11
スロープを転がり、シャッターの内側に逃げた三人は、暗闇の中、立ち上がった。
三人に向かって、スロープの脇から一人が向かってくる。
「和泉さん、ナイス」
「お前にしては機転が利くな」
「転んで落ちた時は、まさかこうなるとは分からなかった」
和泉は笑った。
「最初から、こうするつもりで転がったんだよ。信じてよ」
「それはウソだな。本当に転んだでしょ」
「最初からってのは信じがたい」
飯塚が『シー』と口の前に人差し指を立てた。
「さっきより増えているな」
駐車場からの不気味なうなり声は、大きく、絶え間なく発せられている。
「ここまではいいとして、これからどうするんだよ」
こっちに出口はない。出るとすれば、病院の中に戻って、階段を上がるか、エレベータで上がるかしないといけない。
エレベータの呼び出しボタンが効かなくなっているのは、さっき試した通りだった。
飯塚は言った。
「残るは階段か」
「それも望み薄だよ。階段が開いていたら、信者も上がって行ったはずだし」
「武、じゃあどうするっていうんだよ」
「もう一度このスロープを上る」
全員の視線が田所に集まる。
「信者が先陣を切って登っていく。そこに紛れれば……」
「ゾンビを先に行かせる方法があるのかよ」
「……」
黙ってしまった田所の代わりに、來山が発言する。
「こういうのはどうでしょう……」
それはゾンビにスロープを上らせるのではなく、スロープの上の状況を変える方法だった。
「よし。それでいこう」
飯塚は決断する。
田所は、シャッター際によって聞き耳を立てる。
「うわぁ、ゾンビだっ」
と和泉がそう言うと、飯塚が慌ててその口を手でふさぐ。
「うがうがうがうが……(なんで僕のくちを塞ぐ?)」
「い、和泉さん! 和泉さんが、ゾンビに」
「今助ける!」
「か、噛まれた、助けてください!」
「だめだ、噛まれたならお前も死体だ、こっちによるな!」
スロープ上から、信者がシャッターの方へ降りていく。
「そこのボックスを見てみろ」
上から指示される。
信者はボックスを見るが、蓋を開けられず、シャッターの昇降ボタンがあるかどうかは分からなかった。
その時、シャッターの内側から声が聞こえる。
『今助ける!』
信者は、スロープの上で見ている人間を手招きをする。
中林に背中を押されて、ライフルを持った一人がスロープを下っていく。
「奴ら、ゾンビと戦っているみたいだ」
「……」
ライフルを持った信者は、シャッターに近づく。
『か、噛まれた、助けてください!』
シャッターの中からの声を聞き、信者同士で頷きあう。
『だめだ、噛まれたらならお前もゾンビだ、こっちによるな!』
シャッターの前で聞き耳を立てている連中が、ニヤニヤしているのを見て、スロープの上から信者が降りてくる。
「どうした?」
「ゾンビに食われてる」
ゴリゴリゴリ…… シャッターの中から、骨が折れるような音が聞こえてくる。
『こいつ、和泉さんの胸をかじってる』
「ヒッ……」
信者達はシャッターの中の状況を想像して、おびえたように身をすくめた。
さらにシャッターの中から、死体のうなり声が聞こえてくる。
すると、再び人の声がする。
『シャッターを、シャッターを開けないと!』
聞き耳を立てていた信者は、ゾンビが出てくると焦って、シャッターから遠ざかる。
『武、シャッターを開けていたら間に合わない。戦うんだ!』
信者達は胸をなでおろしたように安堵した表情に変わる。
『うぉおおおおお』
鉄パイプがコンクリートに打ちつけられる音が何度も聞こえる。
『武、武っ!』
今度はその鉄パイプが、スロープを転げていくような音。
『おぅあっ! 痛っ、痛ててて…… だ、誰か…… た、助けてくれ』
最後まで喋っていた男もついにやられたか、信者は顔を見合わせ、うなずいた。
『ゴリゴリゴリ……』
胸部の骨を砕くような破砕音が聞こえると、死者のうなり声だけになる。
ライフルを持った信者がシャッター近くに残り、二人がスロープを上がって行く。
「聖人報告します。奴ら四人は死者に噛まれ、地獄に落ちたと思われます。確認はいかがいたしましょう」
「……」
