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二 幼馴染が睨みつけてくるので僕は、



「幼馴染って、いいよなあ」


「ずいぶんと棒だね。藪から」


 弛緩した空気の流れる穏やかな昼過ぎ。

 つぶあんとマーガリンのコッペパンを頬張る僕の隣りで、クラスメイトの井浦連いうられんが蕩けた視線で虚空を見つめていた。

 僕と井浦はたまたま最初の席が近かったということもあり、こうやって自然と時間を一緒に過ごすことが多くなっていた。

 このちょっと髪色の明るい彼は、僕にとって高校に入ってできた数少ない友人といえるだろう。


「いや、佐藤はわかってないな。幼馴染の素晴らしさが」


「そんなことないと思うけど。まあ、でも、そんなに言うなら、プレゼンしてみてよ」


「よろしい! ならば説明しよう!」


「うわ。急にすごい声でかいな」


 やたらと元気よく、井浦がトロピカルジュースの紙パックを僕の机の上に叩きつける。

 まだ知り合って二ヵ月ほどしか経っていないけれど、彼がこうやって時々不思議なテンションになることはわりと多々あった。


「まず、幼馴染の何がいいかといえば、それは“安心感”、だ」


「安心感、ねぇ」


「生まれ育った街が同じで、教育をしてきた相手もほとんど同じ。似たような環境で育ってきたゆえに、必然的に価値観が似たようなものになる。俗にいう、ノリというものが似てるというわけだ」


「ほお、なるほどね」


「それゆえに、こういう発言に対してはこういう風に返す、こういう場ではこういった風に振る舞う、みたいな感覚が共有されている可能性が高い。つまり幼馴染同士では、“浮く”といった異物感を抱くことが少なくなる」


「それが、安心感、とやらに繋がると」


「つまりはそういうことだ。幼馴染への理解が早くて助かるぞ。将来有望だな」


「幼馴染の有望株ってなんだよ。今から新しい幼馴染をつくるのは不可能でしょ」


 謎に満足気に頷く井浦は、ずずずとストローを白桃色の液体で満たす。

 幼馴染の安心感。

 それはたしかにわからないでもない。

 僕もさゆりと一緒にいる時は、なんとなく楽というか、自然体でいられる気がする。

 もちろん井浦みたいな、気の合う友人と共にいる時間も楽しいものだが、さゆりと喋っている時はまた別の落ち着いた気分というか、しっくりくる感じがする。


「はあー、俺も美少女幼馴染欲しいなあ」


「おい、そこの幼馴染博士。俗な本音が漏れ出てるぞ。いいじゃないか、べつに凡少年の幼馴染でも」


「異性じゃない幼馴染なんて、幼馴染じゃない。それはただの腐れ縁というんだ」


「なんて横暴な。そんな暴論、世の幼馴染専門家が黙ってないぞ」


 さすがに僕は井浦の幼馴染論に同意することはできない。

 もし美少女ではなくても、幼馴染は幼馴染だ。

 最近は僕はむしろ、さゆりが同性だったらよかったのに、とさえ思い始めている。

 幼馴染が自分のことをイケメンだと気づいてしまっても、僕は幼馴染をやめる必要はないはずだからだ。


「それに幼馴染ってのは、思い出を共有できるのも強みだよなあ。これまでの自分の記憶の中に、いつも一緒にいるんだ。昔こんなことがあったよなって、思い出話をする時に、いつだって横でそんなこともあったね、って言ってくれるだけで……ああ、想像しただけで涎が出てきた」


