36.気まずいけど行きました。
土曜になったので手鏡をセットしつつ魔界へ行く。コンビニで買ってきたグミを持って、だ。
この間のあれが何だか気にかかるけどだからって行かないわけにもいかない。
サタン様の部屋にはいつものようにマリーさんが……いなかった。あれ?いたのはサタン様とリュカさんにユベールさんだ。
「おはようございます」
「お、おはようございます。……マリーさんは……」
「ああ、今日は別行動です」
「?」
一体何をさせられるんだろうと思っているとサタン様は笑う。
「今日はサクの仕事は休みです」
「あっじゃあ帰って寝ますね失礼します」
「違います待ちなさい」
がっと襟首を掴まれた。休みなんでしょ?と見るとサタン様が「そんな真っ直ぐ帰る選択をするんじゃない」と文句を言ってきた。
「だって休みって……」
「言いましたけどね。今日は街に行ってみようと思いまして」
「……はぁ」
街。何で、何の為に、と聞こうとしたらサタン様が続ける。
「たまにはそういうのもいいかと。そちらの世界とは違ってきっと楽しいですよ」
「そういうものですか……」
「はい。なので今日は休みです。試験も終わって間が無いですしね」
「いいんですか……?」
何となくリュカさんの方を見る。リュカさんは「サタン様がお決めになったことだ」と目を伏せる。最近はリュカさんもマリーさん同様諦め始めてきている気がする。それでいいんだろうかこの魔王は。ていうか私メイドの筈なんですけどどうなんすか。最早何しに来てるのかよくわからない。
「それじゃあ今日はサクちゃんと遊べるんだね」
「……え?」
急に聞き慣れない声がして、肩を掴まれた。
「!」
振り向くとベリアルがにこにこと立っていた。しっかりと私の両肩を掴んで。
「……何処から入って来たんですか、ベリアル」
「さぁて何処でしょう」
「…………」
殺せるんじゃないかというくらい鋭い視線でサタン様が背後のベリアルを睨む。けれどその前に私がいるせいで私まで圧を感じてしまう。
「……サクから手を離しなさい」
「やだー」
「うわ……っ!?」
まるで踊るように、ベリアルは私の手を取ってくるりとターンした。予想外の動きにこけそうになったけど、反対の手でベリアルが腰を支えてくれる。慣れた手つきにちょっと引いた。
「それじゃあ行こうかサクちゃん」
「え、え?」
「待ちなさいベリアル」
ずるずると引きずられていると後ろからサタン様が追って来る足音がした。た、助けてサタン様ー!!
「ベリアル!」
ぐん、と引っ張られる感じで止まる。サタン様がベリアルを捕まえたのだろう。一緒になって振り向くとベリアルが言った。
「……何ですか?大魔王様。たかがメイドを遊びに誘うのがそんなにもお気に召しませんか?」
挑発するようなベリアルの物言いにサタン様は苦々しげな顔をする。それを見ながらベリアルは大げさに
肩を竦めながら続けた。
「大魔王様がそんなに狭量な器の持ち主だったとは」
「……ベリアル。いい加減にしなさい」
「怒った?」
「だいぶ前から怒っていますよ。サクから手を離しなさい」
「いいじゃないか少しくらい」
「何処へ連れて行く気ですか」
「僕の家」
「何の為に」
「親しくなるにはお茶会がセオリーじゃないか。いい茶葉が手に入ったから、是非ともサクちゃんと愉しみたいなぁって」
「…………」
ベリアルの言葉にサタンは嫌そうな顔をするだけ。どうにか断ってくださいサタン様、と思っているとサタンは「私も同席させなさい」と言った。いつぞやの悪夢再び……!!
「いいよ。どうせサタンのことだから絶対サクちゃん一人じゃくれなかっただろうから、ちゃんと三人分用意させてたよ」
「……サク、すみませんが、街はまた今度です」
「はぁ……」
別に街に行きたかったわけでもないんですけれど。そう言ったらまた面倒なことになりそうな気がしたので言わなかった。




