38.サタン様が潰れました。
「サ、サタン様!?」
必死にサタン様を揺らしているとベリアルが笑いながら言った。
「大丈夫だよ。毒とかじゃないし、サクちゃんのカップにも僕のカップにも同じ物が入れてある」
「は!?」
「だから毒じゃないよ。……ちなみに質問なんだけどサクちゃんお酒好き?」
「飲んだことないです。っていうか未成年なんで飲めないです」
「あー、そっかー。…………強いんだろうねきっと。ちなみにサタンは弱いんだ」
「…………もしかして、紅茶に……」
「そう。ちょっと強めのお酒入れてたんだよ」
ベリアルは「こんなつもりじゃなかったんだけどなぁ」と腕を伸ばして仰け反った。白い喉が見えて、けどすぐに起き上がる。
「僕の計画はさ、サタンもサクちゃんも酔い潰してサクちゃんだけ攫うつもりだったんだよ。……けどそっかー。サクちゃん強いのかー」
今度はさっきと違ってテーブルで手を組んで、その上に額を乗せた。と思ったらすぐに顔を上げる。振り幅が激しいな。
「ちゃんとサクちゃん用に部屋用意してたんだよ?もう可愛いものでみっちりにしたお部屋。酔いから醒めたサクちゃんに『君の為に色々用意したんだ』って言ったらサクちゃんが『素敵!ベリアル様のお嫁さんにして!!』って返す、そこまで妄想した」
「…………」
こいつやべぇ。シンプルな感想しか出てこなかった。流石に面と向かって言うわけにはいかないだろうと飲み込むけど。
というか、この状況はまずいんじゃないだろうか。頼みの綱のサタン様は潰れてる。……いや一口でどんだけ酔うの。そして私何で欠片も酔ってないの。強いのか。知らなかった。じゃない、この状況どうしよう。
「ああ、警戒しなくていいよ?もう今日は何もしないから」
「…………」
「計画崩されるの嫌なんだよねぇ。それに今のサクちゃん連れ込んでも嫌われるだけだもん。やらないよ」
「はぁ……」
本当だろうかと思ったけどベリアルは「何もしない。約束」と笑った。そこだけ何となく真面目な目してたから本当かもしれない。とはいえ警戒はしたい。仕方もわからないけど。
「あー、どうしようかな。じゃあもう普通にサクちゃ
んとお茶にしよっかな。サタンが起きるまで」
ぱちん、とベリアルが指を鳴らすと今度はメイドさんが出てきた。そしてテーブルの上のティーカップを片付ける。
かと思うと今度は目の前で、空のガラスのポットに茶葉とお湯を入れ始めた。どうやら目の前で入れてくれるらしい。それとレモンが別のお皿で出てきた。レモンティーがいいって言ったからだろう。
「どうぞ。見てた通り、変な物は入れてないよ」
「……ありがとうございます」
確かに茶葉とお湯だった。多分大丈夫だろうとレモンを一枚と角砂糖を一つカップに入れて、口を付ける。ふんわりと甘い香りにレモンの風味が合わさって、美味しかった。
「お菓子も食べてね。サタンが起きるまでゆっくりしなよ」
「はぁ……。……いただきます」
お菓子は大丈夫だと思う、と勝手に思いながらケーキを一口食べた。
「……!!」
ふわふわのクリームとスポンジ。イチゴが間に挟まっていて、適度に酸味がある。もう一口、とついつい食べたくなる味だった。
「気に入ってもらえたようで何よりだよ」
美味しかったんならよかった、とベリアルもマカロンを摘んだ。さくりと小さな音を立ててピンクのマカロンがベリアルの口に消える。
「マカロンも美味しいよ?」
「……いただきます」
余程食べたそうな視線で見てしまっただろうか、ベリアルが笑うので大人しくもらった。想像通り、さくさくで、中にナッツが入っていて美味しい。
「サクちゃん美味しそうに食べるねぇ」
「…………」
「サタンのとこのメイド辞めてウチ来ない?週休七日でお給料は好きなだけ」
「…………」
週休七日って何だそれ。視線だけで問うとベリアルは「別名僕のお嫁さん」とわけのわからないことを言い出した。
「楽しいし気に入っちゃった。お嫁さん、どう?贅沢はさせてあげられるよ」
「…………」
どういう口説き文句だ、と困惑する。それでどれだけの人が頷くというのだうか。
「勿論働かなくていいよ。うん。一日座って僕と遊ぶの。欲しい物があれば何だって買ってあげるし、何だって君が望む事は叶えてあげる」
