからね。というわけで出しなさい」
「か、かしこまりました!」
「ああ、別に急がなくてもいいですからね」
「は、はい!」
わたわたと御者さんが出る準備をする。突然すぎたんだろうな……。
「……ていうか、逃げてよかったんですか……?」
「事情聴取されろと?」
「……あー……」
そうだな。サタン様だもんな。お忍びで来てるんだから色々つつかれたらまずいのか。そうか。
「それに下手したらサクちゃんがリュカに怒られるわよ?」
「え、何でですか……?」
「絡まれたきっかけ、何だと思う?」
「え……」
確か羽振りがいいとか何とか言ってたっけ。そこのメイドみたく奢れとか……。ってそうか。私が調子に乗って色々買ってもらっていたからだ。
はっとしてマリーさんを見ると「全部。説明しないといけなくなるから……黙ってましょうね?」とにっこり言われた。色々怖かったのでめっちゃ頷いておいた。
「そ、そういえばマリーさん強いんですね!」
誤魔化したかったので話を変える。
「サタン様のお側にいる以上はね。……この身を呈してでもお守りするわ」
「……私いていいんですかね……?」
自分の身も守れない、と呟く。戦闘なんてしたことないし、よくあるチートマンガみたく武術をやっていたとかいう経験もない。体育は苦手だ。
「いいんですよ。貴女は私が守りましょう。大事な……存在ですから」
ぽん、と頭を撫でられた。いつもと同じ仕草のはずなのに、何故かいつもより温かいと、そう感じた。
「……あ、そういえばさっき何で背後から抱きついてきたんですか?サタン様。普通ああいう時って『私の後ろにいなさい』みたいな感じじゃないんですか?」
「背後からの奇襲が無いとは言い切れなかったので。腕の中に入れておけば守れます」
「……あ、そうですか」
一切他意は無かったんですね、と納得する。いや、別に無くていいんだけどね、そんなもん……。……いいんだよ、ね?




