十四 幼馴染がいることを隠していたので僕は、
「俺は謝罪と賠償を要求する」
謝罪と賠償を求められていた。
七月に入り、すっかり空も夏に染まって、心はすでに長期休みに入ってしまっている。
冷房の効いた部屋でつぶあんとマーガリンのコッペパンを食べる僕の前で、クラスメイトの井浦が納得いかないとばかりに、僕のことを睨みつけていた。
だけど僕は、この髪色の明るい友人のだる絡みにすでに慣れ切ってしまっていたので、まともに応対するつもりがなかった。
「だからごめんって何度も言ってるじゃん。悪かったって。賠償をする気はさらさらないけど、謝罪は何回もしてるじゃんか」
「なにが幼馴染はいないだ。信じられない。幼馴染の隠匿だなんて、お前、時代が時代だったら磔街中引き摺り回し級の大罪だぞ」
「どんな時代だよ。幼馴染の有無を隠しただけにしては罪重すぎない?」
井浦はご立腹だった。
とてつもなくご立腹だった。
彼は基本的に能天気なので、普段は普通に喋っているのだが、このように時々思い出しかのように怒り出すことがあった。
もはやほとんど発作だった。
これが噂の急性幼馴染シンドロームか。
「しかも、付き合ってるんだろ? ああ、信じられない。幼馴染と付き合えるなんて。しかもその恋人兼幼馴染があの白鳥さんだなんて。いったい前世でどんな徳を積めばそんなことになる? おい! 佐藤! 俺にもお前の徳をよこせ!」
「徳をよこせってすごいな。なんて徳のない発言なんだ」
この世の終わりとばかりに、井浦は自分の顔を覆って悲痛な声をあげる。
夏に似合わない悲哀を纏っていた友人の肩を、慰め代わりに僕はとんとんと叩く。
「ほら、今、わけたよ。僕の徳」
「うわあああ! ムカつく! 佐藤がムカつく! ひいいいやあああ頭がおかしくなりそうだあああ!」
「うん。たぶん、それもうなってるね。だいぶいってるよ」
頭をぐしゃぐしゃと掻きむしって、井浦は白目を剥く。
ほとんどホラーだった。
「……でも、佐藤なら、実際そんなに違和感ないよな。お前、地味リア充感あるもんな」
「なに地味リア充って。リアルが地味に充実してるんじゃなくて、地味なリアルが充実してるみたいでちょっとやだな」
「白鳥さんの彼氏がお前って聞いても、なんとなくお似合い感あるよ。お前、いい奴だもんな。ああいう美少女には、派手なイケメンよりも、お前みたいな素朴で誠実そうな奴とくっ付いて欲しいからな」
「……いつもそうだけど、一回狂ったあと、謎に褒めてくるよね」
さっきまでの狂乱っぷりが嘘のように、落ち着いた雰囲気で井浦は僕を穏やかに見つめて、うんうんと一人頷いていた。
たぶん躁鬱だと思う。
僕は友人の精神的健康面が心配になった。
「あぁ~、俺も幼馴染欲しいなぁ」
「そこ、彼女じゃないんだ。本当に井浦の幼馴染愛はすごいね」
僕の幼馴染が恋人にクラスチェンジした後も、案外生活はいつも通りだ。
もっとさゆりのファン達に迫害の日々を受けるかと思ったけれど、それは杞憂だったらしい。
もっとも僕もさゆりも、どちらかといえばシャイなタイプなので、学校で表だって派手にいちゃこらすることはないので、実際はまだ皆にそこまで僕らの関係は知られていないのかもしれない。
「なあ、佐藤」
「ん? なに?」
「白鳥さんが彼女って、どんな感じだ?」
「うーん、そうだなあ……」
井浦がにやにやしながら、僕の方を見てくる。
そこにはからかいの雰囲気はあっても、じゃれ合う程度のこそばゆしさしかない。
「控えめに言って、超幸せかな」
「だよな。だと思った」
僕が恥ずかし気もなくそう言えば、井浦は笑って頷いてくれる。
貴重な惚気られる相手が井浦しかいないので、なんだかんだ僕は彼にも助けられている。
だから白目の一つや二つ程度じゃ、僕が井浦から離れることはないというわけだ。
「待てよ? 逆転の発想で、俺も彼女つくって、その子を幼馴染にすればいいのでは?」
「井浦、その逆転の発想、なんか怖いよ」
くだらない話をしていると、あっという間に時間は過ぎていく。
午後の授業が終われば放課後だ。
そうすればさゆりに会える。
僕は窓の外を泳ぐ、白い夏雲を見ながら、大好きな幼馴染で恋人の顔を思い浮かべるのだった。