13
宿舎を離れて、大きな工場が見えると入って来た時とは雰囲気が一変していた。
「なんだ、この警戒状況は」
「たしかこれ、工場だって言ってなかったっけ? 出入り口ごとにライフルを持った信者が立ってる」
飯塚は、田所が捕まえている信者を見た。
「もう、こいつは置いていこう。ここからだと足手まといだ」
「あっ」
飯塚が田所が捕まえている信者の足を払って、地面に転がした。
猿ぐつわから、言葉にならない声が漏れる。
「手を縛ってあるから、すぐには起きて逃げれないだろう」
田所はうなずいた。
人質にしていた信者から離れて、田所たちは木の影に隠れて工場のどこを抜けて向こうの肥料置き場に行けるかを考えていた。
この木々の中にずっと隠れて行けば、いつかは反対側の肥料置き場につくだろうが、遠回り過ぎる。
田所は体で光が漏れないようにして、スマフォを見て、時間を確認する。
「やばい。十分切った……」
「なんのこと?」
來山が訊くと、田所は答える。
「君の姉さんが、とんでもないものをつけてくれたんだ」
そう言って首元にある懐中時計のようなネックレスを指さす。
「これは時限爆弾になっている。小さくて爆発力は小さいが、首の動脈や神経をぶった切るには十分な威力がある。君を助けろ、というのはこれを付けた脅迫者の命令だ」
「姉ちゃんが?」
驚いている來山に、飯塚が割って入る。
「この爆弾は、Amaz〇nで買える代物だそうだ」
焦っている田所は話を進めようとした。
「もう時間がない。みんな信者の服を着てるんだから、それっぽく移動すれば気付かれない」
「馬鹿言え。そんな賭けにのれるか」
「石を投げるとかして、物音を立てて、警備の連中がそっちを見ている隙に、とか」
飯塚は腕を組んで目を閉じている。
「物音?」
田所は宿舎の方を見て考える。
「宿舎のガラスを割るとか?」
飯塚は目を閉じたまま言う。
「ガラスを割った音ぐらいで警備が動くだろうか」
「そんなのやって……」
ガシャン、と窓ガラスが割れる音がした。
「武、なんで勝手に始めるんだ」
田所は飯塚に襟首を締められる。
「……ち、違うおれじゃない」
工場の警備をしていた者が、持ち場を離れて宿舎の方に少し進んでくる。
「……」
田所たちに緊張が走った。
宿舎の方に近づいてくるということは、田所たちを見つけやすくなることにもつながる。
ライフルを向けながら左、右、左、右、と警戒している信者は、突然足を止めた。
「……」
気づかれた。田所はそう思った。田所たちの隠れている林の方を見つめて立ち止まっているからだ。
全員が腰を低くして低木の影に隠れていると、突然、ライフルを持っている信者は走り去っていった。
「なんだ?」
工場の出入り口を警戒していた、ほかの信者たちも後を追うように牧場方向へ去っていく。
來山が言う。
「今、軽く耳を押さえていた。何か無線連絡が入ったみたいだった」
田所が飯塚の顔を見る。
「どうする?」
「今しかないだろう。行こう。反対側の『肥料置き場』だ」
警備の連中に、気が付かれないように音を立てないように、素早く工場の脇を抜ける。
肥料置き場に入ると、物置をずらしてムラノ・リゾートに通じる穴を開く。ムラノ・リゾート側の道具類をどかすと、一人、また一人とムラノ・リゾート側に入り込む。
最後に飯塚がムラノ・リゾートに入ると、宗教施設側の物置をずらして穴を隠した。
「ふぅ……」
全員が、それぞれのタイミングで大きくため息をついた。
一人を除いて。
「後、一分しかない!」
田所は、ムラノ・リゾートの中を一人走っていた。
テストで爆破した木の近くにくると、來山朱美が立っていた。