中林は一本一本指を確かめるように撫でてから、跪いている信者の頭を撫でた。
「そうか。確認の為に、そこを開けると死者が彷徨い出るとも限らん。このままでいい」
そう言って中林が、ニヤリ、と笑った。周囲でそれを見ていた信者はその笑顔に寒気が走った。
中林が言葉を続ける。
「念の為、あいつをここに残しておく。我々は救急処置室の援護に向かう」
中林が踵を返すと、スロープの上の信者が、シャッターの前でライフルを持っていた信者に伝える。
「お前はここで待機だ」
地下の駐車場の中には、信者がうごめいていた。
信者の白い装束は全員、胸のところが真っ赤に、そして今はドス黒く染まっていた。
信者の病原体の性質として、心臓が止まる為、ゾンビがそれを取り戻そうと人の形をした者の、胸にかじりつくそうだ。ただ、それらの噂は、ゾンビに気持ちを聞くことは出来ない、生きた人間側の推測でしかない。
駐車場にいるゾンビが、スロープを上っていくと、生きた人間を見つけた。
「(来たぞ)」
生きた人間が小さい声でそう言うと、もう一人の人間が、そのゾンビに向かって鉄パイプを振り込んだ。
「(どうだ。一発で仕留めたぜ)」
「(飯塚、お前慣れてきたな)」
会話をしているのは田所と飯塚だった。お互い小声で話している。
「(しかし、ゾンビを倒すのもいい加減疲れたぞ。どうだ、外出れそうか?)」
來山と和泉が言う。
「(さっきの会話からすると、まだ一人残ってる)」
「(ライフルを持った奴か?)」
飯塚が言うと、來山はうなずく。
「(それにしてもうまくダマせて良かった)」
田所が言った。
「(言葉だけで追い払えるなんて奇跡だよ。向こうにシャッターを開ける手段がないから、騙されたんだ)」
來山の言い方にカチンときたのか、田所が言い返す。
「(もし開ける手段があったとして、そこからゾンビが出てくるかもしれないのに、開けるかな?)」
「(おい、お前ら、やめろ)」
飯塚が両手を開くようにして、下へ抑える仕草をした。
「(それにしても和泉の芝居がひどすぎて唖然としたがな)」
「なっにいって…… (もがもが)」
と、言いかけた和泉の口を再び飯塚が抑える。
「(まだシャッターの外に一人いるんだぞ。大きな声を出すな)」
「(そうやって飯塚が和泉さんの口をふさいだから、リアリティが増したんだと思う)」
「(ゾンビの声をスマフォで流して、すこしシャッターを開けろ)」
飯塚はそう言ってシャッターの下で寝転んだ。
來山がシャッターの昇降ボタンを押す。少し上がったところで飯塚が止めろと合図する。
ガタン、と音がしてシャッターが止まる。
田所が録音していたゾンビのうなり声が流れている。
「……」
スロープに片耳をつけた格好で、シャッターの隙間から外を覗いている飯塚が、少し位置を調整する。そして、來山にシャッターを開けろと合図する。
來山がシャッターを開け始める。
飯塚が、思い切り開いたシャッターの下にバールを振り払う。
ガッ、と打撃音がしたかと思うと、ライフルがシャッターの下を滑り降りてきた。
とっさに和泉がそれを押さえる。飯塚が、暴れる何かを引っ張り込む。
シャッターの隙間からひっぱり込まれたのは、外で待機していた信者だった。
完全にシャッターの内側に引っ張り込むと、馬乗りになって抵抗をやめるま殴る。
飯塚は口を塞ぐように横にバールを押し付ける。
「こいつのズボンを脱がせろ。ズボンで手を縛る」
飯塚が言うと、田所はゾンビのうなり声を再生させていたスマフォを止めて、言われる通りにする。飯塚はズボンの布を切り裂いて、さるぐつわを噛ます。縛り上げた上で、立ち上がらせた。
「お前には人質になってもらう」
シャッターを開けて、開ききらないうちにシャッターをくぐり抜けると、來山がシャッターを下すボタンを押してから出てくる。シャッターが下り始める。
五人でスロープをゆっくりと上がっていった。
田所は後ろを振り返って、思う。信者がたまたまシャッターの昇降ボタンを押すことはないのだろうか、と。ドアノブは回して出てくる知能はあるはずだ。
「武どうした? シャッターは閉まったか?」
「閉まったけど……」
「?」
田所は首を小さく横に振った。
「なんでもない」




