#1 夢の世界
三日に一回くらいだろうか、俺たちは、不思議な夢をみる――ことになっている。
――目が覚めると、なぜか俺は砂浜に立って綺麗な海を見つめていた。誰もいない砂浜に、俺だけが一人突っ立って、海をただ見つめている。カモメは鳴いていないし、風も吹いていない。それなのに波音だけが聴こえるのだから、変な場所である。俺は一通りあたりを見回してからため息を一つつくと、またか、と呟いた。
そう、これが『不思議な夢』、である。完全に不定期で、何の前触れもなく、平均して三日に一回くらいのペースで、俺はこの場所に飛ばされている。しばらくここで過ごすと何事もなかったように元の場所――いつもの俺の部屋の俺のベッドで目が覚めていて、記憶以外何も持ち帰れないところを見ると、どうやら移動しているのは頭の中だけの話のようである。これが俺たちが『夢』と表現している理由だ。
「あ、Y。来てたんだ」
俺は、聞き覚えのある声に振り向く。先ほどまではいなかった、パジャマ姿の女の子――Sがこちらに近付いてくる。
「よう。今来たの?」
「ううん。さっきまで変な家の中にいた」
Sは俺の隣まで来ると、深呼吸をした。
「こっちの空気はおいしいね」
「そうかな」
「うん。あたのし住んでるとこに比べたらね」
そう言って、Sは砂浜にドサッと座り込む。俺もそのまま砂浜に腰を下ろした。
さっきから俺たちという言い方をしていたが、そう、俺たちは合計六人で同じ夢を見ている――と言っても、毎回六人同時に夢を見ているとは限らず、大抵三、四人が代わる代わるこの夢を見る。誰か一人の時もあるし、皆が集まる時もあるのだ。最初はみんなで規則性を見つけようとしたのだが、どうやらこれに関しては完全にランダムなようで、夢を見る六人に関しても、何の共通点、規則性も見受けられなかった。言うまでもないが、隣に座っているSもそのうちの一人である。
例えるなら、一つのオンラインゲームに、六人のメンバーがランダムにログインしている感じ。
意味不明だと思うが、それは俺も同じだ。流石に半年もこれが続いては慣れざるを得ないが。
「ねえ、今日は他には誰も来てないの?」
「さあな。俺は今来たばかりだから分からん」
この砂浜周辺という事以外、どこに飛ばされるかは決まっていない。俺みたいに砂浜に飛ばされることもあれば、Sのように周辺の建物内に飛ばされることもある。この世界がどこまで広がっているのかは知らないが(探索しようとしたことはあったが、やがて時間がきて順に目が覚めてしまうから無駄だった)、必ず近くには飛ばされているみたいである。この場所が現実世界に存在すれば、調査してもう少しこの夢について解明することはできるのだろうが、生憎住所の類が表示されているものは何も存在せず、ここがどこかを伺い知ることは不可能だ。
そして、この世界の建物、風景には、俺を含めたみんなは若干以上の違和感を覚えている。具体的にどうこうという説明はできないのだけど、何かこう、現実のものとは決定的に違う気がしてならないのだ。まあ夢だから当然と言えば当然なのかもしれないが、とにかくここが現実世界にあると思っている人は、今のところ一人もいない。
……とまあ、少し説明がくどかったかもしれないが、そんな不思議な夢を、俺たちは見ている。最初は驚いたが、今はそれぞれ慣れてしまい、困った習慣くらいにしか思っていない――はずだ。少なくとも俺はそんな認識である。集まった人たちで世間話をしているのもそれなりに楽しいし、普段の日常では関わらないような人と関わることができているのは、割と嬉しかったりする。俺は陰気な方ではないのだ。
「Yはさあ、彼女とかいるの?」
「いきなり突っ込んでくるじゃねえか。いたらなんだっていうんだ?」
「いないんだね」
「メンタリストかお前は。いねえよ。その通りだよ」
「ふふ、遅れてるねー」
「は? お前彼氏なんていんの? その年で?」
「いたらなんだっていうんだ?」
「真似すんじゃねえよ。てかいないのかよ」
