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信者奪還  作者: ゆずさくら
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 スロープを転がり、シャッターの内側に逃げた三人は、暗闇の中、立ち上がった。

 三人に向かって、スロープの脇から一人が向かってくる。

「和泉さん、ナイス」

「お前にしては機転が利くな」

「転んで落ちた時は、まさかこうなるとは分からなかった」

 和泉は笑った。

「最初から、こうするつもりで転がったんだよ。信じてよ」

「それはウソだな。本当に転んだでしょ」

「最初からってのは信じがたい」

 飯塚が『シー』と口の前に人差し指を立てた。

「さっきより増えているな」

 駐車場からの不気味なうなり声は、大きく、絶え間なく発せられている。

「ここまではいいとして、これからどうするんだよ」

 こっちに出口はない。出るとすれば、病院の中に戻って、階段を上がるか、エレベータで上がるかしないといけない。

 エレベータの呼び出しボタンが効かなくなっているのは、さっき試した通りだった。

 飯塚は言った。

「残るは階段か」

「それも望み薄だよ。階段が開いていたら、信者(ゾンビ)も上がって行ったはずだし」

(たけし)、じゃあどうするっていうんだよ」

「もう一度このスロープを上る」

 全員の視線が田所に集まる。

信者(ゾンビ)が先陣を切って登っていく。そこに紛れれば……」

「ゾンビを先に行かせる方法があるのかよ」

「……」

 黙ってしまった田所の代わりに、來山が発言する。

「こういうのはどうでしょう……」

 それはゾンビにスロープを上らせるのではなく、スロープの上の状況を変える方法だった。

「よし。それでいこう」

 飯塚は決断する。

 田所は、シャッター(きわ)によって聞き耳を立てる。

「うわぁ、ゾンビだっ」

 と和泉がそう言うと、飯塚が慌ててその口を手でふさぐ。

「うがうがうがうが……(なんで僕のくちを塞ぐ?)」

「い、和泉さん! 和泉さんが、ゾンビに」

「今助ける!」

「か、噛まれた、助けてください!」

「だめだ、噛まれたならお前も死体(ゾンビ)だ、こっちによるな!」




 スロープ上から、信者がシャッターの方へ降りていく。

「そこのボックスを見てみろ」

 上から指示される。

 信者はボックスを見るが、蓋を開けられず、シャッターの昇降ボタンがあるかどうかは分からなかった。

 その時、シャッターの内側から声が聞こえる。

『今助ける!』

 信者は、スロープの上で見ている人間を手招きをする。

 中林に背中を押されて、ライフルを持った一人がスロープを下っていく。

「奴ら、ゾンビと戦っているみたいだ」

「……」

 ライフルを持った信者は、シャッターに近づく。

『か、噛まれた、助けてください!』

 シャッターの中からの声を聞き、信者同士で(うなづ)きあう。

『だめだ、噛まれたらならお前もゾンビだ、こっちによるな!』

 シャッターの前で聞き耳を立てている連中が、ニヤニヤしているのを見て、スロープの上から信者が降りてくる。

「どうした?」

「ゾンビに食われてる」

 ゴリゴリゴリ…… シャッターの中から、骨が折れるような音が聞こえてくる。

『こいつ、和泉さんの胸をかじってる』

「ヒッ……」

 信者達はシャッターの中の状況を想像して、おびえたように身をすくめた。

 さらにシャッターの中から、死体(ゾンビ)のうなり声が聞こえてくる。

 すると、再び人の声がする。

『シャッターを、シャッターを開けないと!』

 聞き耳を立てていた信者は、ゾンビが出てくると焦って、シャッターから遠ざかる。

(たけし)、シャッターを開けていたら間に合わない。戦うんだ!』

 信者達は胸をなでおろしたように安堵した表情に変わる。

『うぉおおおおお』

 鉄パイプがコンクリートに打ちつけられる音が何度も聞こえる。

『武、武っ!』

 今度はその鉄パイプが、スロープを転げていくような音。

『おぅあっ! 痛っ、痛ててて…… だ、誰か…… た、助けてくれ』

 最後まで喋っていた男もついにやられたか、信者は顔を見合わせ、うなずいた。

『ゴリゴリゴリ……』

 胸部の骨を砕くような破砕音が聞こえると、死者(ゾンビ)のうなり声だけになる。

 ライフルを持った信者がシャッター近くに残り、二人がスロープを上がって行く。

聖人(セイント)報告します。奴ら四人は死者(ゾンビ)に噛まれ、地獄に落ちたと思われます。確認はいかがいたしましょう」

