二十八 幼馴染には夜に会えるので僕は、
「お、おかしい。どう考えてもおかしい。いったい何が起きてるってんだ?」
「ううん。なにもおかしくないよ。ただ夏休みが終わっただけだよ」
「嘘だ! 俺はついこの前やっと夏期講習から解放されたばかりだぞ!? それなのにもう夏休みが終わり!? 俺のハッピーウキウキ幼馴染サマーバケーションはどこにいったんだよ!?」
「さあ。どこにいったんだろうね。というかそもそも、存在してないんじゃないかな」
「いやああああああ!?!?!? 俺の夏休みと幼馴染を返してくれぇ!!!」
夏休みが終わっても、大きく変わることはない。
僕の目の前では親友の井浦蓮が相変わらずやかましく騒ぎ立てている。
どうやら彼は夏バテとは無縁の人生らしい。
「最悪だ……結局貴重な高校一年生の夏休みを幼馴染なしで過ごしてしまった……」
「そろそろ秋になるっていうのに、井浦の幼馴染熱は冷めないんだねぇ」
「佐藤、お前はこの夏、白鳥さんと何してたんだ––--いや、やっぱり言うな! それ以上なにも言うな! お前からこれ以上惚気を聞いたら、俺は本当にどうにかなって最終的に俺自身が幼馴染になっちうまかもしれん。そうなったら終わりだ」
「まだ何も惚気てないんだけど。それに俺自身が幼馴染になるってなに? 言いようのない恐怖を感じるよ。たしかに終わりかもしれない」
ハイライトを失った瞳をする井浦は、友人じゃなかったら全力で距離をとりたくなるような負のオーラに包まれていた。
しかし悲しいかな、僕には他に気の合う友人は特にいない。
認めたくはないが、井浦の存在に僕は助けられていた。
「……はあ。もうなんか萎えた。佐藤、俺をどこか遠くに連れてってくれ」
「うーん、じゃあ隣駅でお好み焼きでも食べる?」
「隣駅かよ! 近いだろ! ……でも、ありだな」
夏休み明け初日はオリエンテーションなので、午前中で終わりだ。
午後はもう自由。
特に予定のない僕は、意気消沈している井浦でも連れてご飯でも食べに行こうかと考えていた。
「だけど白鳥さんはいいのか? イチャチャチャするんじゃないのか?」
「イチャチャチャも悪くないんだけどね。なんか今日は友達と打ち上げする予定が元々入ってたらしいから」
「さすが白鳥さん。人気者の彼氏はつらいな」
「まあいいさ。夜に会えるし」
「一生日が落ちなければいいのに」
「言葉自体は明るいのに込められた感情がすごく暗い!」
夏休み終わりの打ち上げなるものをキャピ友と一緒にさゆりは行うみたいだ。
休みが終わったことに対して打ち上げが存在するなんて。
陽の民の考え方は本当に柔軟で、時々感銘を受けてしまう。
「そういえば、次のトウコウ選抜総選挙、白鳥さん出ないんだな。前回の一位と二位が不在とか。今回は荒れそうだな。群雄割拠の時代だぜ」
「前回が結構色々めんどくさかったらしいから、たしかに次は出ないって言ってたね」
「もったいない。朽織先輩という絶対女王がいなくなった今、白鳥さんの時代だと思ったのに。誰に投票すればいいか迷っちまうぜ。やっぱ蕪木ちゃんにしよっかな。でも鯨川先輩も個人的にタイプなんだよなぁ」
変わらなかったものもあれば、変わってしまったものもある。
スマホをいじる井浦の横で帰り支度をしながら、僕は夏の間に遠くに行ってしまった憧れの先輩のことを思い出す。
朽織世利。
この学校で、数少ないさゆりよりも有名な女子生徒が、夏の間に留学してしまったことはもう広く知れ渡っている。
奇妙な縁があって、僕は世利さんと何度か話したことがあって、その内容は今でも鮮明に覚えている。
美しい、人だった。
純粋に人として尊敬のできる、素敵な先輩だ。
またいつか、会える日が来ることは、実はちょっぴり期待してたりする。
「よし。準備終わった。行こう、井浦。豚玉が僕らを待ってる」
「そうだな。いずれ来る幼馴染とのお好み焼きデートの練習をしないとだな」
「じゃあ、焼くのは任せるね」
「いいけど、一回失敗するぞ? 俺、幼馴染に焼くのへたくそって罵られたいんだ」
「それ練習する意味ある?」
わけのわからないことを言う井浦と並んで、廊下に出る。
冷房の効いていた教室とは違って、もわっとした残暑がそこには漂う。
「ん? なんだ?」
すると、なにかザワザワと不穏な気配をふいに感じた。
それは僕の勘違いではないらしく、井浦も同じように異変を覚えたらしく足を止めている。
「お、おい、あれって。なんで一年のところに雪篠塚先輩が……まさか。またなのか。またなのか佐藤!」
「え? なにが?」
そして、何かを察したように井浦は僕の方をジトっとした目で見てくる。
いったいなんだろう。
ざわめきは段々と近づいてきて、その大きな気配の先には黄金が見える。
最初僕は、失礼にもゴールデンレトリバーかと思ってしまった。
見る目を奪う、鮮やかな金髪。
女子にしても小柄な体躯。
リスのようにまん丸で大きな瞳。
その華のある外見をした見たことのない女子生徒は、当然のように僕と井浦の前で立ち止まり、両腕を組んで尊大な態度で僕らを交互に見やる。
え。誰ですか。
まったくもって知らない人だ。
しかも若干不機嫌そうに見える気がしなくもない。
「……佐藤葉月はどっち?」
「こいつです!」
「えぇっ!?」
井浦の反応が早過ぎる。
なぜか僕の名前を呼ぶ、見知らぬ少女に対して、一瞬で井浦は僕のことを売り渡す。
直感的にわかる。
僕は何かしら面倒ごとに、巻き込まれかけている。
「ふーん? あんたがセリーの心残りくん? なんか想像と違うけど、まあいいわ。ちょっと、顔貸しなさい。言っておくけれど、拒否権はないから」




