三人
実は、物語など存在しないのである。
というのも、かれこれ異世界が誕生して二千年後の話。宇宙は小さな粒から広大に広がり、熱を分散させ、ようやく惑星らしきものを産んだばかりだった。普通に定義される宇宙より成長が多少早く惑星が生まれている理由は、ここがその普通の宇宙より誕生した二次的な宇宙であるからである。そしてここに物語などない。まだ世界があるだけだ。
だが、神さまはいたようで、ここに三人の人間を召喚した。
そのうちの一人が、のちに詠嘆のエクレツェアと呼ばれる、よしきである。
よしきは優しかった。
いや、今でも優しいのだが、異世界に来る前はもっと優しかった。彼は、その優しさのあまりに、異世界に来る前は自分の世界を救っているのだ。
彼が異世界に来るきっかけとなったのはもちろん神のみわざなのだが、その経緯は散歩の途中に迷い込んだとか、扉を開けたら異世界だったとか、そんなものではない。世界を救う最後の最後で、爆発とともに異世界へと飛んできたのだ。
彼は始め、死んだのかと誤解していた。大爆発の先に、まだ人生が続いているとは思っていなかった。
だが、気づけは辺りには広大な草原が広がり、川が流れ、自分はなぜか石の上にいて、その石は宙に浮いていて、真上というほど上ではない所に星々が天井のごとく輝いている。よしきは首を傾げながら辺りを見渡していた。
するとそのうちに、空が光る。
そしてまた、異世界に召喚された人間がいた。
それが、コーデル・フィオ・ワイス。
彼は、ここに来る前、ちょうど自らの世界を滅ぼしてきたところであった。とは言っても、わざとやったことではない。彼は幼馴染の女の子を救うために、父親の開発した現実改変装置を操作したのだ。しかし、その装置は、父親が研究の最中にコーデルの母を異世界の外に放り出してしまったのを、なんとか解決しようとした末に作ったものだった。
この装置がまた厄介で、完全ではないうちに操作すると、世界を簡単に消滅させるものだった。コーデルは装置の操作に巻き込まれながらも、世界と幼馴染を救うために奔走したが、結局のところ自らと一緒に世界は消滅。そして何の因果かこの異世界に転送されてきてしまったのだ。
もちろん、神のみわざである。
コーデルはよしきの隣に降り立った。石の上に尻餅をつくと、よしきには目もくれず辺りを見渡した。辺りが草原だと確認して、空に天井のように輝く星を見ると、ようやくよしきに挨拶をした。
「は、初めまして」
「あ、こんにちは」
よしきは黒髪の短髪で、コーデルは白髪のショートヘアだった。この黒髪とショートヘアはまさに言い分けるべき違いがあり、よしきの髪の毛は剛毛で、コーデルの髪の毛は剛毛というより鋭い、鋭毛と言うべきものだった。
互いの身長はほとんど変わらない。おそらく年齢も約18と似ている。だが、髪の毛や顔の質は似ていないものの、根本的な性格の質はどこか似ていると、互いに直感していた。
コーデルが尋ねる。
「ねえ君。僕と同じくらいの歳の女の子を見なかったかい? 探しているんだけど」
「しらないねぇ」
よしきは答えた。
「今会ったばかりじゃないか。それに、俺だって、ここがどこなのか聞きたい、他にも知りたいことがある」
「何が知りたいんだ」コーデルは石に両手をついて尋ねた。
「まず、俺は世界を救えたのか?」
「しらないなぁ」
互いのことをまるで知らないまま、二人の思考を困惑が埋めていくようだった。
そのうち、草原が風になびき、天井のようだった星が少しせり上がった気がしたころ。
どうやら、大地が面積を徐々に広げているようで、よしきはコーデルの後ろに今までなかった木を見つけた。そして疑問に思う。
「あれ、あの木あったっけ?」
「どうしたんだ?」
コーデルは振り返り尋ねる。
木は一本だけ生えていた。草原に突き刺さる幹が、空の星の光にくっきり照らされている。木の葉は草原とともに風になびいていた。
だが、それだけだ。
コーデルは言った。
「ただの木だろう。気づかなかっただけだ」
「違う。そこじゃない」
よしきは首を振る。「だって、僕の視力であの木があんなにくっきり見えるなんてありえないんだよ。裸眼視力は0.05切ってるんだから」
コーデルは首をかしげる。
「裸眼視力ってのは知ってるけど、0・05ってのは何だい?」
彼にはよしきの言う視力を図る数値が理解できていなかった。それもそのはず、彼らは別々の世界から一つの世界に飛ばされてきた存在で、共通するものといえば人らしい見た目だけ。本当であれば言葉が通じていることすらおかしいのだ、
よしきはすぐに気付いた。
「あれ、だったらなんで言葉が通じているんだ?」
すると、風に草原がなびき、また星が光る。少し天井のような空がまた上にせり上がり、宇宙の紺色がより深くなったようだった。
そして三人目の異世界人がこの世界を訪れる。
「よばれてとびでてじゃじゃじゃじゃじゃあああん!」
彼の名は、リレイザ・マルコヴィール。元いた世界では小説家を目指して日々文章を書いていた。しかし、生粋の駄文使いと称されるほどその文体には人気が出ず、世界有数の占い師からは『小説家になるのはやめなさい』と何度も念を押されたほどだった。だが、彼はそれに従わず、挫折の日々であらゆることに巻き込まれ、ついにはこの世界に召喚されることとなった。
彼は、異世界を題材に物語を書いていただけはあり、よしきとコーデルの間に尻餅をつくまでの一瞬で、ことの事情を把握したようだ。
「いてててててて、さて、我々は新世界に突入したようださね」
マルコはお城をさすりながら立ち上がった。
「みよ、この広大な草原を。大地は今広がっている最中。空は今空に持ち上がっている途中。そして、住人は今集まっている、まさに珍道中……僕たちの生きる世界は、きっと明るいぞ、さねさね」
よしきはマルコの服を引っ張る。彼は黒いマントを羽織ったスーツ姿だったのだ。「いったい、どこから来たらこんな格好になるんだ」
コーデルは自分の服を引っ張ってよしきに見せた。白い紳士服だ。
「みてよ、僕の服だってツッコミに値すると思うけど、先に僕のことから話さないかな? 探している女の子がいるんだって」
マルコは空を見上げながら言った。
「きにすることはない。まだ、物語は始まったばかり。いや、作られてすらいないのかもしれない」
よしきとコーデルには、マルコの言う意味がわかっていなかった。
ただ、この物語は唐突に始まった行き当たりばったりなものではなく、神のみわざにより計画的に行われているものだと、彼らは数時間後に気づくことになる。
そのヒントは共通点。何一つ共通点のない彼らだが、一つだけ、ここに集められる理由があるのだ。
それは、彼らが三人とも、終末定理であるということである。