「……」

 中林は一本一本指を確かめるように撫でてから、(ひざまず)いている信者の頭を()でた。

「そうか。確認の為に、そこを開けると死者(ゾンビ)が彷徨い出るとも限らん。このままでいい」

 そう言って中林が、ニヤリ、と笑った。周囲でそれを見ていた信者はその笑顔に寒気が走った。

 中林が言葉を続ける。

「念の為、あいつをここに残しておく。我々は救急処置室の援護に向かう」

 中林が(きびす)を返すと、スロープの上の信者が、シャッターの前でライフルを持っていた信者に伝える。

「お前はここで待機だ」




 地下の駐車場の中には、信者(ゾンビ)がうごめいていた。

 信者の白い装束は全員、胸のところが真っ赤に、そして今はドス黒く染まっていた。

 信者(ゾンビ)の病原体の性質として、心臓が止まる為、ゾンビがそれを取り戻そうと人の形をした者の、胸にかじりつくそうだ。ただ、それらの噂は、ゾンビに気持ちを聞くことは出来ない、生きた人間側の推測でしかない。

 駐車場にいるゾンビが、スロープを上っていくと、生きた人間を見つけた。

「(来たぞ)」

 生きた人間が小さい声でそう言うと、もう一人の人間が、そのゾンビに向かって鉄パイプを振り込んだ。

「(どうだ。一発で仕留めたぜ)」

「(飯塚(いいづか)、お前慣れてきたな)」

 会話をしているのは田所と飯塚だった。お互い小声で話している。

「(しかし、ゾンビを倒すのもいい加減疲れたぞ。どうだ、外出れそうか?)」

 來山と和泉が言う。

「(さっきの会話からすると、まだ一人残ってる)」

「(ライフルを持った奴か?)」

 飯塚が言うと、來山はうなずく。

「(それにしてもうまくダマせて良かった)」

 田所が言った。

「(言葉だけで追い払えるなんて奇跡だよ。向こうにシャッターを開ける手段がないから、騙されたんだ)」

 來山の言い方にカチンときたのか、田所が言い返す。 

「(もし開ける手段があったとして、そこからゾンビが出てくるかもしれないのに、開けるかな?)」

「(おい、お前ら、やめろ)」

 飯塚が両手を開くようにして、下へ抑える仕草をした。

「(それにしても和泉の芝居がひどすぎて唖然としたがな)」

「なっにいって…… (もがもが)」

 と、言いかけた和泉の口を再び飯塚が抑える。

「(まだシャッターの外に一人いるんだぞ。大きな声を出すな)」

「(そうやって飯塚が和泉さんの口をふさいだから、リアリティが増したんだと思う)」

「(ゾンビの声をスマフォで流して、すこしシャッターを開けろ)」

 飯塚はそう言ってシャッターの下で寝転んだ。

 來山がシャッターの昇降ボタンを押す。少し上がったところで飯塚が止めろと合図する。

 ガタン、と音がしてシャッターが止まる。

 田所が録音していたゾンビのうなり声が流れている。

「……」

 スロープに片耳をつけた格好で、シャッターの隙間から外を覗いている飯塚が、少し位置を調整する。そして、來山にシャッターを開けろと合図する。

 來山がシャッターを開け始める。

 飯塚が、思い切り開いたシャッターの下にバールを振り払う。

 ガッ、と打撃音がしたかと思うと、ライフルがシャッターの下を滑り降りてきた。

 とっさに和泉がそれを押さえる。飯塚が、暴れる何かを引っ張り込む。

 シャッターの隙間からひっぱり込まれたのは、外で待機していた信者だった。

 完全にシャッターの内側に引っ張り込むと、馬乗りになって抵抗をやめるま殴る。

 飯塚は口を塞ぐように横にバールを押し付ける。

「こいつのズボンを脱がせろ。ズボンで手を縛る」

 飯塚が言うと、田所はゾンビのうなり声を再生させていたスマフォを止めて、言われる通りにする。飯塚はズボンの布を切り裂いて、さるぐつわを噛ます。縛り上げた上で、立ち上がらせた。

「お前には人質になってもらう」

 シャッターを開けて、開ききらないうちにシャッターをくぐり抜けると、來山がシャッターを下すボタンを押してから出てくる。シャッターが下り始める。

 五人でスロープをゆっくりと上がっていった。

 田所は後ろを振り返って、思う。信者(ゾンビ)がたまたまシャッターの昇降ボタンを押すことはないのだろうか、と。ドアノブは回して出てくる知能はあるはずだ。

(たけし)どうした? シャッターは閉まったか?」

「閉まったけど……」

「?」

 田所は首を小さく横に振った。

「なんでもない」







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