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信者奪還  作者: ゆずさくら
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 少し歩いた後、田所は足を取られた。

「あっ、坂になってる」

「車が出て行くスロープってことか」

「あってる、このまま進もう」

 全員が急ぎ足になって進んでいく。

「……」

「これは……」

「どうする?」

「……」

 來山(きたやま)にライトが当たると、來山は左右の壁を指さした。指の動きに合わせて、ライトを向ける。

「どっちかの壁にシャッターを開けるスイッチがあるはず」

 田所と來山で探すと、銀色の蓋の埋め込みボックスを見つける。

「あ、開かない……」

 鍵を差す穴があって、蓋がきっちり締まっている。

「どうする?」

 四人が顔を見合わせる。

(たけし)、電池が持ったないない。切れ」

 田所がスマフォのライトをオフにすると、辺りは真っ暗になる。

 奥の扉にぶつかる音が激しさを増している。

 來山が言う。

「一人のゾンビでは開けられないかもしれないが、人数が増えてくるとあの扉を開けてしまうかも」

「いっそ戦おう。正々堂々とこの建物から出て行こう。直人(なおと)ゾンビの弱点は?」

 真っ暗な駐車場のなかで、お互いがどこにいるか知らないまま話合う。

「神経系を乗っ取るものです。一番集中している頭と体が離れれば……」

「首を切れってか」

「そういうことになります」

 田所は飯塚と來山の表情を想像した。

 來山は『首を切れば』とは言いたくなかったのだろう。視線を下に落としているような感じだろうか。それを無神経にも『首を切る』と言い換える飯塚。こっちは腰に手を当てて、ゾンビのやってくる扉の方向を睨みつけている、と言ったところだろうか。

「頭をぶん殴れば動けなくなるなら、皆、なんでもいいから棒っ切れを探して手に持て」

「頭をぶん殴っただけで動けなくなるかな?」

(たけし)、そんなことをうじうじ考えてもしかたない。奴ら(ゾンビ)かじられれば血液感染しちまう。頭をぶん殴って、とりあえず転ばせれば、踏み越えて逃げれる」

 でたらめな想定でも、この場では他者を納得させられる。田所はさっき通過してくる中で、パイプスペースに入る扉を見ていた。

「あの中に何かあるかも」

 田所がスマフォのライトを点け、四人は元いた方へスロープを下りていく。

 壁沿いにライトを照らしていくと、打ちっぱなしのコンクリートの壁に、金属製の扉を見つけた。

「それか?」

「うん」

 よく見るとその扉にもしっかりと鍵穴があり、鍵がなければ開かないようだった。

「これにも鍵穴がある」

(たけし)、こういう扉は、仕組みが簡単だ」

 飯塚は持っていた医療用の刃物を扉と枠の隙間に突っ込むと、ガシャガシャと音を立てた。奥で何かが動く音がすると、飯塚が言った。

「ほら。開いた」

 飯塚が鍵穴に少し指をかけて引っ張ると、扉が開いた。

「ただ鎌のような金属が下りて扉が開かないだけだ。だからこうやって跳ね上げちまえば開くんだよ」

「なるほど」

 その小さい扉に頭を下げて入り込むと、飯塚が中の灯りを付けた。

 建物の配管と、いくつかの掃除道具、廃材なのか予備の工事材料なのか、鉄パイプのようなもののあった。

「これがいい」

 飯塚が鉄パイプを見繕って、各人に渡す。

「これで、頭をぶん殴れ。頭が取れなくても、神経伝達が阻害されれば、動きがおかしくなるはずだ。じゃなきゃ、首をぶったたけ。直人(なおと)、それでいいな?」

 來山がうなずくと、他の三人もうなずく。

「おっ?」

 飯塚が何かに(つまづ)くと、その床に落ちていた何かを拾う。

 長い方の先は平らで、直角に曲がった短い方は少し先が割れている。

「バールか。これでさっきのシャッターのボックスが開けれるかも」

 そして四人は小さい扉から外に出た。

 駐車場は相変わらずの暗闇だったが、小さな扉の中の灯りですこし様子が分かった。

「あれ、ここにマイクロバスが」

 灯りのおかげで、車を発見した。田所には見覚えのあるマイクロバスだった。大坂の下、緊急避難所に突っ込んでいたバス。同型車が止まっている。あのバスも、ここから信者(ゾンビ)を乗せて、どこかに運ぶつもりだったのか。

「えっ? いったい何台止まって……」

(たけし)、何ボーッとしてる」

 飯塚の声に振り返る。

「ゾンビ、ゾンビがいる」

「いる…… あそこから出てきてる」

 飯塚が言った。

 飯塚はバールを、他の三人は各々の鉄パイプを、ギュッと握ぎりしめた。

 人の声とは思えない、獣のようなうなり声が響く。ゾンビが通路から駐車場に出て来ている。

 田所は軽く鉄パイプを左右に振りながら、言う。

「どれくらい出てきたかな」

「知るかよ」

 飯塚は前に進みながら、振り返らずに言う。

「その扉を開けたままにしてくれ。駐車場の灯りを探す」

 この暗い中でゾンビに出会うのは非常に危険だ。かといって駐車場の灯りのスイッチを探そうと、片手にスマフォを持っていては、ゾンビを攻撃できない。鉄パイプは重く、十分な攻撃力を発揮するには、両手で持つ必要があるからだ。

