10
少し歩いた後、田所は足を取られた。
「あっ、坂になってる」
「車が出て行くスロープってことか」
「あってる、このまま進もう」
全員が急ぎ足になって進んでいく。
「……」
「これは……」
「どうする?」
「……」
來山にライトが当たると、來山は左右の壁を指さした。指の動きに合わせて、ライトを向ける。
「どっちかの壁にシャッターを開けるスイッチがあるはず」
田所と來山で探すと、銀色の蓋の埋め込みボックスを見つける。
「あ、開かない……」
鍵を差す穴があって、蓋がきっちり締まっている。
「どうする?」
四人が顔を見合わせる。
「武、電池が持ったないない。切れ」
田所がスマフォのライトをオフにすると、辺りは真っ暗になる。
奥の扉にぶつかる音が激しさを増している。
來山が言う。
「一人のゾンビでは開けられないかもしれないが、人数が増えてくるとあの扉を開けてしまうかも」
「いっそ戦おう。正々堂々とこの建物から出て行こう。直人ゾンビの弱点は?」
真っ暗な駐車場のなかで、お互いがどこにいるか知らないまま話合う。
「神経系を乗っ取るものです。一番集中している頭と体が離れれば……」
「首を切れってか」
「そういうことになります」
田所は飯塚と來山の表情を想像した。
來山は『首を切れば』とは言いたくなかったのだろう。視線を下に落としているような感じだろうか。それを無神経にも『首を切る』と言い換える飯塚。こっちは腰に手を当てて、ゾンビのやってくる扉の方向を睨みつけている、と言ったところだろうか。
「頭をぶん殴れば動けなくなるなら、皆、なんでもいいから棒っ切れを探して手に持て」
「頭をぶん殴っただけで動けなくなるかな?」
「武、そんなことをうじうじ考えてもしかたない。奴らかじられれば血液感染しちまう。頭をぶん殴って、とりあえず転ばせれば、踏み越えて逃げれる」
でたらめな想定でも、この場では他者を納得させられる。田所はさっき通過してくる中で、パイプスペースに入る扉を見ていた。
「あの中に何かあるかも」
田所がスマフォのライトを点け、四人は元いた方へスロープを下りていく。
壁沿いにライトを照らしていくと、打ちっぱなしのコンクリートの壁に、金属製の扉を見つけた。
「それか?」
「うん」
よく見るとその扉にもしっかりと鍵穴があり、鍵がなければ開かないようだった。
「これにも鍵穴がある」
「武、こういう扉は、仕組みが簡単だ」
飯塚は持っていた医療用の刃物を扉と枠の隙間に突っ込むと、ガシャガシャと音を立てた。奥で何かが動く音がすると、飯塚が言った。
「ほら。開いた」
飯塚が鍵穴に少し指をかけて引っ張ると、扉が開いた。
「ただ鎌のような金属が下りて扉が開かないだけだ。だからこうやって跳ね上げちまえば開くんだよ」
「なるほど」
その小さい扉に頭を下げて入り込むと、飯塚が中の灯りを付けた。
建物の配管と、いくつかの掃除道具、廃材なのか予備の工事材料なのか、鉄パイプのようなもののあった。
「これがいい」
飯塚が鉄パイプを見繕って、各人に渡す。
「これで、頭をぶん殴れ。頭が取れなくても、神経伝達が阻害されれば、動きがおかしくなるはずだ。じゃなきゃ、首をぶったたけ。直人、それでいいな?」
來山がうなずくと、他の三人もうなずく。
「おっ?」
飯塚が何かに躓くと、その床に落ちていた何かを拾う。
長い方の先は平らで、直角に曲がった短い方は少し先が割れている。
「バールか。これでさっきのシャッターのボックスが開けれるかも」
そして四人は小さい扉から外に出た。
駐車場は相変わらずの暗闇だったが、小さな扉の中の灯りですこし様子が分かった。
「あれ、ここにマイクロバスが」
灯りのおかげで、車を発見した。田所には見覚えのあるマイクロバスだった。大坂の下、緊急避難所に突っ込んでいたバス。同型車が止まっている。あのバスも、ここから信者を乗せて、どこかに運ぶつもりだったのか。
「えっ? いったい何台止まって……」
「武、何ボーッとしてる」
飯塚の声に振り返る。
「ゾンビ、ゾンビがいる」
「いる…… あそこから出てきてる」
飯塚が言った。
飯塚はバールを、他の三人は各々の鉄パイプを、ギュッと握ぎりしめた。
人の声とは思えない、獣のようなうなり声が響く。ゾンビが通路から駐車場に出て来ている。
田所は軽く鉄パイプを左右に振りながら、言う。
「どれくらい出てきたかな」
「知るかよ」
飯塚は前に進みながら、振り返らずに言う。
「その扉を開けたままにしてくれ。駐車場の灯りを探す」
この暗い中でゾンビに出会うのは非常に危険だ。かといって駐車場の灯りのスイッチを探そうと、片手にスマフォを持っていては、ゾンビを攻撃できない。鉄パイプは重く、十分な攻撃力を発揮するには、両手で持つ必要があるからだ。
