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信者奪還  作者: ゆずさくら
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02




 八鼠(やそ)村は、上九兎(かみくう)村の隣にある、少なくて、大きな村だった。少ないのは人口や予算、税収で、大きいのは面積、それも人の住めない山などの事だ。それでも八鼠(やそ)村は、少し山を下ったところにあるおかげで、上九兎村よりは人口が多かった。

『十一時のニュースです。七猫(しちねこ)村に降った集中豪雨により、国道が通行止めとなっています。これは発達した低気圧が帯状になって集中的に雨をもたら……』

 その時、ガラステーブルの上に置いてあったスマフォが振動した。

飯塚(いいづか)(まこと)って…… なんだろう。こんな時間に」

 テレビを消して、スマフォの画面をスワイプする。

「もしもし、田所(たどころ)だけど」

『おう、(たけし)か。元気してた?』

 こいつは相変わらず馴れ馴れしい、と田所は思った。高校の二年の時、たまたま同じクラスになったことがある、というだけの知り合いだった。スマフォのアドレスも、飯塚が半ば勝手に登録したものが、機種変更時にも引き継がれたものだった。

「なんだよ、いきなり」

『ちょっと頼みがあるんだよ。お前、冷凍トラック乗ってるよな……』

 田所は、亡くなった父親から受け継いだ冷凍トラックを使って、フリーランスの配送業をやっていた。

「仕事の依頼?」

『ああ。上九兎村の大坂があるじゃないか。大橋に繋がる手前に大きな緊急待避所があるだろ? そこに来て欲しいんだ』

 飯塚は、とにかく早く来て欲しい。料金は確実に払う。ということを繰り返し田所に伝えた。田所が、何度も、積み荷は何か、という問いには答えなかった。

「積み荷が何かによる、って言ってるだろ」

『受けてくれ。受けてくれるなら、言ってもいい』

「筋が違うだろ?」

 田所はスマフォを耳から遠ざけ、スライドして切ろうかとした時、飯塚が言った。

『警察の依頼だぞ! 運べるのはお前しかいないんだから、とにかく来い』

 切りかけた指を止めて、もう一度、スマフォを耳に当てた。

「警察だって? ますます嫌な予感しかないんだが」

天野(あまの)って覚えているか? あいつ今、警察官やってるんだよ』

 天野も田所と高校二年の時に同じクラスになったことのある男だった。恨みを買うと、陰湿な仕返しをされることで有名だった。

『分かるよな。ここで断ると……』

 田所は警察という立場を利用されて仕返しをされたら、トラックドライバーである自身の仕事に支障が出てしまうと考えた。

「ああ、わかった行くから。待ってろ」

『やっぱり(たけし)はいい奴だよ』




 七猫(しちねこ)村は豪雨だったが、山の反対側である八鼠(やそ)村や上九兎(かみくう)村には小雨も降っていなかった。

 田所は自身の冷凍トラックに乗り込むと、大坂へ向かって走らせた。

 大橋を渡る途中で、緊急待避所にバスが溜まっているが見えた。

「……」

 緊急避難所の脇のスペースにトラックを止めると、警察官の天野(あまの)と救急隊員が近づいてきた。

「ごくろうさまです」

 天野は高校の時の印象のまま、警察官の服装を着たように見えた。

 トラックから降りると、救急隊員が言う。

(たけし)久しぶり」

「へ?」

「俺だよ」

 ヘルメットを外すと顔の印象が変わって、田所も思い出した。

「なんだ、飯塚か」

「ヘルメット被るご分からないかな? 今俺、救急隊員をやってるんだ」

「で、積み荷ってなんだよ」

「……」

 飯塚は黙ってバスを見上げた。

 天野も田所も、飯塚がそうしたようにバスを見上げた。

 バスの横には、目のつり上がった白/黒のパンダ・ウサギが描かれていた。

 しばらくの沈黙の後、天野が言った。

「死体だ。死んでいるのは確実なんだが、しかるべき病院で、検死をしなきゃいけない。だからこの冷凍トラックで運んで欲しいんだ」

「死体だって? 冗談じゃない。そういうのは運ばないんだ」

 田所に何かポリシーがあったわけではないが、普段鮮魚やら、たべるものを主に運んでいるトラックに、死体など縁起でもないものを乗せたくなかったのだ。

 踵を返して、トラックに乗り込もうとするところを、飯塚が手を広げて制止する。

「ちょまてよ」

 飯塚は、田所の影になって本人には見えないように、天野を指さした。

 田所は首だけを横に向けて、天野の様子を確認する。

 天野は両手の拳を握り込んで、体側(たいそく)に手をそわせていた。手も震えていたが、体も少し震えているように見える。

「(まずいぜ)」

 飯塚はそう言った。

 天野がブチ切れたりすると、手が付けられなかった。切れたらすっきり忘れてくれるといいのだが、その後も長い間仕返しされる。田所は、顔を飯塚の方に向けてから、言った。

「じょ、じょうだんだよ。死体を運ぶような準備をしなきゃいけないのに、聞いてなかったから、準備をしに戻ろうと思ったんだよ」

「なんだ準備って」

 天野が言った。まだ拳は握り込まれたままだった。