「井浦の幼馴染に対する憧れはすごいな。食事以外の妄想で涎を垂らしている人を僕は生まれて初めて見たよ」


「ノスタルジーっていいよな。俺も美少女幼馴染と二人だけの内輪話をして、周囲にまた二人だけの世界入ってるよ、って冷やかされたい」


「妄想が具体的だね。企業家の才能あるんじゃない?」


「理想の幼馴染をつくる会社立ち上げようかな……」


「理想の幼馴染をつくるってなんか怖いよ。ディストピア感がすごいよ。絶対バッドエンドだからやめておいた方がいいよ」


 涎だけでは飽き足らず、何やら危険な思想まで垂れ流し始めた井浦を、僕は正気に戻るよう促す。

 僕には当たり前のように幼馴染がいるので、あまり実感が湧かないけれど、そんなに羨ましいものなのだろうか。


「なんだよ、佐藤はあんまり幼馴染に憧れがないんだな。もしかして、佐藤には幼馴染いるのか?」


「あー、幼馴染の定義は? 美少女以外の条件」


「そうだな。できれば小学校低学年から、中学校、高校までは一緒のところがベターだな。そんでもって、両親顔見知りで、家も近所だとベスト。そして美少女はマスト」


「……いやあ、さすがにそんな奴はいないな。井浦の定義でいえば、僕には幼馴染がいないよ」


 完全に当てはまる相手がいた。

 井浦の定義でいえば、僕にはベターベストを越えてマストな幼馴染がいる。


「そんな夢みたいな相手はやっぱりいないのかあ。現実は厳しいなあ……ってん、あれ、白鳥さんじゃね?」


「はあ!? な、なにが!? だ、誰が僕とさゆりが幼馴染だって!? そ、そそそそそんなわけないだろ! 変なデマ流すなよ!」


「いや、誰も佐藤と白鳥さんが幼馴染だなんて話してないから。俺の講義が効きすぎて、頭が変になったか? 急性幼馴染中毒か? 違うよ。ほら、廊下のとこ」


「へ? あ、ああ、そういうことね。失礼。ちょっと取り乱してしまったよ」


「だいぶ取り乱してたな。いつもフラットな佐藤にしては珍しい。あとさっきナチュラルに白鳥さんのこと下の名前で呼んでたよな? 脳内でどんな妄想をしてもいいけど、気をつけろよ。消されるぞ」