「うわっ!」
和泉の声がした。
「どうした!」
飯塚が慌てて振り返る。
「ちがう、そっち」
和泉は飯塚の方を見て言う。
「飯塚、伏せろっ!」
田所のフルスイングが、慌ててしゃがむ飯塚の頭の上をかすめていく。
ガン、と鈍く思い音がすると、田所の両手はしびれが走った。
同時に、頭を殴打された紫色の肌の信者の首は、耳が肩に着くほど曲がった。
粘り気のある血が首の周囲にしたたり落ちてくる。
飯塚はゆっくりと後ろを振り返りながら、立ち上がる。
「お前、言い方ってもんがあるだろ。前、前、と言えば俺だって気が付いた。それを『うわっ』とかいうから……」
別のゾンビのうなり声が聞こえると、飯塚は口をつぐんだ。
四人は体を寄せ合い、どこからくるかと必死に目を走らせる。
「灯りを探している暇はない。さっさとさっきのシャッターまで行くぞ」
背中で押し合いながら、闇の中を進んでいく。
スロープを上り始めると、少し余裕が出てきて田所は鉄パイプを片手で持ち、スマフォの灯りを点けた。
「あった!」
飯塚はそのシャッターの開閉ボタンがしまわれている金属ボックスにバールを突き立てる。何度か先端で突くと蓋が変形した。蓋にバールを突っ込んで開くと、蓋が飛んだ。
昇降スイッチを押すと、シャッターは重々しく巻き上がり始めた。
「う、後ろに信者!」
來山がそう言うと、和泉が慌てて振り返って鉄パイプを振った。
しかし、間合いが悪くて鉄パイプが空を切る。
「何やってんだ!」
飯塚が和泉の近くにいる信者の顔に向かって、バールを突いた。
粘土に割りばしを突き立てたかのように、鼻の部分にバールが入っていく。入っていく代わりに体液が鼻の周囲からあふれ出てくる。田所はスマフォで光を当てながら、顔をそむける。
「うえっ……」
顔面にバールが刺さっているにもかかわらず、信者は構わず前進を続ける。
「く、くんな!」
そう言うと來山が鉄パイプを信者の胸に突き立てる。
抉れた胸を突いた鉄パイプも、粘土に突き立てる割りばしのようにするっと入ると、パイプの手元から、粘り気のある体液が流れ落ちてくる。
田所はまた見てしまう。気が遠くなっていく。
「武、ライトはもういい。お前は見るな!」
飯塚はそう言うと、バールを引っこ抜いて、野球のバットのようにゾンビの首目掛けて振りぬいた。
ゴトっ、とボーリングの玉を落としたような重い音がすると、信者の体と頭が分離した。
「おお……」
と和泉と來山の二人はそれを見て驚いたように声を上げた。田所は完全に顔を背け、しゃがみ込んで開いたシャッターの先を見ていた。
「最後の人は、シャッターの閉ボタンを押して、こっちに抜けてきて」
田所はそう言うと、次々とシャッターをくぐって出てくる。
最後になった和泉がシャッターの「降」ボタンを押して、シャッターの外に出てくる。
先に外に出ていた三人が棒立ちになっているのに気づき、和泉が言う。
「ど…… うしたの?」
飯塚、田所、來山の見つめる先、スロープを上がり切った場所に、幾つかの光が動いていた。
そいつらは、太位無教の信者と同じ白装束を着た連中だった。
その光になれると、その真ん中に立ってじっとこちらを見ている男に気付いた。
薄手の医療用のような手袋をはめ、しきりに自分の指をなでている。
髪は刈りこんでいて、メガネをかけている。
「な、なかばやっ……」
和泉が、慌てて転んで、閉まりかけているシャッターの下に吸い込まれる。
「あっ! 逃げた」
ライトを持った信者が、そう言って、スロープを下りようとするところを、中林が制した。
「ほおっておけ、あそこに入れば死者の餌食だ」
「……」
飯塚が歯ぎしりしながら拳を握り込んでいる。
「さて、まずは來山、武器を捨てでこっちに上がってこい」
ライトを持っていない信者の何人かが、ライフルを構え、飯塚と田所、そして來山を狙っていた。
ガシャン、とシャッターが完全に閉まった。
「ほら、早くしろ」
中林がそう言うが、來山は従わずに鉄パイプを持ったままだった。
「?」
その場の全員が、シャッターを動かしているモーター音が止まっていないことに気付いた。
「どういうことだ!」
飯塚が左右に合図すると、田所、來山が同時にシャッターの下に転がり込んだ。
「こういうことだよ」
飯塚はそう言うと、自らも転がるようにしてシャッターの中に転がり込んだ。
中林の命令を待たずに、信者が何発かライフルを撃ってしまう。
「撃つのをやめろっ!」
シャッターはまた反転して閉まり始めた。
「こっち側にもシャッターのスイッチがあるはずだ。早く開けるんだ」
「しかし、中には死者が……」
戸惑う信者に、中林は言い切る。
「それがどうした」




