09
四人は暗い場所に固まって、動かずにいた。
田所が小さい声で言った。
「(飯塚、さっきの中林という奴はヤバい。まったく躊躇せずに引き金を引いたぞ)」
「(ああ、一番気をつけなきゃならない男だな)」
「(じゃ、なんであの時、僕を中林に対して突き飛ばしたんだよ。僕が殺されたらどうするつもりだったんだ)」
「(俺と田所は同級生だが、お前は他人だからな。こっちが助かるために使わせてもらった)」
「(それはマジでいってるのかい? それなら僕にも考えがあるよ)」
和泉の声は途中から裏返っていた。
「(冗談に決まっているだろう。本気にするな。しかし、銃を持っているのは厄介だ)」
「(けど音からして、小さな口径のリボルバーだ。至近距離で撃たれれば死ぬだろうが、そんなに恐れることはない)」
「(じゃあ、やっぱり中林対策はお前にやってもらおう)」
「(な、なにを……)」
「(しっ!)」
と來山直人が初めて口を開いた。
「(誰かくる)」
四人に緊張感が漂う。息の音すら気になってしまい、各自、自らの鼻口を手で覆った。
「……」
しばらくすると、足音が遠ざかり、聞こえなくたった。
「(外を見てみろ)」
飯塚の声に、田所が立ち上がり、カーテンをそっと動かし外を見た。
いくつかの集団が、明かりを動かしながら歩き回っている。
「(まだ近くにいる)」
「(まさかまだ病院の中にいるとは思っていなかったようだな。しかし、外を探しても見つからなければ、連中が戻ってくる可能性は高い。もう少ししたら、さらにその裏をかいて外に出よう)」
「(あの…… あなたたちは)」
「(ああ、初めまして。顔、よく見えないだろうけど、俺は田所武」
飯塚と和泉が、順に自己紹介する。軽く会釈をしていた來山が、最後に挨拶する。
「(僕は來山直人です。訳あってさっきの部屋に軟禁されてました)」
「(俺は君のお姉さんに頼まれてここにいる。君をこの施設から脱出させるために)」
「(姉貴が?)」
「(見えるかい? 君のお姉さんはこんなものまで用意して)」
と田所が首の懐中時計型の時限爆弾を指さした。
「(なんだか分からないだろう? 時限爆弾だよ。首で直に爆発すれば、神経は切れ、大量の血が噴き出て死ぬ)」
「(あの臆病な姉貴が、そんなことを)」
「(かわいい弟の為に頑張ってるんだろうな)」
田所はスマフォで時間を見る。
「(おっと、そうだった。俺にはあまり時間がない。直人くん。ここから外にいる連中の目につかないように外を出るルートはない?)」
「(貨物エレベータを使って地下に降りて、地下から車用のスロープを使って出れば……)」
「(よし、それで行こう)」
飯塚が決断する。
部屋の扉を小さく開け、廊下に誰もいないことを確認すると、姿勢を低くして廊下に出る。
來山に確認した通り、奥の荷物用エレベータまで、全員が素早く移動する。
荷物用エレベータが到着する音が、意外に大きく聞こえて全員が廊下を凝視する。
「(だ、大丈夫)」
荷物用エレベータに乗り込むと、地下一階を指定する。
このエレベータの音を不信に思わなければいいのだが、と全員が祈るような気持ちでエレベータの扉を見つめる。
地下一階に着くと、扉が開く。
四人はそれぞれ扉の端のスペースに背中を付けて隠れる。
エレベータの外は使っていないのか、他のフロアよりずっと暗かった。避難誘導灯すらも、故障しかかって、点滅していた。
「(いない…… よな)」
そう言う田所は『開』ボタンを震えるほど力を入れ、押し続けている。
「(よし。出よう)」
飯塚の号令で全員がエレベータの外に出る。扉が閉まると、さらに周囲が暗くなって、何も見えない。
「(スマフォの明かり、使っても平気だと思う?)」
田所が恐る恐る他の者の意見を聞く。しかし、誰からも答えがない。
「(ここでゾンビが出たらやばいな)」
「(飯塚、そんなこと言うなよ)」
「(リーダーたるもの、常に最悪のことを考えておかないと)」
「(あっ……)」
來山の『言うの忘れてました』と言わんばかりの『あっ』に、他の三人の足が止まる。
「(何、何か言い忘れてた、とか?)」
和泉が飯塚や田所に体を寄せてくる。
