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三十六 友人が二度と幼馴染の夢が見れなくなってしまうというので僕は、



 雨上がりの日の、干からびたミミズのように僕は机の上に突っ伏している。

 なんとか無事学校に辿り着いた。

 たったそれだけで、誰かに讃えて欲しい気持ちになってしまう。

 

「なんだ佐藤? 朝からやけに疲れてんな? もしかして、徹夜で生意気幼馴染エンジェルの深夜生再放送でも見てたのか?」


「……おはよう、井浦。ごめん、今の僕に突っ込む元気はないんだ」


「なんだよ本当に元気ないな。まあべつにボケてないけど」


 すると普段と変わらぬ様子の井浦が、呑気な声をかけてくる。

 スルーしてしまったけど、生意気幼馴染エンジェルってなんだろう。

 深く聞く体力が今はないけど、ちょっと気になる。

 僕の性癖に若干刺さってるかもしれない。


「僕、今、わりと追い込まれてるんだよ」


「試しに話してみろよ。嫉妬してやるから」


「さすがの井浦でも嫉妬とかできないかもしれないよ」


「本当か? 怪しいな。佐藤が困ってる時って、だいたい俺にとってご褒美だからな」


 深刻な声で相談しようとする僕に対して、井浦は胡散臭そうな視線でジトっと俺を見つめていた。

 なんて友達がいのないやつなんだ。


「実はさ、今日の朝、さゆりと雪篠塚先輩が僕の家に来たんだよ」


「はい。ほらね。頼むから、朝から俺を嫉妬で殺そうとするのはやめてくれ。その術は俺に効く」


「待てよ井浦、まだ途中なんだ」


「やめてくれ」


 僕の顔の前に手を思いっきりくっつけて、強制的に話を遮ろうとしてくる。

 井浦はわかってないんだ。

 この話が本当に自慢でもなんでもないということを。


「だから朝さ、さゆりと雪篠塚先輩と三人で学校まで来たんだけど」


「なん、だと……? この状況でまだ、その話続けるのか?」


「なんでかわからないけど、二人がすごい険悪で、どっちかっていうとあれ、僕の修行だったよ」


「そりゃ険悪になるだろ。もしかして、佐藤って意外にお馬鹿さん? 俺でもわかるぞ」


「え? なんで? だって、さゆりと雪篠塚先輩の間で仲悪くなる理由ってあんまりなくない?」


「お前、自分の恋人がめっちゃイケメンとイチャイチャしてたら嫌じゃないのか?」


「そりゃ嫌だけど、僕べつに雪篠塚先輩とイチャイチャとかしてないよ?」


「雪篠塚先輩が後輩と喋ってるとこ、佐藤以外に見た事ないしな。あれでも十分、特別扱いだよ」


「特別の基準が低すぎるな」


「お前は自分のやってることのヤバさがわかってないんだ。わかったら、もう、やめてくれ。これ以上は、俺の身体がもたない」


 なぜか自分の心臓のあたりを手で押さえながら、井浦はゴホゴホッと咳き込んでよくわからない小芝居をする。

 というか、雪篠塚先輩って友達いないのかな。

 結構尖った性格だし、さゆりとですらあんな感じだもんね。


「……はっ! まさか! そういうことなのか!」


「うわっ! なんだよ佐藤。急に元気になるなよ」


 しかしここで僕は気づく。

 そうか。そういうことだったのか。

 全ての点と点がつながった気がした。

 ずっとわからなかった。

 どうして急に雪篠塚先輩が僕という小物に絡んできたのか。


「気づいてみると、雪篠塚先輩も可愛く思えてくるなぁ」


「ついに幸せすぎて狂ったか? 元々めちゃくちゃ可愛いだろ」


 おかしいと思ってたんだ。

 元々は世利さんと僕に交流があったという情報を持っていただけの雪篠塚先輩が、わざわざ弟子入りとか訳のわからない理由で僕に話しかけてくるなんて。

 そしてあの、仏のさゆりとすら険悪になってしまう、あのある種のコミュケーション能力の欠如。

 わかったぞ。

 雪篠塚先輩の目的が。


「あの人、ただ、友達が欲しかっただけなのか!」


「……なんか佐藤、斜め上の方向に勘違いしてそうな気配がするな」


 そうとしか考えられない。

 今思い返せば、あの人、自分で言っていたじゃないか。

 この高校で唯一の理解者であり、友人で、ライバルだったのが世利さんだと。


 そして、その世利さんは、もういない。


 だから、きっと雪篠塚先輩は、寂しくなってしまったのだ。

 たった一人の友人を失った彼女は、縋る思いで世利さんが話題に出していたであろう、変わり者の後輩くんに話しかけた。

 しかし、プライドの高い雪篠塚先輩のことだ。

 素直に友達になってください、という一言が言えずに、弟子入りとかいう訳のわからない言い訳をしたということだ。


「となると、僕にできることは、ただ一つだね」


「おいおい、なんか嫌な予感がするぞ……」


 第して、雪篠塚琴音、ウキウキハッピー友達作り大作戦だ。

 とにかく僕にできることは、雪篠塚先輩が新しく友達を増やせるようにお手伝いすることだ。

 これがきっと、あの人の求める修行なのだろう。


「やっぱりまずは僕の親友を紹介するべきだろ」


「待て待て、早まるな、佐藤。それは、絶対におかしい。間違ってるって」


 僕は期待を込めて、井浦を見つめる。

 彼はちょっとお調子者なところがあるけれど、根はいいやつだし、シンプルに面白い。

 そして何より、めちゃくちゃ女子に弱いので、雪篠塚先輩にはわりと相性がいいんじゃないかな。


「井浦、雪篠塚先輩の友達になってくれない?」


「ぐぇー! お前、直接俺とお前の差を見せつけるつもりか!? 人の心を失ったのかよ佐藤! 見損なったぞ!」


「えー? なに言ってるの、井浦。わけわかんないこと言ってないで、友達になろうよ。僕も手伝うからさ。可愛い女子と仲良くなりたいって井浦いつも言ってるじゃん」


「いやいや、俺には荷が重すぎるだろ。トラウマになっちゃうよ。もう俺、二度と幼馴染の夢が見れなくなってしまう」


 だが、想像とが異なり、井浦はなぜかあまり乗り気じゃないらしい。

 彼も彼で、わりと変わり者なので、その思考回路はいまだによくわからない。


「そういうのなら、俺より適任がいるだろ?」


「適任? 自慢じゃないけど、僕、頼めるような友達、井浦以外にあんまり思いつかないんだけど」


「目には目を、歯には歯を。秀才美少女には、有能イケメンを。俺らの頼れるキングオブ陽キャ。あいつの出番だ」


「……はっ! その手があったか!」


 そうだ。

 僕らには、この夏、強力な味方ができたんだった。

 よく考えてみれば、僕も井浦もどっちかというコミュ障より。

 頼るべきは、コミュ強だ。


 雪篠塚琴音は僕一人の手にあまる。



 彼を、呼ぶしかない。

 



 


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