「…………」
虫のいい話に戸惑う。ベリアルがそこまでする意味が本気でわからない。私はただの人間で、そんなにする価値も何も無いと思う……というか。
「……人間って、悪魔と結婚出来るんですか?」
「出来るんじゃない?」
あっさりと言われた。出来るのか。
「最近聞いたことは無いけど、昔は人間攫ったりしてたし。でもサクちゃんは今ここにいるし。出来ないことは無いでしょ」
「……だとしても、何でですか?」
「何で?」
「私ただの人間ですし……」
「だからだよ。人間なんてまずいない。それこそ攫ってこないと。それを自分のものに出来るんだよ?それだけで充分価値になるし意味がある。だからさ」
にっこりと言われた。それでわかる、ベリアルは私をただの人間としか見ていない。多分、珍しいペットとかを飼うのと同じ感じだ。
「と、まぁそういうわけで僕のお嫁さん、どう?」
「…………嫌です」
「何でさー。服も宝石もお菓子も、何ならお屋敷とかもあげるよ?サタンとこでメイドやっててもそんな贅沢出来ないよ?」
「別に贅沢したいわけじゃないんで……」
「えー。嘘だー。女の子はお金がかかるんだよ」
そう言うベリアルの目はだいぶ本気だった。過去に何かあったんだろうか。
「だからさあ、……何が欲しいの?何でもあげるよ?」
さぁ、と迫ってくるベリアル。テーブルを挟んでいるとはいえ、圧がすごい。思わず椅子を引いた。
「逃げないでよー」
「逃げたくもなりますよ……」
「そんなにサタンがいいのかい?」
「……はい」
少なくとも、あなたよりは。続けようかと思ったけどやめた。下手なことを言いたくない。
ていうかサタン様早く起きてくんないかな!どれだけ強いお酒だったのか、サタン様がどれだけ弱いのかさっぱりとわからないけどもそろそろ起きてもいいんじゃないのかな!!
横目でちらちらサタン様を見ているとベリアルが言った。
「……なーんで、サタンなんかがいいのさ」
「何でって……」
一瞬、考えた。確かにいきなりメイドにしてきたり謎にちょっかい出して来たりして鬱陶しい。言われてみると本当何でだろうな。
けど、どっちかっていうとサタン様がいいというよりベリアルが嫌なだけだなと気付いた。ぐいぐいくるのはサタン様もだけど引き際心得てるもんサタン様。言ったらちゃんと聞いてくれるというか。
そういうところがいいんだろうな、と思考に耽っているとベリアルが目の前で掌を振る。
「サクちゃーん?帰っておいでー?」
「え、あ、すみません……」
「もー。よっぽどサタンのこと好きなんだね」
「……好き……」
ベリアルの言葉に一瞬脳味噌が止まった。好き?いや?別にそんなはずは?いや好きにも種類あるじゃん。うん、マリーさんとか好きだし、それと同列で好き、なら、うん、そうだ。
「……そうですね、好きです」
「あっさり認められちゃった……。サクちゃんそういうの認めなさそうなのに……。…………でも、他人のものってすっごく欲しくなるよね」
そう言うベリアルの目はきっと本気だ。しっかりと私を見据えているその顔は笑っていない。
「……どうしよっかなぁ」
値踏みしているような視線が居心地悪い。サタン様起きてー!!
「もう力ずくでもいいのかな。……幽閉しちゃえば嫌われてもいいか」
「は!?」
今なんか怖い言葉聞こえた。幽閉って監禁みたいなあれだよね?正気かこの人!いや悪魔!!
「……うん、やっぱりさ、お姫様って塔の上だよね」
「嫌ですよ!?」
「まだ何も言ってないよ?」
「ほとんど言ってましたよ!?」
「地下牢は嫌でしょ?だから塔かなって。あ、でも髪の毛は短くしようね」
「……ラプンツェルか!嫌です色々!」
「そんなに怯えなくてもいいよ?何なら薬とか術使って正気を飛ばせば……」
「やだー!!絶対にやだー!!」
最早敬語とかどうでもよかった。とにかく拒否してないとまずい気がしたので必死に首を振る。
「大丈夫だよ、すぐに何もわからなくなるから」
「やだって!!絶対にやだ!!」
ベリアルから逃れるように立ち上がる。けれど遅かった。ベリアルに手を掴まれる。冷たい長い指がしっかりと私の手首に絡んだ。
「ねぇ、サクちゃん、僕の目見て」
「……っ!」
「……そこまでにしなさい、ベリアル」




