三十二 幼馴染が今日の夜はまじ説教だからというので僕は、
『葉月には、自覚が足りないです。今日の夜はまじ説教だからね』
一難去ってまた一難。
じゅうじゅうと美味しそうに焼かれるお好み焼きを眺めながら、僕は本来は楽しみでしかなかった夜の予定が、憂鬱なものに変化してしまったことに溜め息を吐いていた。
数分間一方的にばかとかまぬけとかへんたいとか、さゆりにしては珍しい罵詈雑言を受けたあと、彼女は打ち上げの時間が迫っているということで一旦解散ということになった。
しかし、今回ばかりはあまり納得がいっていない。
だってこれ、僕なんか悪いことしたかな。
「いやあ、佐藤くん。これまた大変なことになったねぇ」
「こら井浦。そのニヤケ面やめろ。親友がこんなに苦しんでるのに。いい性格してるな」
「ふっふっふ。モテない男の恨み嫉みを思い知るがいい。俺に幼馴染をわけないからこうなるんだ」
「幼馴染をわけるってなんだよ。そんなお土産じゃないんだから」
友人の井浦と隣駅のお好み焼きに来たはいいが、あまり食欲がわかない。
どう考えても厄介な事態に陥っている。
なぜだかわからないが、全く面識のない女の先輩を僕は弟子にとってしまった。
自分でも何を言っているのかよくわからないが、とにかくそういうことになっている。
「つかでも、本当に葉月って普段女子とほぼ喋ってないのに、数少ない絡みある女子が有名どころかつ超美人だよな。面食い過ぎじゃね? もげた方がよくね?」
「友人のを気安くもぐな。べつに面食いってわけじゃないよ。たしかにさゆりは宇宙一可愛いけど、顔以外も可愛いし」
「はぁ。こんなベタ惚れです、みたいなこといつも言ってるけど、実際は裏で弟子とかとっちゃってるんだもんなぁ」
「待て待て。そんな弟子を愛人みたいな言い回しで使うな」
「愛妻家ほどよく浮気するっていうしな」
「だから浮気とかしてないから!」
いつも以上に調子の良い井浦は、ニタニタと腹の立つ表情でコーラをストローで啜っている。
僕はいつだってさゆり一筋だ。
正直あの雪篠塚とかいう人ともまるで絡む気はない。
「でも弟子だろ? そりゃもう、ほぼ浮気になっちゃうだろ」
「どんなそりゃもうだよ。弟子にどんなイメージを持ってるんだ」
「逆に弟子入りって、なにすんの?」
「それは……知らないけど」
「ほらー、絶対エロいすることだろ。美少女弟子とか他に教えることないよ」
「世の師弟全員に謝った方がいいよ井浦は。偏見がすごい」
バカなことを言っている井浦は置いておいて、実際あの人は僕に何を求めているのだろう。
弟子入りするとかわけのわからないことを言っていたけれど、僕があの人に教えることは何一つないように思える。
「そもそも、あの雪篠塚って人なにで有名なの? なんか世利さんと知り合いみたいな感じだったけど」
「うーん、そうだなぁ。一番有名なポイントでいうと、やっぱり成績だろうな」
「成績?」
「雪篠塚先輩は超秀才。めっちゃ頭がいいらしい。基本的にはいつも学年一位を守り続けてたみたいだぞ」
「そうなんだ。やっぱり天才とあれは紙一重っていうもんね。勉強しすぎて、疲れて僕に弟子入りするなんて奇行に走ったってわけか」
「あとはあの見た目だな。絵に書いたようなロリ巨乳。性格が結構きついらしいが、それがまたいいっていうファンがつくほどの人気者だよ」
「たしかに結構強気な感じだったね」
「幼馴染といえばタメだと思っていたが、今思えば、年上強気幼馴染もアリ、だな……じゅるりぃっ! 涎が出てきたぜぇ」
「その涎って、お好み焼きに、だよね? 怖いからそういうことにしておくね?」
目を爛々と輝かし始めてきた井浦から、危険な香りがしたので、焼き上がったお好み焼きを皿によそうことで深入りを避けておく。
とにかく今、考えるべきは、さゆりに僕の無実を証明することと、おそらくこれから先絡んでくるであろう雪篠塚さん対策だ。
「まずはさゆりの機嫌を直さないとだよな。どうしよ」
「そりゃ決まってる。女の子の機嫌を直すにはプリンを買うんだよ。そんなことも知らんのか?」
「なんでプリン?」
「プリンって甘いだろ?」
「そりゃたいてい甘いけど」
「女の不機嫌は甘いもので誤魔化せと、リンカーンは言った」
「絶対言ってない」
リンカーンは絶対そんな安っぽいこと言わないが、井浦の案は取り入れられるところもあるように思えた。
お土産か。
たしかにありだな。
さゆりは普通の女子らしく、甘いものが好きなので、それをとりあえず買っておくのは手かもしれない。
この前、クレープの新作が出てた気がするな。
とりあえずはそれを買って、ご機嫌取りを軽くしておこうか。