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六 幼馴染が快挙達成したので僕は、



 ちゅるちゅると、ぬるいメロンソーダを啜りながら、僕は火山岩と深成岩の違いについて思いを馳せていた。


「ででん! ではここで問題です! 流紋岩は、火山岩である。マルかバツか」


「ピンポン!」


「はい! 佐藤くん! 回答をどうぞ!」


「マル!」


「正解! 百イウラポイントをゲットです!」


「よっしゃ! これでゴールデンハヅキ人形は僕のものだ」


「いやいや、なんでイウラポイントを集めるとゴールデンハヅキ人形になるんだよ。そこはイウラ王の称号ゲットとか、そんな感じだろ」


「えー、でも僕、イウラ王の称号とか要らないし」


「おいおい、調子のいいことはイウラ王の称号を手に入れてからいってくれ。そういうのは取らぬ讃岐さぬきの皮算用っていうんだぞ」


「それを言うなら取らぬたぬきの皮算用ね。うどんで皮算用してもしょうがないでしょ」


 午後五時半過ぎという微妙な時間帯にも関わらず、ぽつぽつそれなりに人気のあるファミレスの角で、僕は数少ない友人の井浦とテーブルに理科分野の教科書を広げていた。

 いよいよ明後日にはもう、高校に入ってから初めての定期考査だ。

 なんだかんだで最近は毎日のように、幼馴染のさゆりからちゃんと試験勉強しているのかのチェックの意味を込めた連絡がスマホに来るので、わりと勉強はしていた。


「があー、でも、ほんとこんな石っころの成分の違いを覚えてなんになんだよなあ。安山岩だとか花こう岩だとかどうでもいいっつうの。石は石。以上!」


「理科とかまだましでしょ。面白いじゃん。地球の成り立ちみたいなの、結構僕は興味あるな。英語のSVCだのSVOだのCO2だの、面白くともなんともない文法を覚えるよりよっぽど楽しいよ」


「おい、今、なんか二酸化炭素混じってたぞ」


「あ、ほんと? まあ、最近は地球温暖化が騒がれてるからね」


 もう一時間以上ドリンクバーで粘りながら試験勉強を続けてきたため、互いに飽きてきたのか僕と井浦の会話もなんだか散発的になり始めてきた。

 案の定井浦はクルトガを手放し、ペプシを飲みながらスマホを弄り出した。

 つられるように僕もなんとなく集中が途切れたので、欠伸を噛み殺しながら、無意味にお手拭きで指と指の間を拭く作業をしだす。


「おい、佐藤。ちょっとこれ見てみろよ。中間考査よりよっぽど面白いイベントが開かれてるみたいだぜ」


「うん? なに? 中間考査よりつまらないイベントなんて、よっぽど存在しないと思うけど」


「うるせぇ。とにかく見ろって」


 うるさいと一蹴された僕は、素直に口を噤んで井浦が差しだすスマホの画面を覗き込む。

 そこには僕はやっていないけど、なんとなく見覚えのある青い鳥がぴよぴよと飛ぶSNSアプリが表示されていた。


「ほら、今年度の第一回トウコウ選抜総選挙の中間発表だってさ。我らの学年が誇るスーパールーキーが快挙達成だ」


「トウコウ選抜総選挙? なにそれ」


「お前知らないのか? 本当にトウコウ生かよ」


 井浦は可哀想な生き物を見る視線を僕に送る。

 ちなみにトウコウというのは、僕たちが通う高校によく使われる略称のことだ。

 

「トウコウ一の美少女を決める総選挙が、毎回定期考査のタイミングで行われるらしいぜ。入学したばっかだからよくわかってなかったけど、実際見て見るとなんか興奮するな。俺はあんまりアイドルとか興味なかったけど、入れ込む人の気持ちがわかるぜ。自分が投票した子が結果を出すと、めちゃくちゃいい気分になるな」


「トウコウ一の美少女を決める総選挙か。へー、そんなのがあったんだ。僕、投票した覚えないんだけど」


「だってお前、SNSやってないだろ。だからだよ」


「なるほど。ちなみに井浦は誰に投票したの?」


「決まってんだろ、白鳥さんだよ」


「なるほど。愚問だったね」


「愚問すぎるぜ。さっきの百イウラポイントは没シュートだ」


「そんな! 僕のノーマルハヅキくん人形が!」


 どうやら僕の高校の女子生徒を対象にした、美少女コンテストみたいなものがネットの世界で開催されていたらしい。

 そのトウコウ選抜総選挙とやらで、僕の幼馴染のファンである井浦はさゆりに投票したようだ。

 もちろん、僕にも方法があれば迷わずさゆりに重課金していただろう。


「でもさ、こういうのって、本人の許可取ってるの?」


「一応、自薦か他薦で、本人の許可はとってるって運営は言ってるぞ」


「そうなんだ。意外にそういうところちゃんとしてるんだね」


「ああ、トウコウの選抜総選挙への愛はガチってことさ」


 さゆりの性格的に、おそらく仲の良い友人に推薦されてエントリーしたのだと、僕は予想する。

 だけど、いざここまで言われると、僕はさゆりがどれくらいの順位にいるのか気になってしまう。

 たしかにさゆりは高校に入ってから、知る人ぞ知る隠れ美少女から、誰もが知る美少女アイドルにクラスチェンジをしてしまったけど、まだ入学してか二ヵ月くらいしか経っていない新顔ニューフェイスだ。

