二十二 幼馴染も花火を楽しみにしているので僕は、
花火大会当日、いつもは都内とは思えない寂れた雰囲気を漂わせている地元近くの駅前は、若者や家族連れで賑わっていた。
浮かれた空気の満ちる街で、僕は恋人とその友人たちを待っている。
「……おい、佐藤。話が違うぞ、お前。今日、白鳥さんと俺とお前の三人で花火観るんじゃなかったのかよ」
「あれ? 三人って、僕言ったっけ? さゆりが来るとは言ったけど、今日はさゆり以外も来るんだよ。だいたいなんで僕とさゆりと井浦の三人なんだよ。どう考えても井浦邪魔でしょ」
「おい! 今、はっきり邪魔って言ったな! 傷ついたぞ!」
さゆりご一行の到着を待つ僕の隣りでは、友人の井浦が何に怯えているのか小声で騒いでいる。
井浦は僕の背中にかけるようにして、少し離れたところで一人スマホをいじるカールのかかった髪が特徴的な、凛とした美少女を見つめている。
一応同じグループなのに、わざとなのかわからないけれど、そのジーンズ姿の美少女は頑なに僕らの方を見ようとはしない。
「……なんで蕪木さんがいるんだよ。ただでさえ白鳥さんが来るってだけで緊張するのに、蕪木さんまで! 例年に比べて可愛い子が多いといわれる、我らが黄金世代の先頭を走る二大エース共演じゃねぇか! どうすんだよ! 興奮して死んじまうよ俺は!」
「そうだなあ。井浦は一回くらい心臓止めた方がちょうどいいかもしれないね」
「というかお前のコネクションはどうなってんだ!? 普段は大人しくしてるくせに、トウコウ選抜総選挙の二位と五位と知り合いとか! 意味わかんねぇ! うらやま死刑だろ!」
「ちょっと、僕まで殺さないで。巻き込み事故反対」
僕らから露骨に距離を置いて立っている美少女――蕪木さんを今日の花火大会に誘ったのはもちろん僕だ。
最初僕のアイデアを提案した時は、難色を示していたというか、わりとぼろくそ言われた気がするけれど、なんだかんだこうやって来てくれた。
それに初めて名前を聞いた時に、どこかで見た名前だなと思っていたけれど、どうやら例のトウコウ選抜総選挙で彼女は五位に輝いていたらしい。
たしかにやたら華のある外見だと思っていた。納得だ。
なんだか僕の友達の量と質のバランスがおかしい気がする。
「普段は一年生なんて、めったにトウコウ選抜総選挙の上位に来ないのに、俺らの学年では白鳥さんと蕪木さんの二人も入った! “太陽の白鳥”と“月の蕪木”と呼ばれる、期待の二大新星だぞ!」
「なにその絶妙にダサい二つ名。さゆりと蕪木さんが可哀想だよ」
「まさか、学年のトップを争う美少女と一緒に花火を観れるなんて……ああ、俺もう、幼馴染になれなくていい」
「いやだから、元々なりたくてなれるものじゃないから」
早口で捲し立てると、今度はトリップしたかのような蕩けた視線で蕪木さんのことを井浦は眺め出す。
僕側の友達枠として蕪木さんだけを呼ぶのも変かと思って井浦のことも誘ったけれど、人選ミスだったかもしれない。
といっても、他に誘える人いないんだけど。地味メンに選択肢はないのだ。
「お、そうこう言ってる間に、さゆり達も来たみたいだね」
「嘘だろおい。美少女だけじゃなくて、イケメンまで……?」
そうやって井浦の興奮に付き合うことを数分、さゆり達がやっと姿を現した。
普段より五割増しくらいで人の多い中でも、群を抜いて光輝いて見える一人の女の子と、その後ろに同い年くらいの男女が一人ずつ。
たしか本人がハーフアップと言っていた、手間のかかりそうな編み込みの髪には、薄桃の髪留めがしてある。
紺の浴衣姿で、そのまさに目に入れても痛くないとしか言いようのないとびきり可愛らしい女の子が、僕に向かって控えめに手を振ってくれる。
僕の幼馴染で恋人のさゆりだ。
さゆりが目に映るだけで、僕の心は年がら年中お祭り騒ぎだった。
「ごめん、葉月。ちょっと遅れた」
「おっす、さゆり。時間は全然平気。それにしてもまさか浴衣着てくるなんて」
「えへへ。着付けに手間取っちゃって」
「めっちゃ可愛い。もう花火とかどうでもよくなった」
「は、花火はちゃんと見るからねっ!」
顔を真っ赤にしたさゆりは、相変わらず意味のわからない可愛さだった。
幼馴染なので、ほぼ同じ環境で育ってきたはずなのに、どうしてこんなに人間としての魅力に差が出るのだろう。
どうすればこんな可愛い生き物が育つのか。僕はとても不思議に思う。
「どもども~、初めまして、うちは榎本綾でーす! ちみが噂の佐藤葉月だよね? そのさゆぴーとの絡みの感じ、マジで付き合ってんだね」
「どうも、初めまして。さゆりのお友達の方ですね」
「ヤバ。めっちゃカタいウケる。敬語やめて。なんかキモいから」
「あ、はい、えと、うん」
さゆりの後ろから、フレアスカートでまさに今風って感じの女子が喋りかけてくる。
榎本綾と名乗ったその子はかなり明るめのブラウンのロングヘアーを指で弄りながら、僕の顔をじろじろと眺めた。
だがすぐに僕の顔面から興味を失ったのか、視線を外して、今度は僕の隣りに立っていた井浦の方を見る。
