二十四 幼馴染が今の方が好きだというのであたしは、
深い蒼に落ちていく空の下、あたしは幼馴染で元恋人の姿を見つけ出す。
こちらに向かって手を振るそんな彼の笑顔を見るたびに、嬉しいのに泣きたくなるような、矛盾した感情が胸の中に渦巻く。
どうしてあたしたちは、こうなってしまったんだろう。
潤は昔から、あたしにとっての自慢の幼馴染で、憧れだった。
頭も良くて、スポーツ万能で、クラスの人気者。
性格に難があって、特別秀でた能力のないあたしにとっては、隣りにいられるだけで奇跡みたいな相手だった。
「おー、なかなかいい場所じゃね? 佐藤も風間くんもやるな!」
「いいじゃんいいじゃん。ここなら見えそう! ヤバ! なんかテン上げきた!」
中学を卒業する時に、一念発起して潤に想いを告げたのは、怖かったからだ。
潤が昔から同性だけじゃなくて、異性にも人気があるのは知っていた。
このままでは潤を失うとわかっていたあたしは、焦りがあった。
あたしには、潤の幼馴染という居場所以外なかった。
だからあたしは自分の居場所を守るために、潤に告白したのだ。
「はい、葉月と風間くん、お茶。お疲れ様。ありがとね」
「ありがと、さゆり。そんなに疲れてないけどね」
「さんきゅ、白鳥さん」
場所取りをしてくれた佐藤くんと潤に飲み物を渡す白鳥さんのことを見ながら、あたしはどうしても考えてしまう。
あたしじゃなくて、白鳥さんだったら。
白鳥さんは、あたしの欲しかったものを全部持っている。
佐藤くんとは少し話しただけだけれど、彼は心の底から白鳥さんに惚れ切ってしまっているみたいだ。
それに付け加え、白鳥さんはクラスを超えて学年中の人気者。
あたしが唯一失いたくなかったものは持ったまま、他にも沢山居場所持っている。
誤魔化しはしない。
これはただの嫉妬。
彼女は何も悪いことはしていない。
まともに話したのは今日が初めてだけど、わかる。
白鳥さんもまた、佐藤くんと同じように、根っからの善人だ。
他人の喜びを、きちんと願える人。
醜い感情を押し殺して、あたしは潤の笑顔を斜め後ろから眺める。
「ほら、みんな、そろそろ時間だよ! 花火、観よ! 優ちゃんももっとこっちきなよ!」
「え?」
白鳥さんがあたしの手を引いて、さりげなく潤の隣りに誘導する。
彼女は意味深な微笑みであたしを一瞥すると、自然な動きで佐藤くんの隣りへ移動した。
あぁ、勝てないなぁ。
卑屈なあたしは、負けたような気持ちに包まれた中、幼馴染で恋人だった憧れの人の隣りで、蒼い空を見上げる。
「あ、花火」
それが誰の声だったのか理解する前に、鼓膜を大きく揺さぶる轟音が響き渡る。
深い蒼のキャンバスに、赤と黄の大輪が咲く。
控えめな歓声が周囲から湧き上がり、時間と共に下がり始めていた温度が再び上がる気配を感じた。
「たまやー! たまっ! たまっ! たまやーっ!」
「うっさい井浦っ! マジ耳障り! 沈めんぞ!」
「おー、すごいね。花火だ。見てさゆり、あれ、花火だよ」
「うふふっ、なにその感想。見ればわかるから」
次々と打ち上がる色とりどり、形様々の花火たち。
あたしはそれをぼんやりと眺めている。
いつも花火を観る時には、潤が隣りにいる。
「綺麗だな、花火」
「うん。綺麗」
ぽつりと呟く、潤。
あたしは隣りで、小さく頷く。
「また優と花火観れて、よかったよ」
「そうだね。あたしも、そう思う」
やっぱり、だめなのかな。
やり直すことは、できないのかな。
あたしはまだ、潤のことが好きみたいだ。
もう一度、潤の恋人になりたい。
潤さえいれば、それでいい。
そう願いながら、あたしは隣りの潤を見つめる。
「……俺さ、思うんだ。結局、俺たちが別れたのって、全部俺のせいなんだよ。俺が、弱いのがいけないんだ」
「……え?」
鼓膜を揺らし続ける花火の音。
もう聴こえるのは、隣りの人の声だけ。
「俺は耐えられなかった。優が俺のせいで傷つくのが。俺のせいで居場所を失っていくのが」
「ち、違う、潤のせいじゃ――」
「違わないよ。俺のせいなんだ。優はこう思ってたろ? 居場所なんて、たった一つでいいって。俺がいれば、それでいいって。……だけど、俺はそうは思わない。だって俺は弱いから」
あたしの儚い願いを打ち砕くように、元恋人はあたしにだけ届く声量で語りかけてくる。
花火の明滅の度に、煌めく元幼馴染の顔。
気づいてしまう。
もう、もとには戻れないってことに。
「本当はもっと色んな人に愛されるべきなんだよ、優は。俺にこだわらなくていい。……今日、久し振りに優と喋って、前みたいに話せて、俺は嬉しかった。葉月とか今日他にいるメンバーとも普通に一緒にいて楽しそうにしている優を見て、安心した。この嬉しさと安心はさ、俺、優と付き合ってた頃より大きいよ」
息が詰まる。
とっくのとうに諦めてたのに、どうして今更こんな気持ちになるんだろう。
なんでまた、願ってしまったのだろう。
「ごめんな、優。俺さえいれば、それで十分だって言えるくらい、強くなくてごめん。弱くて、ごめん。俺は俺と付き合ってた頃の優より、今の皆と楽しそうにしている優の方が好きなんだ」
ごめん。
何度も憧れの人が謝ってくる。
幼馴染で、憧れの人で、恋人。
潤さえいれば、他には何も要らないと思ってた。
でも、潤は違ったんだ。
「……分かった。あたし、もう潤に憧れるの、やめるよ」
「……ごめんな。期待に応えられなくて」
憧れだけじゃ、届かない。
今のあたしの方が好きだと、言ってくれる。
だからきっと、あたしたちはまた仲の良い幼馴染に戻れる。
「綺麗だね、花火」
「ああ、綺麗だ」
これはそこまで悪くない結末のはず。
新しい友達もできたし、気まずくなって距離のできていた幼馴染とも本音で話せて、これできっとあたしたちは、お互いに新しく前に進んでいける。
考え方によってはハッピーエンド。
それなのに、どうしてか溢れ出てくる涙。
打ち上がり続ける花火は、あたしの気持ちなんて知らないみたいな顔をして、眩く光輝き続けていた。