「あっ、えっと……」

「とにかく状況を見せるから、付いて来い」

 警察官の天野が、緊急避難所を上っていく。

 飯塚と田所はそれを見上げている。

「ほら、早く来い」

 飯塚につつかれて、田所は上り始めた。

「どうなってるんだ」

「見りゃわかる」

「……」

 バスの正面には、軽い傷がついているだけで、大きな損傷はなかった。

 バス自体が事故をしたものではないようだ。

 天野はバスの正面を回ってから左側の乗り口へ向かった。田所も、飯塚も黙ってついていく。

「見ろ」

 田所が中に入ると、バスには乗客が座っていた。

「えっ?」

 全員が、目を見開いたまま、前方を見ている。

 異様な光景に、田所が固まったように動かなくなった。

 天野は、お構いなしにバスの奥へと通路を進んでいく。

 田所も、様子がおかしいことに気づく。

(まばた)きしてない……」

 後ろに立っていた飯塚が補足する。

「そうだ。全員死んでいる」

 飯塚が持っていた懐中電灯の光が乗客の顔に当たる。

「みろ、瞳孔が開いたままで、反応しない」

 飯塚が田所を脇を抜けて、バスの奥へ入る。

「ほら、少し進めばわかる」

 恐る恐る、田所が奥へ進む。飯塚のところまで来て、飯塚の指さす方をゆっくりと振り返る。

「!」

 正面を向いたままの男の、顔から、下に目を移す。

 胸。胸のあたりの服が中から弾けたかのように破れている。

「うっ……」

 飯塚が光を当てる。

 見た瞬間に、理解し、田所は目をそむけた。

「心臓をえぐり出されたように思える。内側から飛び出た、とは考えにくいし」

「そんな…… ちょっと、俺…… これ、見れない……」

 田所はバスの乗り口の方へよろよろと戻っていく。

「おい、大丈夫か?」

 田所は、バスを降りると、そのまま仰向けに倒れてしまった。




 田所が目を覚ましたのは、救急車の中だった。

「あっ、俺……」

「気が付きましたか」

 白いヘルメットに白衣、マスクをした救急隊員に声をかけられた。

「す、すみません」

 そう言って田所は上体を起こそうとするが、隊員に止められる。

「慌てると、また倒れますよ。横になっていてください」

「いや、こんなことで救急車を使わせてもらうなんで申し訳ないです」

「いえ。生きている人間がいなかったから、救急車が役に立ってよかった」

 田所は思っていることを話した。

「他の現場にこの救急車が呼ばれたりしないんですか」

「あまり長くは居れませんが、ここだって重要な現場です。それにこの地域だと一日の出動回数は多くないですから」

「そうですか」

「あ、いや、そうでもないかな」

 隊員は、大坂の上の方に視線を向けた。

「この坂の上に『ムラノ・リゾート』があるの知ってますか?」

「ええ」

「その隣に、妙な塀が立っているのは知ってます? そう、あのバスにかかれているような、釣り目のパンダウサギが掛かれた塀が立ってる場所」

「この道はよく通るので知ってますよ。あれがどうかしましたか?」

「出動ですよ。結構、あそこから出動要請がくる。で、行ってみると、中に入れてくれない。そんな連絡したものはいないってね」

「えっ、それ、マジですか」

 隊員は、自らの頭を指でさして、クルクルと回して見せた。

「連中はいかれてる」

「中に入ったことは?」

 隊員は首を横に振る。

「宗教施設って話ですけど、一度、山側から塀の内側を見たことがあったんですが、あれは宗教施設というより、工場って言う感じです」

「工場…… ですか」

「下から見てもなんとなくわかりますよ。白い煙が年中上がってますから」

 救急車の車内からは見えるわけはないのだが、田所は坂の上にある宗教施設の方を見上げた。

 と、その時、後ろのハッチが開くと、飯塚が入ってきた。

「武、どうだ? 大丈夫か? 大丈夫そうなら、そろそろ仕事の話をしたいんだけどな……」

 飯塚は一方的にしゃべり続ける。

「あっ、そういや、高校とかの保健体育の授業でも、怪我とか血が出る話すると、こんな風にぶっ倒れる奴いたよな……」

 言いながら半ば笑みを浮かべる飯塚に、田所は怒りを覚えた。

「……それ、俺だよ」

「えっ、そうだったっけ。いや、悪気はなかったんだよ。そうだよな。それなら納得だよ」

「何が納得なんだよ!」

「いや、本当に忘れてくれ。すまん。それより、早く遺体を病院に運びたいんだ。この気温の中で放置すると腐ってしまう」

 死体を冷凍トラックに載せて病院に運ぶなど、初めての経験だった。

「あの血の様子からすると、まだいっぱい液が出ちゃうだろ? あのまま乗せるわけにはいかないんだ。じゃないと冷凍トラックが使い物にならなくなる」

「……村の役場の倉庫。あそこに緊急時用にブルーシートがいっぱいある。それを使えばいい」

「誰が倉庫を」

「俺は救急隊員だから開けられる。汚れたブルーシートは拭けばいい。なあ、それならいいか?」

 田所は上体を起こしながら言った。

「そうだな。それならいい」

「じゃあ、取りに行こう」







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