07
牧場をトラクターでショートカットし、三人は集会場になっている建物があるエリアに入った。
「これ…… 病院だ」
「ああ、そうか記憶がある。このあたりにあった。療養所と病院が」
「……」
和泉は何を言っているのか分からないようだった。田所と飯塚はここが地元で、共通の記憶として、過去にあった建物を覚えていたのだ。
「昔、ここにサナトリウムがあったんですよ」
「病院の正面玄関の大きな車回しもそのままだ」
飯塚がそう言った。
ここが病院だったとして、病院の建物を使って宗教団体が何をしようとしているのだろう。田所はそう思った。
「ここに入ろう」
車回しがある大きな建物を指さして、和泉が言った。
「根拠は?」
「オリエンテーションで僕がこの施設に連れてこられた時、バスに乗っていた連中はみんなこの建物に入っていった。だからこの建物が怪しい」
田所はそれだけの理由か、と思い、飯塚の方を向いてそれとなく意見を引き出そうとした。
「飯塚はどう思う?」
「(しっ)」
そう言って飯塚が、低木に隠れるように手で合図した。
三人はその場でしゃがみ込み、低木の影に隠れた。
「(何があったんだよ)」
「(それみろよ)」
担架が二つ運ばれてきている。ところどころ灯りに照らされて、すこしずつ状況が分かってくる。
白装束の男が、前後に一人つづ立ち、担架の二本の棒を持って歩いている。
どちらも、担架に乗っている病人は麻の袋を被せられていて、体もベルトで担架に固定されていた。
「(あっ、足っ) モゴモゴ」
麻袋から出ている足の方に気付くと、田所が焦って大きな声を出しそうになる。そこを飯塚が手で口を押さえた。
そして田所の視線に気付いて、うなずく。
「(ああ、おそらくあいつらだ)」
担架が建物に運び込まれると、飯塚が和泉に詰め寄った。
「お前が『連れていかれるのを見た』って言ったよな。なんで今、運ばれてきている? 俺たちが林を抜けて坂を上っている間に、抜かしたとでもいうのか?」
飯塚の形相に、驚いたように和泉は両手を上げる。
「そんなこと聞かれても、分からないよ。僕が見たのは……」
和泉が話し出す。
確かに白装束の男が、ヘルメットを被った白衣の男二人を連れていたが、その白装束の連中はいずれも胸に大きな傷があったそうだ。
「歩くスピードは、確かにゆっくりだった」
宗教施設を抜け出たばかりで、再びつかまりたくない和泉はその連中に見つかりたくない為に、大きく迂回することを決断した。
その白装束の連中に不自然な感じがしたそうだ。
「胸のあたりが真っ黒、いや赤いのかな? その赤い胸は、何か、えぐれているように見えた」
和泉の話に、田所が突っ込む。
「それじゃ、まるでバスにいた死体じゃないか。死体が動くわけないだろ」
飯塚が和泉を睨みつける。和泉は視線をそらしながら言う。
「……け、けど。そういう風にみえた」
飯塚が和泉に掴みかかる。
「バスの中の乗員は全員死亡を確認している。俺たちでな!」
「飯塚、静かに」
「さっき運ばれて行った隊員に聞いて確かめればわかる。さあ、この建物に入るぞ」
飯塚と和泉が建物の方に動き出す。しかし、田所は動かない。
「俺は…… もう少し辺りを探して、例の『弟』の手がかりを見つけたい」
「手がかりはないんだろ。とりあえず、今見た奴が優先だ」
飯塚は手で『来い』と言わんばかりに合図する。
「……」
担架が運ばれて行ったところを、三人は追うように入った。
建物内の明かりは最小限に抑えられていて、薄暗かった。
ナースステーションのようなカウンターで囲まれたあたりが唯一、明るかったが、人影はない。
三人はそのカウンターの真下を体を屈めて通り過ぎる。
「(こっちでいいのか?)」
飯塚が言う。
「(さっきの建物の案内図で見る限り、救急処置室はこっちだ)」
「(けど、今は病院じゃない)」
「(じゃあ、どこに運び込んだって言うんだ)」
「……」
飯塚はさっさと先に進む。そして、『救急処置室』と書かれた辺りに近づき、三人は聞き耳を立てる。
『完全に心停止してる』
