03
田所と飯塚は、田所の冷凍トラックに乗って、上九兎村役場へと向かった。
役場の明かりはすっかり消えていた。飯塚を消防署の前で下すと、田所は役場の倉庫の方へ車を回した。
外灯にぼんやりと倉庫の入り口が見えていた。
薄気味悪い、という表現がぴったりするような雰囲気に、田所は足がすくんだ。
「出るんだよ」
声に全身がぶるっと震えた。田所が振り向くと、そこには飯塚がいた。
「なにが『出るんだ』よ」
「これだよ」
飯塚は手首をだらりとたらして、胸の前に構えた。幽霊が出る、ということのようだった。
「ゆうれい?」
「知らん。何かが出るんだそうだ。俺は見たことないがな」
飯塚は手を腰に当てて、胸を張った。救急隊の恰好ではあるが、全身についた鍛え上げられた筋肉があることは伝わってきた。
田所はその胸を張ったポーズを見て思い出す。高校のころから、ライフセーバーの誰だかにあこがれて鍛えまくっていたのだ。『脳筋』と表現するにぴったりの男だった。
「いいから開けてくれ。時間がないんだろ」
「おう」
倉庫は真っ暗で、そとの扉以上に気味が悪かったが、明かりがついたとたんにそんな雰囲気は吹き飛んでしまった。
「あったあった。これだな?」
「それそれ。ほら、俺が持つから」
飯塚がパンパンに膨れた手提げ袋をひょいひょいと持ち上げる。
一つを軽い感じで田所に投げ渡す。田所は受け取ったものの、よろけてしまった。
「重くないのか?」
「鍛えているからなっ!」
倉庫を閉じて、トラックに積み込むと大坂へ戻った。
バックで緊急待避所の空き地にトラックを止めたが、何か様子がおかしかった。
「飯塚、何か変だ」
「パトカーもあるし、救急車もある。バスも変わってない……」
田所も、実際のところ、何がおかしいのか明確にわかっていなかった。ただの勘だった。
パトカーの影から、天野が顔を出したのを見て、田所は救急車のハッチを開ける。
「誰かいますか?」
田所が倒れて寝ていた時に話していた隊員がいなかった。正面に回って運転席にも誰も座っていない。
「天野っ」
飯塚に肩をつつかれる。
「馬鹿、そういう呼び方すると、あいつ怒るぞ」
「えっ?」
『天野っ!』と呼びかける言い方は、高校の時のそれだった。コンプレックスの強い天野を怒らせてしまったかもしれない、と田所は口を手で押さえた。
そして救急車の影から、そっと覗き込んで確認する。
「天野さん、ちょっとおたずねしたいことが」
「なんだ」
天野が救急車の方に近づいてくると、田所は言った。
「救急隊員の残り二人はどこに行った?」
「しらん」
「知らん、ってお前っ……」
つっかりそうになるところを、飯塚の怪力で引き戻される。
「ご存じありませんか?」
「バスの中に入ってるかな?」
「なんで」
「しらん」
「おまえっ……」
また飯塚に引き戻される。田所も慌てて口に手を当てる。
「バスの中を確認してくれ」
「してくれ?」
「バスの中を見てきてくれませんか?」
田所が入ったらまた倒れてしまう。飯塚と天野の二人が緊急避難所の坂を上って、バスの中に入る。
そして、ゆっくりと戻ってくる。
天野が言った。
「いない」
「行方不明ってことか……」
「いや、隊員は心配ない。おおかた、小便でもいってるんだろう。それより」
飯塚は楽観的だった。
「それより死体が減っていることが問題だ」
「えっ? なんだって?」
「死体を盗まれた」
「警察官がいたのに?」
飯塚にどつかれる。
「……くっ」
天野はそう言って、拳を握り込んだ。田所が慌てて手を振って、訂正する。
「今のなし、今のなし……」
言いながら、どう話すかを考える。
「何人いなくなっている?」
「二十四名の死者が、二十名だから、四名が持ち去られた」
「けど、四名も運ぶとなると、相当大変だと思うんだが……」
田所は首をひねってから、言った。
「飯塚、隊員なら四名ぐらい運び出せる?」
「そうは言っても、どこに運び出す? 職務規定違反だし、メリットがなきゃ、わざわざそんなことをするもんか」
その通りだった。なぜ、死体が無くなったか。救急車を残して隊員はどこへ行ったのか。疑問は増すばかりだった。
「?」
と、その時、田所が何かに気付いた。
天野と飯塚が田所が見ている大坂の方に振り返ると、歩道側を数名の男たちが下って来ていた。
その男たちは、バスの乗客、というかバスの中の死体と同様に、白装束を着ていた。
