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三十 先輩が心残りがあるというので僕は、



 なにがどうなって、こんな事態になったのか。

 気づけば僕は、まったくもって初対面の女子生徒に体育館裏に強制連行されていた。

 ローファーから履き替える前に、上履きの色で確認したところ、どうやらこの人は三年生らしい。

 小柄な身長のわりに、メリハリのついた体型でスタイルがよく、地毛なのか薄めの金髪は綺麗で、顔も童顔気味で人気のありそうな雰囲気だ。

 なんてふうにこの三年生の女子生徒を形容すると、そんな美少女に体育館裏に呼び出されたとなれば、普通は幸せな妄想をしてしまうところだが、残念ながらそんな気分にはまったくならなかった。

 なぜなら、なにをどう好意的に解釈しても、目の前に立つ女子生徒が不機嫌にしか見えない表情をしていたからだ。


「……一応確認しておくけど、あんたが本当に佐藤葉月? 騙ってないわよね?」


「え。あ、そうですね、どの佐藤葉月を探しているのかわかりませんが、一応僕の名前も佐藤葉月です」


「……へぇ。なるほど。あんたが例の佐藤葉月で確かみたいね」


 片眉をみょっと上げると、どこで確信を覚えたのか僕のことを佐藤葉月だと認めたらしい。

 というか例の佐藤葉月ってなんだろう。

 よくわからないけど不安がすごい。


「ちなみに私のこと、あんた知ってんの?」


「いや、知らないですけど、初対面ですよね?」


「そうよ。初対面じゃなかったら、あんたが佐藤葉月かどうか確認なんてしないでしょ。少しは考えてから喋って」


「……はい。ごめんなさい」


 なぜか、怒られた。

 今の、僕が悪かったかな。

 さゆり以外の女子と喋るのが苦手すぎて、相手が何を考えているのかまったくわからない。


「私の名前は雪篠塚琴音ゆきしのづかことね。三学年。二度は言わないわ。覚えて」


「あ、はい。わかりました」


 この小柄なわりに高圧的なこの人は雪篠塚という名前らしい。

 なんだろう。

 これまたどこかで聞き覚え、というか見覚えのある名前だ。


「それで、佐藤葉月。あんたがどうして私に呼ばれたかは、わかるわよね?」


「いや、まったくわからないです」


「鈍いわね。もっと頭を回転させて。三学年。それにさっきあえて、セリーの心残りくん、と言った。ヒントは示した。繋げて」


 雪篠塚先輩は、理知的な瞳で僕を責める。

 よくわからないが、すごい自信家だということは理解した。

 普通の後輩との会話でヒントを示したとか言わないよね。


「……三学年でセリー、ですか。もしかして世利さん?」


「そう。それ以外にあんたと私を繋げるものはない。思考が遅い。もっと集中して」


「あ、はい。ごめんなさい」


 三年生の中で、唯一僕の知り合いといえるのは、もう今はこの高校にはいないけれど朽織世利さんとなる。

 セリーというのは、愛称みたいなものだろう。

 ということは、雪篠塚先輩は世利さんのお友達なのだろうか。


「この高校で、私の唯一の理解者で、友人で、そしてライバルだったのが、セリーよ。私はこの高校でセリー以外の有象無象には全く興味がない」


「同級生を有象無象扱い。大物ですね」


「ただの事実よ。問題はそこじゃない。最後の最後に、でも私も、有象無象に成り下がった。そこが問題なの」


「どういう意味ですか?」


 これまでずっと、力強く前だけを見据えていた雪篠塚先輩は、そこで一瞬目を伏せる。

 太陽が雲に隠れ、日差しが途切れる。

 吹き抜ける風はまだまだ秋の色が薄く、滲んだ汗を渇かしてはくれない。


「私とセリーは、対等だった。筆記試験の順位ではいつも私が一番。カリスマ性、リーダーシップではいつだってセリーが一番。運動では競技によって、互いに一番だったり、そうじゃなかったりした」


 それは、すごい。

 テストで学年一位とか、僕の人生では一生取ることはないだろう。

 そういえば世利さんも勉強は得意って言ってた気がする。

 言われてみれば、この打てば響く感じは、少し世利さんに似ているところもある。

 頭が良い人っていうのは、みんなこんな感じなんだな。


「あー、思い出した。雪篠塚先輩の名前どっかで見た記憶があると思ったら、トウコウ選抜総選挙に乗ってましたね」


「今更? ……理解できない。いったい、あんたの何が特別なのか。私にはわからない」


「僕はべつに特別じゃないですよ。見た目通りのパンピーです。テストも普通くらいの成績だし、世利さんとか雪篠塚先輩に比べたら、存在感はコクワガタくらいしかないです」


「……今のは少し、面白い」


「え? あ、ありがとうございます」


 なんか褒められた。

 面白いと言ってるわりに、全然この人笑ってないけど。


「でも、それじゃあ、辻褄が合わない。君が特別でないと、話が成立しない」


 僕が特別でないと辻褄が合わない。

 それはいったいどういった意味なのか。

 申し訳ないけれど、僕には何も特筆したものはない。

 一般人地球代表といった感じだ。


「……セリーがいなくなる前のトウコウ選抜総選挙と筆記試験。その両方で私はセリーに勝つつもりでいた。でも結果は真逆。筆記試験で私は初めて二位をとった。選抜総選挙の方ではセリーだけじゃなくて、知らない一年生の子にすら負けた」


 まじか。

 世利さん、最後は全部のトップ取って去っていったのか。

 かっこよすぎて笑ってしまう。

 世利さんとさゆりが幼馴染じゃなくてよかった、なんて情けないことを思わず思ってしまう。

 もし世利さんが僕らの近くにもっといたら、僕の平凡さが際立ちすぎてそのまま光に押し潰されて影も形もなくなっていたかもしれない。


「そして私と対等じゃなくなったセリーに、私は言ったの。もう、心残りはなさそうね、って。でも、セリーは私の予想とは違って、首を振った」


 夏の残像を思い出しているのか、僕を見ているようで、見ていない雪篠塚先輩。

 一番、心残りがあるのは、彼女自身なのかなって思ったりした。


「心残りは、ある。最後の最後まで、佐藤葉月にだけは勝てなかったって。セリーは、そう言った」


「……へ?」


 おいおい、なんか世利さん、すごい適当なこと言ってるぞ。

 いったい僕がいつどこで何に世利さんに勝ったというのか。

 それどころか全戦全敗。

 結局僕の方は世利さんに助けらればっかりだった覚えしかないんだけど。


「ここまで、言えば、わかるでしょ。私がどうして君を呼び出したのか」


「すいません。僕の頭ではまだ、理解が及んでないですし、それにそもそも世利さんは少し誤解を生む表現をしているような気がして……」


「セリーは慎重に言葉を使う。彼女が勝てなかったと言ったなら、それは本当のこと」


 僕の意見をガン無視して、雪篠塚先輩は明らかに間違った前提のまま走り続ける。

 


「つまりは、私をあんたの弟子にしなさい、佐藤葉月。あんたがどうやってセリーに勝ったのか、教えてもらう。言っておくけれど、拒否権はないから」



 いやいや、どんなつまり?

 知性に差がありすぎるのか、どうしてその結論に至ったのか、まったくわからない。

 というか弟子ってなんだ。

 拒否権ない師弟関係ってどんなだよ。


 


 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] くっ殺騎士のように敗北感から自尊心がズタズタになる様子を見られそうな、愉悦を感じれるキャラですね。
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