「おい、約束通り弟を連れてきたぞ。こ、これ、解除してくれ」
「……」
朱美は、田所が来た方にいる人影を凝視している。
「おい、お前の弟なんだから、これくらいの距離でも分かるだろう? ほら、解除してくれる約束だぞ。もう時間が……」
「……タイマーは止めるけど、私が操作すればリモートで爆発させられるのよ」
「なんでもいいから、まずタイマーを止めてくれ」
大きな声で喋ると、声で喉が震えて爆弾が爆発するのではないか、と思いながら、田所は必死にしゃべった。もう何秒もない……
「たのむから……」
「……直人」
「姉ちゃん」
田所の後を追いかけるように走って来た來山が、姉と感動の再会を始めようとしていた。
「待って! 先に止めてくれ」
姉弟が抱き合う寸前、朱美はスマフォを操作した。
ピッ、と朱美のスマフォの操作に反応して、田所の首の爆弾が音を立てた。
音に反応して、思わず目を閉じてしまう。
「姉ちゃん」
「直人」
感動の再会だった。
朱美が直人の顔を見たのは、大学の入学式以来だった。直人は大学に入ってすぐ、太位無教に入信し、大学を中退してしまった。それから、今までの四年間、ずっと家族と朱美との連絡を絶っていたのだ。
涙を流しなら、抱き合う二人。
田所はそれどころではなかった。首に軽く触れる。体と頭はまだつながっているようだ。
「……生きて、るよな?」
田所は、首に振動を与えないように、ゆっくりと地面に腰を下ろし、木にもたれかかって音をたてて息を吐いた。田所は手探りで首に着いた爆弾の鎖を外す。
しばらくすると残りの三人も、田所達の場所にやって来た。
「おい、感動の再会はそこらへんにしとけ」
「?」
田所は、飯塚の声の様子がおかしいことに気付いた。
「どうした、飯塚」
言いながら、田所は飯塚の視線を追う。
ムラノ・リゾートの宿泊棟が並び立つその先、最初に入って来た入口の門が開いている。
宿泊棟には、赤い警告灯が光っていて、警備員が内外を走り回っている。
「どういうことだ……」
「ちゃんと見ろ」
入口に信者の服を着た死者が入っていた。ゾンビの中心に白黒のパンダ、ウサギのイラストが描かれた装甲車がいて、ゆっくりと中に入って来ている。
ホテルの建物に、地下駐車場で見たあのマイクロバスが横付けされていた。
「あっ!」
田所はすべてを理解した。
「信者をここに運んだ…… そうか。だから宗教施設内で追いかけてこなかったんだ。地下駐車場ではうまく撒いた、と思ったけど、やつら、先回りしていたのか」
「おそらく、そうだろう…… それと、装甲車の屋根で胡坐掻いている人物、分かるか?」
朱美を背中に隠すようにして、直人が言う。
「麻森だ」
田所、和泉、鹿島、そして來山朱美、みんなが一斉の装甲車の屋根を凝視した。
「あ、あれが麻森か信者の軍団を率いる司令官と言った感じじゃないか。スクープだ。スクープ」
和泉はカメラを構えて写真を撮ろうとする。しかし、遠すぎてうまく撮れない。
装甲車に向かって走り出そうとする和泉を、飯塚が引き留める。
「やめろ」
そう言うと左手にある宿泊棟から、警備員が一人、ふらっと出てきた。
「あの警備員を見てみろ」
和泉はカメラを向けて、警備員を確認する。胸のあたりが、食いつかれて赤黒く抉れている。
「肌の色をみりゃすぐ分かるだろ」
「ゾ、ゾンビ……」
警備員の後から、同じように胸に跡のある宿泊者が次々と田所たちの方へ向かって出てくる。
「走って行ってたら、挟み撃ちになるところだったな」
装甲車がムラノ・リゾート内をゆっくりと移動してくると、屋根についている拡声器で言った。