「あれは、太位無教の連中だな」
「飯塚、何か知ってるのか?」
「連中の宗教施設から何度も通報があって、救急車で行くんだが、入れてくれないんだ。『何事も無かった』とか『そんな者はいない』ってな」
田所はさっき救急隊員から聞いた話だ、と思った。
「こっち見てねぇか?」
「……」
天野が何かを感じたように緊急待避所の入り口の方へ進んでいった。
「飯塚、連中がこっちに来るとして、なんだと思う?」
「知らねぇよ。奴らとは関わりたくない。けど、このバスは連中のバスだろうから、事故原因とかを聞きにきたのかもな」
二人はバスの横に描かれたつり目の白黒ウサギを見た。
白装束の連中は歩道から緊急待避所の方へと渡ってやってくる。
警察官である天野が規制線の代わりに前にでて入ってくるのを止めようとする。
「ここから先は立ち入り禁止だ。事故の調査を行っている」
天野の前に白装束の男が五人、真横に並んだ。天野の正面に立った真ん中の男は同じぐらいの背丈だったが、そのほかの連中は頭ひとつ大きい。
「その車は、我々のバスなんだが」
「どうやらそのようですが、現在調査中なのでお引取りください」
「持ち主は我々教団だといっている。なぜ調べられない。バスが無いとこまる」
「不自然な状況で、死者も出ています。警察の検証が終わるまでは」
真ん中の男が左右を見回す。
「検証をしている様子はないですが、いつ終わるんですか?」
「それは……」
天野が答えに詰まっていた。
「飯塚、そういやなんで警察は天野しかきてないんだ?」
「豪雨で来れないんだろう?」
「北山市側から来りゃいいだろう」
「北山市は隣の県だ。警察って県ごとに組織が違って、連携取れねぇって、知らねぇの?」
白装束を着た五人の、真ん中の男が、天野を避けて強引にバスへ進もうとする。
「こらっ、公務執行妨害だぞ」
「だから、君たちは検証と言っても何もしていないだろう」
「検証が終わるまでは立ち入り禁止だ」
「規制線もない。どこから立入禁止だ?」
白装束の男は天野を睨みつけた。
「警察の方」
別の声がした。
その声がすると、白装束の連中がパッと左右に分かれて頭を下げた。
「……」
連中と同じような白装束で、髪は坊主刈り、両手に肌色の、指にぴったりするような手袋をはめている。
「中林様」
天野に食って掛かっていた男も、そう言ってその場で片膝をついて、頭を下げた。
中林と呼ばれた男が、天野の方へ近づいていく。
膝をついていた男の頭を、片手で鷲掴みにして、グイっと下げた。
「うちのものが失礼をしました」
天野が少し引き気味に頭を下げた。
「このバスは我々教団のものです。信徒も含めて引き取りにきました」
「さきほど、この方にも話したのですが、いまは事故の検証中でして」
中林は胸の前で自らの指を撫でている。手は、両方とも肌色をした薄手の手袋をしていた。
「これは事故ではない。車両故障による緊急退避です。事故としても検証を依頼してはおりません。したがって、検証をすみやかに中止してください」
「いや……」
田所は何故天野が車両の中の遺体のことを言わないのか、不思議だった。
「車の単独事故です。教団は警察の事故証明などいりませんから、検証をやめて車を引き渡していただきたい」
「中に死体があるんだぞ」
「死体?」
中林は表情一つ変えずに言った。
「すでに死亡届が提出されていると思いますが」
天野の両拳が握られ、ブルブルと体が震えだした。
「まずくないか……」
田所が言った時には、飯塚が素早く動いて天野の横に立っていた。
「お言葉ですが、ご遺体をバスで運ぶ為には死亡診断書か火葬埋葬許可証の携行が必要です。それらはお持ちですか?」
天野の拳が少し開いた。
「そ、そうです。そう言った書面が何もなければ死体遺棄目的の可能性で捜査を……」
飯塚が天野の口を押さえた。
「とにかく検証中です。お引き取りください」
中林の指が胸の前でガチっと交互に組み合わさり、メガネの奥の目が鋭くなった。
「書面はあるので、一度教会に戻って持ってきます。とにかくバスは返してもらいます」
軽く手で合図すると、他の五人もスッと、動きだし、歩道を上っていった。
「……」
田所が後ろから二人に声をかけた。
「なんなんだあいつら」
飯塚が振り返る。
「多分、バスごと死体を捨てようとしたんだろう。俺の推測だがな…… 武、ほら、早く遺体を病院まで運ぼう」