「(嫌な予感がする)」
「(気持ち悪いから体を密着させるなよ。で、直人くん、何を言い忘れて)」
「(飯塚、ちょっとまて)」
田所がスマフォのライトをつけた。
暗い廊下の中に四人の姿が浮かび上がる。
「四人?」
田所が言った。
田所は、相手の写真をとるような恰好で、縦にスマフォを構えている。ライトは自身の反対側に当たる。それなのに、一、ニ、三…… 四人の影が壁に映っている。
「おいっ!」
飯塚、和泉、來山が左右を見渡しながら、互いの顔を確かめる。
「こ、こっ、こっ……」
隣の何かに気付いた和泉が、口を開けたまま、飯塚の方を振り返る。
「ここにゾンビがっ!」
田所がライトを当てると、血だらけで開いた口が見えた。歯を隠している鼻の下などの唇がかじられたように無く、歯がむき出しになっている。このゾンビもやはり胸が赤黒くえぐれていた。
「離れろっ!」
飯塚が和泉越しに蹴りだすと、腰から「く」の字に曲がってゾンビが吹き飛んだ。
スマフォのライトが、その倒れたゾンビに向けられる。
「……ちょっと、ヤバいぞ」
ヤバい、というのも、倒れたゾンビの後ろに足が見えていた。その足をずっと上に追うと、うっすらと胸が抉れた人物であることが分かる。
その上、足は奥へといくつも重なっている。
ゾンビは複数、いや大量にこのフロアにいることが確実だった。
カチャカチャカチャ、と非常に短い間隔で、耳障りなぐらいブラスチックのボタンを押す音が聞こえてくる。
「やばい。エ、エレベータが降りてこない」
和泉がエレベータ呼び出しボタンを押すが、貨物用エレベータの動く気配はなかった。
「直人っ、どこから出られる?」
怒ったように飯塚が言うと、田所は発言に合わせたように來山にライトを当てる。
パッと、方向を指さすと、その方向にスマフォのライトが向けられる。
「その扉」
「急ぐぞっ!」
ガタガタと揺れるライトの光、運動量以上に荒く繰り返される呼吸音。
ゾンビは心臓が動かない分、動きが鈍い。おそらく普通に歩いてもアドバンテージを得ることが出来る。だが、四人とも歩くような心境ではなかった。
「おい、この扉でいいんだな?」
扉のノブに手をかけた飯塚が、確認する。
「……」
「なんだよ、やばいのかよ、どっちなんだよ?」
切れかかる飯塚に、田所がすぐに反応する。
「よし、それなら扉を少し開けて、スマフォだけ出して、先の様子を見てみよう」
「……」
和泉は無言で背後を確認する。まだゾンビたちにつかまるほどの距離ではない。
田所がスマフォをカメラのモードにして扉の先に出し、確認する。
「いない…… よな」
スマフォの光では確認出来ないところがたくさんあったが、確かにこの先は広がっていて、駐車場のように見える。
「ここを進むしかない」
飯塚が決断する。
後ろを見ていた和泉が何かに気付く。
「あっ、やっぱり、こっちの部屋霊安室だ」
「気味悪いことに気が付くなよ!」
飯塚はそう言いながら、扉を開けて駐車場側に出る。続いて田所、來山、和泉と出る。
「何かその扉を押さえるもの無いか?」
いくら動きが遅くても、ゾンビがそこらじゅうを歩きだしたら安心して逃げられない。
四人があたりを見回すが、押さえられそうな重いものやロープのようなものはみつからない。
「こんなことしていると、追い付かれちゃう。とにかくこっちが有利だ。先に見つければ逃げることは訳ない。行こう」
そう田所が言った。そして付け加えた。
「それにこの扉が開いてるのに、どうしてゾンビ達がずっと外にでていないかったのか。もしかしたら、扉を開ける筋力もないのかも」
確かにその扉のクローザーはバネの力が強く、田所の説を裏付けるに十分だった。
「直人この先の道案内を!」
飯塚が決断すると、來山は無言で方向を指差した。
スマフォの明かりが、その方向を照らすが、暗く広がる空間があるだけで、その先に出口があるように思えなかった。
「……」
全員が立ち尽くしていると、出てきたドアに何かがぶつかる音がした。
「行こう!」
建物の構造を知っている、知っていると思われる者は來山しかいないのだ。三人は腹を括って歩き始めた。




