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九 幼馴染があの美少女だと気づかれてしまったので僕は、



 肩と肩とがぎりぎり接触しない程度の距離感で、僕と朽織先輩は学校から最寄り駅までの、それほど遠くない道のりを歩き出した。

 さすが浮くほどの美人さんということで、盗み見るような視線をわりと高頻度でちらちらと感じた。

 まずは朽織先輩に対して、うっわすごい綺麗な人いる、みたいな驚愕と憧憬の混ざった視線が送られ、次に僕に対して、え、なんか、存在感薄い人隣りにいる、つり合ってなくない?、みたいな困惑と疑念の含まれた視線が送られてきた。

 こんな風に日常的に視線を浴びる生活は、それなりにストレスを感じるような気がしなくもない。

 目立つ人はそれによって受けられる恩恵ももちろんあるけれど、目立つ人には目立つ人なりの苦労もあるみたいだ。


「葉月くんは、元々わたしのこと知ってたりしてたのかしら? ほら、じぶんで言うのもなんだけれど、わたし、高校じゃちょっと有名人だから」


「そうですね。一応名前は聞いたことありました。こうやってきちんとお顔を拝見するのは初めてでしたけど」


「そう。それで、どう?」


「え? その、どう、とは?」


「感想はないの? 噂の朽織世利と実際にこうやってお喋りした感想は」


「あー、そうですね……」


 隣りを歩く朽織先輩と僕にはほとんど背の高さに違いはない。

 若干の上目遣いで、西洋画のモデルみたいに整った容姿を僕の方に覗き込ませてくる先輩と、同じ傘の下ということもあって今にも互いの鼻先がくっついてしまいそうな距離感になる。