「彼氏はいないけど、気になってる人はいるよ」
「気になってる人ねー。小学生らしくていいな」
「馬鹿にしないでくれる? 感じ悪ッ」
小学生と恋バナをすると言うのも、なかなか新鮮だ。いや、別に俺はロリコンじゃないけど、こんなこと、家庭教師のアルバイトでもしない限り無理だろう。
ちなみに、俺たちがYはSと呼び合っているのは、お互いに現実世界での干渉は避けようという配慮からである。これは二人に限った話ではなく、ここに来る六人全員のルールとなっている。別に俺は現実世界で干渉してもいいんだけど、まあ何か犯罪に巻き込まれるのも嫌だし、一応異常事態であるこの世界に現実を持ち込むのは危険だと言う大人たちからの意見からだったので、特に否定もしなかった。
「ねね、暇だから今日も行けるところまで行ってみようよ」
「えー、嫌だよどうせ途中で目ぇ覚めるし」
「何か新しい発見があるかもしんないじゃん!」
「もう散々探しただろ。もうお手上げだ」
「何それ。感じ悪ッ」
小学生にありがちな、流行りの言葉だろうか。そのセリフ自体が一番感じが悪い。
しかし実際、もうこの世界に関してはやりつくした感は否めない。夢を見始めた頃は、大人も一緒になってそれなりに探索紛いの事もしたし、現実でもネットや書籍を駆使して調べてはみたのだ。しかしこんな事例は一切見つからなかったし、類似したものも一切なし。何か悪い影響が出ている訳ではないのだから、もう放っておこうというのがみんなの判断だ。俺もそれがベストだと思っている。
「やっぱり年寄りたちは探求心がないんだよね、結局」
「年寄り扱いすんな。まだ高……」
「そこまでだY君。これ以上喋ると、君を追放しなくちゃいけなくなる」
突然、俺の言葉を遮る。驚いて声の方を振り向くと、Tさんが怖い顔でこちらを睨んでいた。
「言ったはずだよ。年齢を明かすことは許されない」
「す、すみません……」
なおも怖い顔を向けてくるTさんの視線に耐えられずに、俺は再び視線を海に戻す。
Tさんは、頼りない感じの中年男性だ。年齢が分からないので確かなことは言えないが、おそらく六人の中では最年長者だろう。だいたいこの人が率先してルールを取り決めることになっているゆえに取り締まりも厳しく、少しでも破ろうものなら今のように怖い顔で睨んでくる。
悪い人ではないんだけどね。
ってかいつからそこにいたんだろう。
「やあSちゃん。こんにちは」
「こんにちはTさん。今日も厳しいね」
なんつー挨拶だ。感じの悪さが爆発している。
「はは、ごめんごめん。でも大切なことだよ、ルールを守るのは」
「そうですか? 私は別にYの年齢を聞いても、何の問題もありませんけど」
「そうとは限らない。問題があってからでは遅いんだ。それを防ぐためのルールなんだから、しっかり守ってくれなきゃ困るよ」
「ふーん、そうですかー」
「す、すみません。気を付けます」
「うん、わかればいいんだよ」
Sのあまりの感じの悪さに、なぜかフォローを入れてやる俺である。やれやれ。
それでもTさんは、俺たちと一緒に砂浜に座ろうとはしなかった。後ろに立って、しかし一緒に海を見つめている。この人は何を考えているのか分からない節があるので、お世辞にもとっつきやすい性格とは言えない。今もTさんが来てから、微妙な空気になってしまった。
まあ俺のせいではあるんだけど。
――それから、しばらくそうしているうちに、俺の意識は自室のベッドの上に戻っていた。
寝る瞬間を覚えていないのと同様に、夢から現実に戻る瞬間も認識できない。気が付けば夢の世界にいて、そして気が付けば現実世界に戻っている。砂浜に座っていたはずなのに、ケツが砂で汚れていたりすることはない。全ての記憶を失う訳じゃあないけど、夢の世界の出来事を全て鮮明に覚えている訳でもない。この夢は、そういう曖昧なものである。
俺は上体を起こして、頭をポリポリとかいた、
そして、パラパラと落ちてくる砂の感触に、戦慄する。