草島1
「……草ですね」
私は足元に視線を落としながら、そうつぶやきました。
前後、左右、上はなくて下、そのどこに視線を投げ掛けても、そこには翡翠色の大海原が広がっていました。
そう、何を隠そう……いや、隠す程のものではありませんが。
たった今、この私が二の脚を置かせて頂いているこの地こそ、かの有名な「草島」なのです。
え?
そんな名前の島なんぞ聞いたことがないですって?
そうですか、でしたらそれはあなたの知識不足。
はたまた、この島の観光大使の怠慢故の、島外へのアピール不足が招いてしまったものに違いありません。
決して、この私の趣味が「マイナーな島巡り」であることが原因ではないはずです。
……おっと、つい口がスキーをしてしまい、自分でマイナーと言ってしまいましたね。
これはとんだ失態です。
どうやら墓穴を掘ってしまったようです。
なんともまあ、お恥ずかしい。
穴があったら入りたい。
あ、そうだ。
先程掘った墓穴に入るとしましょう。
……ってそれでは私の一生が開幕もそこそこに終わってしまいます。
よっこらせ。
はい、墓穴から再びこの世に舞い戻って来ました。
さながら、今の私はゾンビと言ったところでしょうか。
両腕を前に出して、前屈みで歩くとしましょう。
……と、思いましたがやっばりよしましょう。
この姿勢、結構疲れるので。
どうやら、ゾンビの皆様はかなり体に負担をかける姿勢で歩行しているようですね。
ほとほと頭が下がります。
ご苦労様です。
さて、ゾンビへのねぎらいの言葉もそこそに、この原っぱ……否、翡翠色の大海原を歩き始めようではありませんか。
ん?
今、原っぱと言いかけなかったか、ですって?
はて、何をおっしゃているのか分かりかねますね。
空耳の一種では?
詩人である私がそんな稚拙な言葉を表現に用いるはずがありません。
……嘘です。
言いました、確実に原っぱと。
どうやら私の口はスキーがお好きなご様子。
季節外れのレジャーに心が踊り狂っているようですね。
ステイステイ。
急いてはことを仕損じる。
ゆるりと行きましょう、ゆるりと。
……それでは。
「歩行……開始!」
掛け声と共に私は右足を一歩前に出しました。
するとなんと!
……靴ひもが切れました。
何というタイミングの悪さでしょう。
これは出鼻をくじかれましたね。
……私、くじかれるほど鼻出てませんが。
と、とにかく縁起が悪い。
金の切れ目、否、ひもの切れ目が縁の切れ目。
この靴とはここでたもとを別れましょう。
……と、思いましたが、裸足で歩くわけにもいきません。
私は靴ひもを結び直すと、原っぱ……翡翠色の大海原を歩き始めました。