 この選抜総選挙は僕たち一年生だけではなくて、二年生や三年生も対象に含まれているらしいので、さすがにその上級生の壁を破るのは難しいはず。


「それで? さゆ――じゃなくて白鳥さんは何位だったの?」


「言ったろ。快挙達成だって。ほら、ここをよく見ろ」


 自分が何をしたわけでもないのになぜか渾身のドヤ顔をする井浦が、指で画面をスクロールすると僕の目に何人かの女子生徒の名前が映る。


“第17回トウコウ選抜総選挙 中間発表


 第5位 鯨川咲葉くじらかわさくは 二学年


 第4位 雪篠塚琴音ゆきしのづかことね 三学年


 第3位 蕪木優かぶらぎゆう 一学年


 第2位 朽織世利くちおりせり 三学年


 第1位 白鳥さゆり 一学年”


 僕は一旦目をごしごしと擦ってから、メロンソーダをズズっと勢いよく飲む。


“第1位 白鳥さゆり 一学年”


 もう一度、瞼が火を噴きそうなほど強く目を擦ってみる。

 だが、僕の目に映っている情報はどうしても変わる様子はなかった。


「……うそ。一位? いくらなんでも、凄すぎない?」


「コメントとかリプを見る感じだと、年度一発目の選抜総選挙で一年生ながらに暫定でも一位を取ったのは、白鳥さんが初めてっぽいぞ。まじ白鳥さん美少女すぎ。同じ学年に生まれてよかった。両親に感謝だ……」


 僕の幼馴染は想像以上に、周囲の人間から評価されているみたいだ。

 これまでずっと一緒に過ごしてきて、その可憐さにある意味慣れてしまっていたせいで、僕はさゆりのことをまだまだ過小評価していたのかもしれない。

 同学年の喋ったこともない男子に、両親への感謝の気持ちを芽生えさせる女子高生なんて、世界広しといえどさゆりくらいだろう。


「うわあ。なんか、遠くに行っちゃったって、感じだな」


「遠くも何も、佐藤は最初から白鳥さんの近くにいないだろ」


「ま、まあ、そうなんだけどさ……」


 自慢の幼馴染が、学校一の美少女としてもてはやされるのは、そんなに悪い気分じゃない。

 むしろ誇らしいくらいだ。

 

 でも、どうしてだろう。


 嬉しいことなはずなのに、どうしてか素直に喜べない僕がいる。



「中間発表だからまだ確定じゃないけど、一位とって欲しいよな、白鳥さんに」


「……うん。そうだね。一位、取れるといいね」



 僕は井浦に、小さな嘘をつく。

 本当は、一位なんて、とって欲しくない。

 素直な僕のこの気持ちを口にしたら、さゆりはなんて言うだろう。


 器の小さな幼馴染だと、軽蔑するだろうか。


 もはや地球の成り立ちも英文法もどっちもどうでもよくなった僕は、自分のことを美少女だと気づかざるを得なかった幼馴染との距離を、いまだに測りかねていた。




――――――




「うっわ! さゆぴー! やばいよ! トウコウ選抜総選挙、さゆぴー一位だよ!?」


「え? ほんと?」


 駅の近くのコーヒーショップで、キャラメルモカを飲みながら友達の榎本綾えのもとあやと試験勉強をしていた私は、いきなり肩をとんとんと叩かれる。

 私の肩を叩いてきた綾は、興奮した面持ちで私にゴテゴテとしたカバーのされたスマホの画面を見せてくる。


「ほら! さゆぴー中間一位! 去年グラスラした朽織先輩を抑えて一位! さゆぴーマジえぐいって! 美少女界のジョブズ的な!?」


「ふふっ。なにそれ。べつに私はてのひらサイズの革命してないよ」


 たしかに綾が見せてくれるトウコウ選抜総選挙の順位表では、私が一位のところにいる。

 元々は綾に推薦されて、ちょっとでも葉月へのアピールになればいいなと思って、軽く参加したこのコンテストだけど、案外私は奮闘しているみたいだ。


 やはり、恋する乙女は強いということなのかな。


 葉月への想いの強さ選抜総選挙だったら、そんじょそこらの新顔ニューフェイスとは重ねてきた歴史が違う。

 もしそうだったら、私がダントツ首位なのは当然だもんね。


「でもでもグラスラの朽織先輩とはけっこう投票数僅差だねぇ。さゆぴー油断大敵だよ。ラストスパート、がんばろ!」


「ラストスパートかけるべきなのは、どっちかっていうと中間考査の方じゃない? というかさっきから言ってる、そのグラスラってなに?」


「うんとね、たしかグランドスラム? って感じのやつの略だったはずー。なんか年に四回ある選抜総選挙で全部一位を取ると、グラスラになるっぽいよ」


「へー、そんな言葉があるんだね」


 ゆるふわパーマで毛先を可愛らしく遊ばせた綾は、リスみたいな顔を考え込むようにさせると、私にそう教えてくれた。


 正直、あまりこの選抜総選挙とかいうものには、関心がそこまであるわけじゃなかった。

 私はたしかに、可愛くなるために努力をしたけれど、それは不特定多数の人に褒められたいからじゃない。


 私は、ただ、葉月の近くにいたかっただけ。


 大好きな幼馴染のすぐ傍に、これから先もずっといられるようにしたかっただけなのだ。

 

 だけどもし、私が一位を本当に取ったら、葉月はなんて言うかな。


 自慢の幼馴染だって、褒めてくれるかな。


 私は、葉月にとっての一番になるためだったら、ラストスパートでもグランドスラムでも、いくらでもやるのに。

 

 




知らない間にブックマーク&評価ポイントがどっちも1000を大幅に超えてました!

めったに超えないので嬉しい!やったー!

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