中から声がする。さっきの救急隊員を処置をしているのだとしたら…… 田所は、それとなく飯塚の様子を見る。
『瞳孔の反応もないな』
測定している機械の音が、廊下にも響く。
飯塚は強く口を結んでいる。田所はが小声で言う。
「(まだ中にいるのが隊員とは限らないだろ)」
飯塚はうつむいたまま反応しない。
『傷は?』
『外傷はすべて塞がっている。それより感染の確認は出来たか?』
『今やっている』
田所が扉をスライドさせて、隙間から中を覗こうとする。
『再度、結束ベルトの確認を。陽性だったら、そろそろだぞ』
飯塚が田所のところへ近づき、同じ隙間から中の様子を確認する。
太位無教の白装束の上から、ドクターコートを羽織っている連中が、二人。運び込んできた連中が、サポートをしているのか、辺りを動き回っている。
治療台から見える足元から、飯塚には隊員の二人であることが分かる。
死んだ、という事実に、手で目を押さえる飯塚。
「てめぇら、よくも!」
そう言ったかと思うと、飯塚が処置室の扉を開けてしまう。
「二人とも陽性です」
同時に、処置室の全員が飯塚、田所の方を振り返る。
「なんだお前らは!」
「その二人を返してもらう」
「それより、早くしないと!」
『陽性』と告げたドクターコートを羽織っている一人はそう言って、隊員の処置を続けようとする。
他の白装束の男たちは、処置台と二人の間に並び、壁のように遮った。
「お前らはなんだ。ここに勝手に出入りしてはいかん」
和泉だけ扉の横に隠れている。
「そいつらは、俺の知り合いだ。返してもらう」
飯塚が言う。
「ダメだ。ここは立ち入り禁止だと……」
「!」
処置台にいた、救急隊員の上体が紐で引っ張ったように起き上がる。
「む、胸が抉れてる…… バスの死体と同じだ」
白装束の連中の隙間から救急隊員を見た田所がそう言った。
ドクターコートの男が、壁を作っている白装束の男に言う。
「ダメだ、覚醒した。銃を持ってこい」
「銃?」
そう言って振り返った白装束に向かって、飯塚が殴りかかった。
「何しやがる」
「危険だ、お前たちはさっさとここから出て行け」
田所は飯塚よりも、処置台の上で起き上がった隊員に目を奪われていた。
「死体が…… 動いている」
田所は考える。ゾンビか何かなのだろうか? この死体が動いている理由って……
「おい、武お前も手伝え」
「飯塚、そんなことより、ちゃんと前を見ろ。死体が動き出してる」
「俺の仲間を死体呼ばわり……」
ヘルメットはなかったが、救急隊員の二人に違いなかった。
ホラー映画のゾンビさながらの、濃い紫色をした肌。動く死体、まさにその表現がぴったりくる姿をしていた。
田所は白装束の男の服を引っ張って、問う。
「おい、なんで死体が動いているんだ。さっきの『感染』とか『陽性』ってなんのことだ?」
「教祖様の力だ」
「えっ……」
「教祖様のお力で、死者に命が吹き込まれたのだ」
駄目だ…… 田所は思った。
「けど、さっき『感染』って言ってたじゃないか」
「教祖様のお力だ」
信者にいくら話を聞こうとしても正確な答えが返ってくるわけがなかった。本当の聞くのなら、いち早く『銃を用意しろ』と言ったドクターコートを着た連中に聞くべきだ。
と、田所は白装束の男の後ろに立つ影を見て、後ずさった。
そこには『元』救急隊員が立っていた。
「うぅっ!」
そんな、声にならない声を発し『救急隊員』だった男は白装束の男を両手で捕まえると、そのまま体を預けるようにして圧し掛かった。
倒れた白装束の男に馬乗りになり、胸に噛みつく。
「うわぁーーー」
その光景と、叫び声に足がすくんでいると、血しぶきが田所に吹き上がる。
顔や着ている白装束が、真っ赤に染まっていく。
「教祖様、お助けくださ…… おたす……」
「一人感染したぞ。早く銃を持ってこい」
感染…… 隔離…… 動く死体が生きた人間に噛みついてくる、だと……
「武! 見てないで、逃げろ!」
田所は混乱しながらも、飯塚の声に反応してその場を離れた。