「消される? どこから?」


「決まってるだろ。社会からだ」


 なんということだ。

 知らない間に僕は、幼馴染の名前を呼んだだけで、社会から消されるようになってしまったらしい。

 僕は廊下の方から顔を覗かせるさゆりを横目で捉えると、確かな寂しさを抱く。

 右わけで整えられた肩先に毛が触れる程度の長さの黒髪。

 西洋の血は入っていないはずなのに、筋の通った形の良い鼻梁。

 切れ長の二重に、すっと流れる綺麗な眉尻からは一見涼し気な容姿に思えるが、柔和でよく笑うこともあって美人なだけでなく人懐っこい愛嬌を感じさせる。

 今日も僕の幼馴染は最高に美少女だった。

 これで性格も可愛らしいので、もう向かうところ敵なしだ。

 井浦の定義関係なく、世界一の幼馴染だった。


「白鳥さん、今日もお美しいなあ。あんな子が俺の幼馴染だったらよかったのに」


「……そうだね。きっと最高の幼馴染だよ」


 僕とさゆりはクラスが違うので、こうやって顔を見ることすら、最近は少し減り始めてきていた。

 だけど、それもきっと仕方がないこと。

 僕は偶然に頼り過ぎていた。

 たまたまさゆりとご近所さんで、同じ学校に通っていただけ。

 彼女の幼馴染だという奇跡を、僕はもっと大切にするべきだった。


 ――その時、さゆりと一瞬目が合うが、その瞬間、彼女は見たくないものを見るかのように目を細めた。


 ずきり、と心が痛む。

 僕はすぐに視線を逸らし、空っぽになったコッペパンの空き袋を無意味にガン見する。


「うん? あれ、なんか、白鳥さん、佐藤のこと睨みつけてね?」


「さ、ささささあ、気のせいじゃない? 僕とさゆ――じゃなくて白鳥さんは面識ないし」


「そうか? でも、あれ、明らかに佐藤のこと見てるような……」


 大丈夫だよ、さゆり。

 そんなあからさまに牽制してこなくても、ちゃんと他人のふりするって。

 僕は幼馴染だから伝わると思って、わかってるって意味のハンドジェスチャーとして耳たぶを指で弾く。

 これは昔よく、さゆりと一緒にスパイごっこをした時に、二人で決めたものだ。

 僕のことを忘れたくても、思い出は忘れていないはずだ。


「あーあ、白鳥さん、行っちゃった。もっと眺めていたかったなあ……」


 よかった。伝わったみたいだ。

 再び廊下の方を見つめる。

 そこにはもう、幼馴染の姿はなくて、僕は安堵の息を吐く。


 少し強く弾き過ぎたのか、耳たぶがちょっとひりつく。


 空っぽの廊下は、どこか僕の心を思わせて、すぐに視線を窓の外に逃がすのだった。




――――――




 やばい。コンタクトレンズとれた。

 うっかり目を擦った時に、コンタクトが取れてしまった私は、かなり視力が危うい状況だった。

 早く予備のコンタクトをつけなきゃと、いそいそと化粧室に向かう。


 そんな途中、ふと幼馴染の葉月はづきがいるクラスに通りかかった。

 高校に入ってからは、クラスも違ってしまっているので、最近は本当に顔を見る機会が減っている。

 ちょっと葉月の顔が見たくなって、私は我慢できずに教室の中を覗いてしまう。


 すると、すぐに葉月のことは見つけられた。

 コンタクトレンズが外れて、視力はもうほとんど陸に上がった魚並みなのに、不思議と葉月のことはすぐに分かった。

 これが幼馴染のなせる業か、それとも私の愛が強すぎるのか。まあ、どっちでもいいけど。

 それでも、さすがに視界がぼんやりとしているので、少しでも葉月の顔をはっきり見ようと目を細めて見る。


 ちょうどそのタイミングで、葉月と視線が合う。

 これが幼馴染のなせる業か、それとも葉月も私のことを探していたのか。うん、絶対後者だ。

 でも、何を恥ずかしがっているのか、葉月は一瞬のうちに私から視線を外してしまう。

 もう、なんで目を逸らすのよ。

 もっと私のこと見てよ。

 少し意地になった私は、こっちを見ろ、こっちを見ろと、ほとんど呪詛のような勢いで葉月を見つめ続ける。


 ――その時、葉月がふいに、自分の耳たぶを指で弾く。


 それは、分かってるよ、の意味のオーケーサインだ。

 幼馴染の私だけに分かるように送られた懐かしいハンドジェスチャー。

 

 かっと頬が赤くなり、私は反射的に廊下に引っ込んでしまう。

 

 心臓がどきどきと、いきなり存在を主張し始めているのがわかる。


 もう、これだから葉月は。


 きっと、あれは謎に自分に構ってないで、早くコンタクトレンズをつけ直してこいという意味だろう。


 一目見ただけで、私がコンタクトレンズを外してしまっていると気づいたのだ。


 こんな些細なことに気づけるのは、世界で葉月たった一人だ。


「ふふっ」


 思わず笑みが漏れてしまう。

 

 やっぱり葉月は世界で一番の幼馴染だ。

 

 ほんとに、好きだなって思う。


 私はるんるん気分で化粧室へ向かう。


 葉月のおかげで、眼鏡もコンタクトもしてないのに、目に見える全てが最高に綺麗で色鮮やかに思えた。


 

 


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― 新着の感想 ―
[一言] 続きお願いします!
[良い点] ずいぶんと棒だね。藪から。 どんな倒置法やねん(( 見てて笑いました
[一言] これはいい鈍感系主人公の作品ですね!好きなやつです! 全作品好きですが。 これからどういう展開になっていくのか楽しみです。
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