「うわっ!」

 和泉の声がした。

「どうした!」

 飯塚が慌てて振り返る。

「ちがう、そっち」

 和泉は飯塚の方を見て言う。

「飯塚、伏せろっ!」

 田所のフルスイングが、慌ててしゃがむ飯塚の頭の上をかすめていく。

 ガン、と鈍く思い音がすると、田所の両手はしびれが走った。

 同時に、頭を殴打された紫色の肌の信者(ゾンビ)の首は、耳が肩に着くほど曲がった。

 粘り気のある血が首の周囲にしたたり落ちてくる。

 飯塚はゆっくりと後ろを振り返りながら、立ち上がる。

「お前、言い方ってもんがあるだろ。前、前、と言えば俺だって気が付いた。それを『うわっ』とかいうから……」

 別のゾンビのうなり声が聞こえると、飯塚は口をつぐんだ。

 四人は体を寄せ合い、どこからくるかと必死に目を走らせる。

「灯りを探している暇はない。さっさとさっきのシャッターまで行くぞ」

 背中で押し合いながら、闇の中を進んでいく。

 スロープを上り始めると、少し余裕が出てきて田所は鉄パイプを片手で持ち、スマフォの灯りを点けた。

「あった!」

 飯塚はそのシャッターの開閉ボタンがしまわれている金属ボックスにバールを突き立てる。何度か先端で突くと蓋が変形した。蓋にバールを突っ込んで開くと、蓋が飛んだ。

 昇降スイッチを押すと、シャッターは重々しく巻き上がり始めた。

「う、後ろに信者(ゾンビ)!」

 來山(きたやま)がそう言うと、和泉が慌てて振り返って鉄パイプを振った。

 しかし、間合いが悪くて鉄パイプが空を切る。

「何やってんだ!」

 飯塚が和泉の近くにいる信者(ゾンビ)の顔に向かって、バールを突いた。

 粘土に割りばしを突き立てたかのように、鼻の部分にバールが入っていく。入っていく代わりに体液が鼻の周囲からあふれ出てくる。田所はスマフォで光を当てながら、顔をそむける。

「うえっ……」

 顔面にバールが刺さっているにもかかわらず、信者(ゾンビ)は構わず前進を続ける。

「く、くんな!」

 そう言うと來山が鉄パイプを信者(ゾンビ)の胸に突き立てる。

 抉れた胸を突いた鉄パイプも、粘土に突き立てる割りばしのようにするっと入ると、パイプの手元から、粘り気のある体液が流れ落ちてくる。

 田所はまた見てしまう。気が遠くなっていく。

(たけし)、ライトはもういい。お前は見るな!」

 飯塚はそう言うと、バールを引っこ抜いて、野球のバットのようにゾンビの首目掛けて振りぬいた。

 ゴトっ、とボーリングの玉を落としたような重い音がすると、信者(ゾンビ)の体と頭が分離した。

「おお……」

 と和泉と來山の二人はそれを見て驚いたように声を上げた。田所は完全に顔を背け、しゃがみ込んで開いたシャッターの先を見ていた。

「最後の人は、シャッターの閉ボタンを押して、こっちに抜けてきて」

 田所はそう言うと、次々とシャッターをくぐって出てくる。

 最後になった和泉がシャッターの「降」ボタンを押して、シャッターの外に出てくる。

 先に外に出ていた三人が棒立ちになっているのに気づき、和泉が言う。

「ど…… うしたの?」

 飯塚、田所、來山の見つめる先、スロープを上がり切った場所に、幾つかの(ライト)が動いていた。

 そいつらは、太位無(たいむ)教の信者と同じ白装束を着た連中だった。

 その光になれると、その真ん中に立ってじっとこちらを見ている男に気付いた。

 薄手の医療用のような手袋をはめ、しきりに自分の指をなでている。

 髪は刈りこんでいて、メガネをかけている。

「な、なかばやっ……」

 和泉が、慌てて転んで、閉まりかけているシャッターの下に吸い込まれる。

「あっ! 逃げた」

 ライトを持った信者が、そう言って、スロープを下りようとするところを、中林が制した。

「ほおっておけ、あそこに入れば死者(ゾンビ)の餌食だ」

「……」

 飯塚が歯ぎしりしながら拳を握り込んでいる。

「さて、まずは來山(きたやま)、武器を捨てでこっちに上がってこい」

 ライトを持っていない信者の何人かが、ライフルを構え、飯塚と田所、そして來山を狙っていた。

 ガシャン、とシャッターが完全に閉まった。

「ほら、早くしろ」

 中林がそう言うが、來山(きたやま)は従わずに鉄パイプを持ったままだった。

「?」

 その場の全員が、シャッターを動かしているモーター音が止まっていないことに気付いた。

「どういうことだ!」

 飯塚が左右に合図すると、田所、來山が同時にシャッターの下に転がり込んだ。

「こういうことだよ」

 飯塚はそう言うと、自らも転がるようにしてシャッターの中に転がり込んだ。

 中林の命令を待たずに、信者が何発かライフルを撃ってしまう。

「撃つのをやめろっ!」

 シャッターはまた反転して閉まり始めた。

「こっち側にもシャッターのスイッチがあるはずだ。早く開けるんだ」

「しかし、中には死者(ゾンビ)が……」

 戸惑う信者に、中林は言い切る。

「それがどうした」







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