 悪戯気な蒼い目を真っ直ぐと見つめ返しながら、僕は感想文を頭の中でしたためる。


「……思ったより、背、高いなって思います」


「……は?」


「え? ほら、僕とあんまり変わらないじゃないですか。女の人にしては、大きいですよね。もしかして、なんかスポーツやられてるんですか?」


「は?」


「え、え、え? いや、ほら、バスケとかバレーボールとかやってる人って、身長高いイメージがあるから……」


「いやいや、そうじゃなくて、そんなこと? 正気?」


 正気とはこれいったい。

 本気で訝しんでいるらしく、朽織先輩は首を傾げている。

 僕のこの感想の、何がそこまで問題だったのだろう。

 わりとありがちというか、結構妥当なものだったと思うんだけれど。

 それともあれだろうか。

 女性に対して、身長とはいっても、身体的特徴について言及するのは、少しばかり配慮の足りないものだったかもしれない。


「……わたし、スポーツはやってないわ。演劇部よ。そんなことも知らないの?」


「えぇ……そりゃ、初めましてですし、知ってる方がおかしいというか、変じゃないですか?」


「まあ、いいわ。それで他には? 他に感想はないの?」


「他ですか? うーん、そうですね。あ、目が蒼いですよね。ハーフですか?」


「は?」


「え?」


「……祖父がアイルランド人よ。それも知らなかったの?」


「……なんか、すいません」


 こいつまじか、みたいな顔をして朽織先輩は特徴的な碧眼を細めている。

 これまた何か僕はおかしなことを知らず知らずのうちに言ってしまったらしい。

 僕と朽織先輩は初めましてのはずなのに、どうして僕が先輩の所属部活や血筋を知っていることが当たり前なのだろう。


「その目を見る限り、本当に知らないのね……初めてよ。わたしのことをこんなに知らない、同じ高校の男子に会うのは」


 しかしこれまでの不審そうな表情は一転、今度は好奇心に満ち溢れたきらきらとした瞳を朽織先輩は僕に向けてくる。

 まだ会って数分なので、こんな印象を抱くのは失礼かもしれないけど、なんだか変わった人だ。


「君は、白鳥さんの幼馴染なのよね?」


「へっ!? な、なにがですかっ!?」


 突然の不意打ち。

 あまりに唐突な口撃に、僕はいとも簡単に感情の体勢を崩す。

 どうして朽織先輩からさゆりの名前が出てくるんだ。

 しかも、幼馴染という関係性がバレてるじゃないか。


「え? だから白鳥さんよ。白鳥さゆりさん。幼馴染なんでしょう?」


「ま、まままままま、まさか、何かの勘違いじゃないですか!? 僕とさゆ――じゃなくて、白鳥さんは、一度も喋ったこともありませんよ」


「昨日、二人一緒に仲良く試験に遅刻してきてたじゃない。わたし、朝の校門を見るのが趣味なの」


「どんな趣味ですかそれは厄介ですね」


「それに今、普通に下の名前で呼ぼうとしたでしょ」


「なっ!? そ、それは」


「ふーん? わたしに話しかけられても、まるで動揺しなかった君は、白鳥さんの話になるとそんな風になるのね。へえ。燃えるじゃない」


 何が燃えるのかはさっぱりわからないけれど、これはまずいことになった。

 なぜかはわからないけれど、朽織先輩は確信をもって僕とさゆりが幼馴染であることを知っているらしい。

 いったいどこからこの情報が漏れたのだろう。

 さゆりは僕と幼馴染であることを、積極的に言うわけはないだろうし、そもそも朽織先輩との接点もないはず。

 わけがわからないぞ。

 どうなっているのか謎だけど、ピンチということだけは理解できる。


「あの、朽織先輩」


「なにかしら?」


「僕と白鳥さんが、その、幼馴染だってことは、内緒というか、あんまり他人に言わないでくれませんか?」


「うん? どうして? あんな可愛らしい子と幼馴染なんて、隠すことじゃないでしょう?」


「たしかにさゆりは可愛いですが、そこをなんとか、お願いします」


「可愛いのは認めるんだ。なんか、妬けちゃう」


「いやなんで先輩が妬くんですか」


「わたしと白鳥さん、どっちが可愛い?」


「さゆりです」


「即答ね。しかも、さっきからもう普通に下の名前で呼んでるし。冗談じゃなくて、本当に妬けちゃうかも」


 朽織先輩の瞳に宿った蒼の好奇心は、ますます光を強める。

 もはや僕とさゆりの関係性を先輩の前で誤魔化すことはできなそうだ。

 ならば、誠意を込めて情報拡散を防ぐよう努めることしか、僕にはできない。

 実際、朽織先輩だって、僕のような影の薄い平民とつるんでいれば、奇妙な噂が立つ可能性だってある。

 たださゆりとは違って、はっきり言ってしまえば無関係な他人なので、今のところ僕は気にしてないだけなのだ。


「まあ、いいわ。事情はわからないけれど、とにかく白鳥さんと幼馴染だってことを、葉月くんは隠したいのね」


「はい。お願いします」


「じゃあ、デートしましょう」


「……え?」


「今週末の日曜、お昼の一時。待ち合わせ場所は駅の西口ね。もちろん断らないわよね?」


「あ、いや、すいません、ちょっと言っている意味が」


「あー……あと、この傘、借りていいかしら? もう駅についたし、いいわよね?」


「え? いや、いいわけないですけど」


「わたし、忘れ物をしたみたいだから、ここでおいとまさせてもらうわね。それじゃあ、ありがたくお借りするわ」


「ちょっと朽織先輩――」


「それじゃあ、日曜に。またね」


 一度背後の方を数秒間見つめると、朽織先輩は僕の折り畳み傘をひったくると、そのまま人混みの中に消えていった。

 

 まるで狐に化かされたような、置いてけぼり感。


 なんだか最後の方、畳みかけるように意味のわからないことを沢山言われた気がするけれど、説明を求める相手はもうここにはいない。



「……僕、電車降りた後も、傘使うんだけどな」



 なんだかまるで、特急列車か、新幹線みたいな人だったな。

 駅の改札前で一人取り残された僕は、住み慣れた街へ向かう電車を降りる頃に、このにわか雨が止むことを必死で祈ることしかできなかった。




――――――




 なんか、あの二人、距離近くない!?

 

 もう少し離れた方がいいんじゃない!? 


 ほら! あぶない! いま、顔と顔、ほとんどぶつかりかけてた!


 完全に幼馴染のストーカーと化した私は、気づかれないように尾行を続けていた。

 ぱっと見た葉月の表情とかを見た感じでは、付き合ってるとかそういう風ではなさそう。

 それだけが救いだけど、気になることは多々ある。


 まず、どうして、朽織先輩と葉月が一緒に相合傘をするようなことになったのか。


 それに、距離が少しあるので、会話の内容などが一切聞こえない。


 うぅ、気になる。葉月、朽織先輩となに喋ってるんだろ。


 二人が歩いている道から察するに、最寄り駅に向かう途中みたいだ。

 どこかに寄り道をしたりする様子も今のところないので、ちょっとだけ胸を安心に撫で下ろす。


 やがて目的地の改札につくと、ふいに朽織先輩がこっちの方を振り向く。


 まずい!


 私は慌てて物陰に隠れる。

 どうかな。

 たぶん、バレてないと思うけど。


 私はやや時間を空けてから、再び改札の方へ顔を向ける。

 見えたのは一人で改札の中へ、とぼとぼと入っていく葉月の姿だけ。

 朽織先輩とは、知らない間にお別れをしたみたいだ。

 先輩は駅まできて、どこに行ったんだろう。



「こんにちは、白鳥さん。どうも、いいご趣味をしてるみたいね」


「ひゃあっ!?」


 と、思ったら急に、耳元で囁くような声がする。

 驚きに飛び上がる私が隣りを見ると、そこにはいやらしいニヤニヤを浮かべた朽織先輩が、なぜか葉月の折り畳み傘を手に持って立っていた。


「朽織先輩!? どうしてここに?」


「それはこっちの台詞よ、白鳥さん。いつから尾けてたの?」


「あ、あの、それは」


「ストーカーなんて、あんまり褒められたものじゃないわね。わたしにだってプライベートはあるんだから」


「……すいませんでした」


「うふふっ、ごめんなさい。ちょっと意地悪しすぎね。わたし、自分で思ったより、拗ねてるみたい」


 私をからかって笑う朽織先輩の真意は読めない。

 なんで葉月と一緒にいたのかとか、どんな内容のことを話していたのかとか、訊きたいことは山ほどあったけれど、勝手に尾行していたことの負い目もあって、口が重い。


「でも、今回は見逃してあげる。いいこともあったから」


「いいこと、ですか?」


「そう。わたし、今週末、男の子とデートするの」


「デート? あ、あの、まさかそれって……」


「ふふふっ、葉月くんと、デートの約束したわ」


 私は絶句する。

 今、朽織先輩は、なんて言った?



「それじゃあ、またね、白鳥さん? うふふっ、久し振りに燃えてきたわ」



 そして私の返事も待たずに、そのまま現れた時と同じ様に、朽織先輩は唐突に姿をくらます。


 葉月と、朽織先輩が、デート。


 私の脳内に、壊れたラジオみたいに、葉月、朽織先輩、デートのフレーズがループする。


 うそ。これは夢?


 降り止まない雨が傘を揺らす振動が、私が夢を見ていないことを教えてくれていて、それが今はとても大きなお世話に感じた。


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[良い点] ここで幼馴染み力を見せないと先輩に落とされるぞ! 幼馴染み力ってなんぞや(☝︎ ՞ਊ ՞)☝︎
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