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1-1「灯護院からの脱出」

 アグノス灯護院は、その中心を突っ切る大回廊を挟んで、左右別々の役割を持った棟に区切られている。右側は、次世代の精霊師の育成、および精霊や妖魔についての研究を主目的とする『学院棟』、対して左側は、 アグノスの町周辺に妖魔が出没した際などにその討伐を行う精霊師たちの拠点としての役割を持つ『祓魔隊本部』、通称『祓魔棟』と呼ばれている。


 基本的に、灯台の光が町を照らし出している『昼』の間は、強力な結界がアグノスの町を包んで守っており、祓魔隊が出動しなければならないような事態はまず発生しない。しかし、いくつかの理由から、灯台を常時点灯させておくことはできないため、灯護院は12時間単位で灯台の点灯と消灯を繰り返すこととなっている。つまり、1日の半分は灯台が発する光の結界の力が弱まり、町は妖魔の襲撃に遭う危険にさらされることとなるのだ。


 そのため、祓魔隊は非常時に備えるいくつかの部隊を除き、基本的に昼の間に眠り、夜の間に夜警としてアグノスの町の安全を守るための活動に従事することとなる。その必要のない学院棟は当然夜に寝て昼に活動しているので、両者の生活時間は基本的に真逆となっている。


 要するに何が言いたいかというと、夜中に灯護院を抜け出して町に行くという大胆な試みを実行しようとするコルとルエナにとって、最大の課題はいかに活動時間中の祓魔隊の目を避けて行動するか、ということなのである。


 しかも都合の悪いことに、コルが知っている灯護院唯一の抜け穴は、学院棟の側ではなく祓魔棟側の城壁にあるのだった。


「……それで、どうするの? 人通りの合間を縫って、祓魔棟を突っ切ってくの?」


 ルエナは、明かりが消えて薄暗くなった学院棟の通路の一角で、待ち合わせをしていたコルに出会うなり尋ねた。挨拶もなしに問い詰めるような言葉遣いになっているのは、これから町に行けることに内心興奮し、気が急いているからであって、悪気があってのことではなかった。


「そんなことしたらすぐに見つかっちゃうよ。学院棟の二階のバルコニーに、祓魔棟側の裏庭に飛び降りられるところがあるんだ。だから中央階段を上がるところだけを乗り越えられれば、あとは祓魔棟を通らずに裏庭まで行ける」


 コルの説明を聞きながら、ルエナは頭の中でその経路を辿った。灯護院の階段は大回廊沿いに三つ配置されている。その内、現在地から最も近いのは北階段だが、灯台に向かう北側はいわば灯護院の心臓部であり、院長室や祓魔隊の隊長室など重要な部屋が密集しているため、見つかるリスクが高い。南階段は最も遠い上、夜の間は祓魔師がひっきりなしに出入りしている。そう考えると、この場合中央階段が一番安全だということになる。


 つまり、コルの想定している通路は、一度大回廊に出て中央階段を上り、二階の通路を北上、北バルコニーから裏庭に降りて抜け穴に向かう、ということらしい。しかしそこまでイメージしたとき、ルエナの中に疑問点が浮かんだ。


「でも、二階のバルコニーって大体一・五リード(三メートル)くらいあるじゃないの。そんな高さから飛び降りたら怪我しちゃうわよ?」


 しかし、その質問はすでに予期していたのか、コルはすぐに答える。


「そもそも、祓魔棟側の裏庭に直接いけないのは、裏庭の真ん中に灯台に行くための回廊が通ってるからなんだ。だから、バルコニーから回廊の屋根に飛び降りて、そこから地面に飛び降りれば、安全に裏庭に入れるんだよ」


 なるほど、それなら確かに筋は通っている、とルエナは思った。


「……それにしても、あなたって見かけは臆病そうなのに、よくそんな大胆な抜け道を知ってるのね」

「実は、僕自身はまだ使ったことはないんだよ。ただ、クラスにこういうのが得意な人がいて、その人が話してるのを聞いたことがあるんだ」


 コルの答えに、ルエナはふうんと相槌を打った。試したことのない抜け道をぶっつけ本番で使うと言われて、正直本当ににうまく行くのか半信半疑だったが、乗りかかった船だ、思い切ってやってみるのもいいだろう、と思った。それに、灯護院の閉塞感に飽き飽きしていたルエナにとって、コルの説明した脱出経路は、心踊る冒険のようにも感じられた。


「それじゃあ、早速行ってみましょ。おいで、ヴィーナ」


 ルエナは胸元のペンダントに向かって呼びかけた。すると、ランタン型のトップの中心にはまった黄色い宝石がふわっと輝きを放った。そして中心から揺らめく黄色の炎が燃え出で、ぴょんと飛び跳ねるように空中に浮かび上がると、そこで火勢を増して小さめの鞠ほどの大きさに膨らんだ。


 直後、風船が弾けるように炎の球が破裂して、中から小動物の姿をした精霊・ヴィーナが姿を表した。コルとルエナの間の地面に飛び降りたその精霊は、アーモンド型の頭と小さな手足を持ち、丸っこい体と同じくらい大きな尻尾を立てた、リスの姿をしていた。ただ、ふつうのリスと違うのは、先ほどの炎の球と同じように揺らめく黄色い光を発して、コル達が潜む廊下を照らし出していることだった。


「……へえ、ルエナの精霊、可愛いんだね、意外と」


 ヴィーナが初めてみるコルの姿に小首を傾げる仕草を眺めながら、コルが言った。


「『意外と』は余計よ。それに、見かけに騙されちゃだめよ。この子、こう見えて結構生意気な性格だから」

「そうなんだ? それってつまり、ルエナにそっく……」

「な、に、か、おっしゃいましたか?」

「い……いえ、何も……」


 軽口を応酬させながらも、ルエナはコルの顔に少しだけ羨ましそうな表情が浮かんでいるのを見て取った。そこでやっと、コルが精霊と出会えないことに劣等感を抱いていたことを思い出し、良心がちくりと痛んだ。見せびらかしていると思われただろうか。


 心に浮かんだ不安をごまかすように、ふいと顔を進路へと向けて歩き出した。ヴィーナはルエナの行動から自分に求められている役割を察し、ルエナの行き先を照らすために前を走り始めた。

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