21.こっそり来ていたようでした。
「サクちゃん、そろそろお昼にしましょう」
「はい」
マリーさんに声を掛けられたので手を止める。あれからもサタンはちょいちょい来た。途中で相手をするのが面倒になったので「ベッド座っといてください」と言ったら大人しくちょこん、と座っていたのがちょっと可愛かった。
「今日もサタン様と一緒にいただくから」
「はい」
「その代わり様子見にいらっしゃらなくなったでしょう?」
「えっ?」
「えって……え、いらしてるの……?」
「はい。三回くらいだったかな、来ましたよ」
「…………」
「ダ、ダメでした?」
マリーさんの眉間に皺が寄る。ダメだったらしいけど私が悪いんだろうか。
困っているとマリーさんは「サクちゃんが呼んだわけじゃないわよね」ととんでもないことを言い出した。
「呼ぶわけないです……」
「そうよね。サクちゃんはそうよね……」
「あ、し、仕事さぼったりもしてないですから!途中で『もう座っといてください』ってベッドに座っててもらったんで!」
「そこは心配してないけど、……え、座っててとか言ったの……」
「ま、ずかったですかね……?」
「……いえ、そうね、いいと思うわそれで」
何かを諦めたようにマリーさんが言った。やっぱあれか、魔王に『掃除したいんで座っててください』はダメだっただろうか。
「……内緒にした方がいいのか、リュカに報告すべきか悩むわね」
「そ、そうですね……」
リュカさんに知られたら怒られるのではなかろうかと思ったけどどうなんだろう。そもそも私悪くないんですけど。
「……とりあえず黙っておくわ」
「はい……」
私悪くないはずなんですけどとても申し訳ない気分になってしまう。サタン仕事しなさいよあの魔王は本当……。
「マリー、サク」
マリーさんとサタンの部屋に向けて歩いているとリュカさんが現れた。とても険しい顔をしているのでこれはサタンが仕事サボってるのがバレたんじゃなかろうか。
「あら、リュカ。どうかしたの?」
「昼は普通に食堂でとれ」
「何かあったの?」
「……ベリアル様がいらしている」
「ベリアル様が?」
「ああ。しかも、どこで聞いたのか、『サタン様が人間を雇った』と知っていた」
ベリアルって誰だろうか。悪魔にいたと思うけど、サタンの知り合いだろうか。一人蚊帳の外でぼんやりしていると背後に気配を感じた。廊下の真ん中で突っ立っててはまずかったか、と一歩避けようとしたら、肩を掴まれた。
「キミがサクちゃん?」
「へ?」
振り向いて見れば背の高い、男の人が立っていた。赤い髪に青いメッシュというすごく派手な髪の毛である。
派手なのは髪の毛だけじゃない。ネックレスやら指輪やらピアスやら、アクセサリーもじゃらじゃらつけているし、服も原宿とかにいそうな感じだ。そういう服もあるんだな。……ていうか誰だ。
「……っ、ベリアル様、何故こちらに……!」
リュカさんが焦ったように言った。この人が噂のベリアルか。
「サクちゃんに会いたいって言ってるのにサタンが会わせてくれないからさー、探しに来ちゃった☆」
チャラいなこの人……。チャラいっていうか、軽い。とても合わないタイプだ。
私はいわゆる陰キャなのでこういう人は苦手だ。関わらなくていいなら一生関わりたくない、と思いながら離れようとしたがベリアルの力は強い。
「人間って小さいんだねぇ。思ってたより可愛いし力も弱いしいいなぁ。欲しいなぁ。ねぇ、ウチに来ない?」
「…………」
立て続けに言われた。めっちゃ怖いこの人。人じゃないわ悪魔。どうしていいかわからず固まっているとリュカさんが「サタン様の許可も得ず、斯様な事は出来かねます」と割って入ってくれた。
「サタンがいいって言ったらいい?」
「私では判断しかねます」
「サタンどうせやだって言うじゃんリュカくんからも何か言ってよー」
「私に斯様な権限はございません」
「ハウススチュアードでしょ?使用人の雇用の権限あるはずだよ」
「この者につきましてはサタン様直々の契約となっておりますので、私がそれを覆すことは出来ません」
「えー」
淡々と返すリュカさん。怖い人だと思っていたけどそうでもないのかもしれない。てっきり邪魔だから持っていってくれとか、そういう風な事を言われそうだなんて思っていたのに。
「ベリアル。何をしているんですかこんな所で」
「あ、サタン」
低い声にそちらを見れば、大変に不機嫌そうな顔をしたサタンが立っていた。
「ねーサタンこの子ちょうだい」
「何を言っているのかわかりません」
「いーでしょ大事にするから」
「キミはどうせ途中で世話をしなくなる」
「人間でしょ?餌与えとけばいいんじゃないの?」
「そういう問題ではない。……サクから手を離しなさい」
「やだー」
「!」
ぐい、と抱き寄せられた。背中から抱き締められている格好になり、とても怖い。首に腕が回され、まるで人質にでもなったような気さえした。
「離せと言っている」
忌々しいものを見るようなサタンの目。多分、というかどう考えてもこの二人は仲が悪いな?何でこんなことになったんだ。
「あ、じゃあ一緒にお昼食べさせてよ。そしたら今日は諦めてあげる」
「…………」
ベリアルの提案にサタンの顔が更に険しくなった。嫌だろうなそりゃあ。私も嫌だ。何とか断ってくださいサタン様!
「……サクは、仕事があります」
「客分の相手するのもメイドの仕事だろう?」
「……サクは入って日が浅い。何か粗相をするかもしれません」
「いいって僕そんなの気にする性質じゃないから」
何を言っても聞かない。そういうタイプだ。サタンは深い溜息を一つ吐くと、「私も同席することが条件です」と言った。嘘でしょ待って。
「しょうがないなー。いいよ」
いいんかい、と言いそうになって堪えた。どうなるんですかこの状況……!!




