39.間一髪、助かりました。
急にした声に隣を見れば、サタン様が目を開けていた。
「……手を離しなさい」
「うわもう起きた」
「手を離せと言っています」
サタン様がベリアルの手を叩いた。おかげでベリアルから解放される。そのまま立ち上がり、サタン様の後ろに逃げた。
「ひどいなぁ。暴力はんたーい」
「暴力と呼べるものではないでしょう」
「もっと言えば離したかもしれないじゃん。なのに説得を早々に諦めて実力行使なんて、さっすが大魔王様はやることが違いますねー」
「…………」
挑発するような、というか挑発でしかない言葉。サタン様は忌々しげにベリアルを見下ろす。
「こんな暴君に仕えるサクちゃんが可哀想だよ、やっぱり僕のとこおいでよ。でないと殺されちゃうかもよ?先代がやってたみたいに」
「え……?」
「……黙りなさい」
ぎ、とサタン様がベリアルを睨んだ。威圧、というのだろうか。無言でベリアルから視線を外さない。一触即発の様相を呈してきている。どちらかが動いたら、次の瞬間には相手が死んでいるのではないだろうかととても不安になった。
「……あ、あの!サタン様、もう帰りませんか!!三十分経ちましたよ絶対!!」
このまま放っておいたらまずいと思ったので割って入った。凍っていた空気が溶けたような気がする。
「……そうですね。帰りましょう」
「えー」
まだベリアルは何か言いたそうだったけど諦めたのか、「また来てねー」と軽く言って手を振った。二度と来ねぇよ!!
メイドさんに案内されて、馬車で魔王城へと帰る。二人きりの馬車は、空気が重かった。
何せサタン様が何も言わないのだ。向かいに座って、無言でじっと私を見ている。怖い。
「…………サク」
「は、はい」
「…………」
「…………」
呼んだ割に何も言われない。どうしたんだろう。
「……少し、こうしても」
「へ?」
サタン様はそう言って私の隣に座った。そして手を握られる。別に嫌でも何でもなかったので「いいですけど……」と答えた。
サタン様の手は大きい。私の手がすっぽりと入る。意外と温かくて、不思議な気分になった。
「…………」
ちら、とサタン様を見てみる。その瞳は何も言わない。遠くを見ているような、逆に何も見ていないような、そんな瞳だった。
「…………明日は、街に行きましょうか」
「は?え?」
「……今日、行けなかったので」
「で、でも、仕事……」
「……内容を少し変えます」
「はぁ……?」
それでいいんだろうか。サタン様が言うからいいか。でも疲れてるんじゃないだろうか。そんなんで街に出て大丈夫なんかな。
「……あ、そうだ」
「?」
「こないだお菓子持って来るって言ったんで、持って来ました。グミです」
疲れた時は甘い物だと思う。そう思いついたのでちょっと手を離してもらって鞄から出した。
「グミ……」
「え、嫌いでした?」
だったらごめんなさい、と言うがサタン様は首を振る。
「いえ……いただきます」
「どうぞー」
袋の口を開けて差し出す、ピンク色のそれをサタン様は一つ摘み、口に入れた。
「…………」
「……ど、どうですかね……」
「……美味しいです」
ふ、とサタン様が笑う。ちょっと落ち着いてくれたみたいでよかった。
「……人間界、行ってみたいですね」
「行けないんですか?」
「行けないことは無いんですが……。……そうですね」
「?」
サタン様はそのまま二つ目のグミを口に入れて黙った。何となく誤魔化されたような気がする。
「……あ、でも人間界行くならその格好はちょっと」
「…………」
「せめてパイモン様みたくスーツがいいです。せめ
て」
「…………」
「でないと多分一発で職質されるし下手したら逮捕とかされそうです」
「…………」
サタン様が何とも言えない顔をした。ていうかそもそも角生えてるもんな。服だけの問題じゃないなこれ。魔法で隠せるのかな。もし隠せなかったら帽子かな。ボルサリーノがきっと似合う。でも角入らなさそう。難しっ!
「……何か変なことを考えていませんか」
「えっ……そ、んなことないですよ?」
そっと目を逸らした。変なことではない、と思う。
「魔王様、間もなく城に到着致します」
御者さんの声がした。もう着くのか、って言ってもどれくらい経ってるのかよくわかってないけど。
「門の前までで構いません。そこで下ろしなさい」
「かしこまりました」
少しして馬車が止まった。サタン様に手を引かれて降りる。広い、大きな門だ。門番さんが二人、両脇に立っていたのでちょっとだけ頭を下げた。
「本日はご足労いただきありがとうございました」
「二度と行かない、とベリアルに伝えておきなさい」
「かしこまりました。それでは」
一礼して御者さんが馬車で去って行く。……というか今更だけど。
「……瞬間移動とか、出来ないんですか?」
「出来ますよ」
「ですよね。……何でわざわざ馬車だったんですかね……」
「貴女がいるからでしょう」
「……?」
「貴女が移動出来ませんから」
「ああ……。そっか……」
確かに私は魔術が使えない。千春ならいけるのかな。
「……あ、でも抱えてもらって移動とか」
「してもいいんですか?」
「え」
わきわきと指を動かすサタン様。どうしよう何か嫌だ。しかも抱えるって何だ。小脇に抱えられるんだろうか。俵担ぎとか?……案外、お姫様抱っこ、とか……?考えたら急に顔が熱くなった。無いって。無理だって。
「……え、遠慮します」
俯きながら言うとぽん、と頭を撫でられた。いつものサタン様に戻ったような気がする。
「……それでは城まで歩きましょうか」
「は、はい…………城?」
顔を上げる。とてもとても広大な庭。城らしきものが遠くに見える。
「歩きましょうか」
「…………はい」
自転車欲しい、と呟いて、サタン様と城まで歩くのだった。