榎本さんの井浦を見る目は、僕のことを見ていた時以上に疑問そうだった。
「で、こっちの頭悪そうな奴は誰? うちら呼んでないんだけど」
「おい! いきなり失礼だなお前! 俺は一年八組の井浦連だ! お前こそ誰だよ!」
「だから綾だって言ってんじゃん。マジ馬鹿。うち、こいつ苦手なタイプだわ」
「うるせぇ! 俺だってお前のこと苦手じゃ! タピオカでも飲んで寝てろ!」
「はあ!? なにこいつ。マジムリ。きしょいんだけど」
「ちょ、ちょっと綾!? だめだよ! 失礼だって! ごめんね? 井浦くん」
「いや、いいんですよ、白鳥さん。白鳥さんは何も悪くありません。白鳥さんのことはいつも佐藤からよく聞いてますよ」
「きっしょ。こいつさゆぴーとうちに対する態度違いすぎない? マジムカつくんだけど」
「白鳥大女神とお前との対応に差がでるのは当たり前だろ。自惚れんな」
「はあああ!? マジぶっころ! ねえさゆぴー、うちこいつのこと殴っていい?」
「おうおう、やれるもんならやってみろ――ぶごぉっ!? み、みぞおちは駄目だろ……」
「駄目だよ綾! というかもう殴ってるし!?」
そして井浦は、なぜかさゆりの友達の榎本さんと知り合って数秒で喧嘩をしていた。
なにをしてるんだろう彼はいったい。
僕にはどうすることもできず、さゆりはあわあわと榎本さんを諌めて必死で井浦に謝っている。
その盛り上がりを呆然と眺めていた僕の前に、すると今度は背が高く甘い相貌の爽やかなイケメンが苦笑いしながら手を差しだしてくる。
「初めまして、俺は風間潤。君が白鳥さんの彼氏さんか。前から一度会ってみたいと思ってたんだ、よろしく」
「あ、うん。よろしく。僕は佐藤葉月。いつもさゆりが世話になってます」
「あはは。なにその畏まった言い方。葉月は面白いな」
そのCMに出ても何の違和感もない優し気な二枚目男子は、僕が今日この花火大会に呼んでくれとさゆりに頼んだ風間潤くんだった。
まさに陽、といった気配プンプンの風間くんは、ナチュラルに僕と握手を交わしながら、いまだに僕らからやや離れたところにいる蕪木さんに視線を送る。
「……久し振り、優。白鳥さんがもしかしたら今日来るかもしれないって言ってたけど、本当に来てるとは思わなかったよ」
風間くんは親し気な風に、蕪木さんへ声をかける。
そこでやっと、蕪木さんはスマホから視線を上げて、僕らの方へ近づいてきた。
「……久し振り、潤」
「おう。色々あったけどさ、今日はせっかくの花火大会だし、楽しもうぜ」
「……うん」
やはり気まずいのか、蕪木さんは普段とは違って、言葉数がかなり少ない。
それでも険悪な感じはなくて、僕は一安心する。
仲直りのきっかけになればいいと思って、蕪木さんと風間くんをこの花火大会に参加させるように動いたけれど、大きなお世話どころか逆効果になる可能性も一応考えた。
だけどこの様子なら、わりと大丈夫そうだ。
「あ! 蕪木さん! どうも初めまして! 私は白鳥です! 隣りのクラスなんだけど、知ってるかな? 見たことくらいはあると思うんだけど」
「……よろしくお願いします。蕪木です。白鳥さんのことは知ってますよ。有名ですから」
「ども~、うちは榎本綾でーす。蕪木さん、遠くから見ても可愛いけど、近くでみるとさらに激カワだね。ゆちょぱって呼んでいい?」
「え? いや、ゆちょぱはさすがに……」
「いぇーい! じゃあゆちょぱで決まり! ほら! 顔合わせも終わったし、早くいこいこ! うちお腹すいた! タコ焼き食べたい! はづきちとさゆぴーとゆちょぱとじゅんじゅん! みんなでレッツ花火大会っ!」
「おい! 自然に俺をはぶるな!」
「うるさーい。井浦は来なくていいって言ってんじゃん」
「絶対行く! お前の耳元でタマヤ―って叫ぶまで俺は帰らないぞ!」
「キモーい! マジキモい! 花火穢れるんですけど!」
「ぐぅはっ!? だ、だからみぞおちはやめろって!?」
知らない間に僕のことをはづきちと呼ぶようになっている榎本さんは、井浦の腹部を執拗に殴りながら歩きだす。
もはやこの二人、逆に相性抜群のような気すらしてきた。
「優とこういう祭りみたいなのくるの、いつぶりだっけ?」
「中一の時、かな。最後は」
「あー、墨田川のやつか。行ったわ。懐かしい」
蕪木さんと風間くんも並びながら、井浦たちにつられて歩きだす。
幼馴染同士のわりには、まだ若干ぎこちなさが見えるけれど、それも時間が癒してくれるはずだ。
「葉月、今日はありがとね。来てくれて」
「こっちこそ、ありがと。風間くんのこと誘ってくれて」
「ううん。蕪木さんのことは、前から何とかできないかなって思ってたから。むしろありがとって感じ」
僕の隣りにすっと身体を寄せてくるさゆり。
近くで見ると、薄く化粧していることが分かる。
濃紺の浴衣も相まって、いつも以上に色っぽく見える。
「花火、楽しみだね」
「うん、楽しみ」
花火なんかより、よっぽど眩しくて、綺麗な人が、僕の隣りで微笑んでくれる。
それだけで僕の気持ちは夏模様。
僕の心が火照っているのは、夏のせいでも、花火への期待によるものでもなかった。




