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序ー4「約束」

「……そう、そんなことがあったのね。確かに、時々なぜかいつまでも精霊と出会えない生徒もいるって、聞いたことあるけど……」


 思いもかけない話にどう反応していいかとまどったのか、ルエナは曖昧な声で反応した。なんとか、当たり障りのない表現を模索しているような間の取り方だった。


 その手は、たぶん無意識のうちに、自分の胸元に下がっている精霊石のペンダントに触れていた。その精霊石は、コルの物と違い、檸檬のような薄黄色に煌めいている。


「でも、そのことでクラスのみんなに復讐したとしても、僕、何も解決しないと思うんだ……そんなことしても、自分の心がいっそう寂しくなるだけなんじゃないかな……」


 コルは、自分の言葉の足りなさに自分で内心歯噛みしつつ、なんとかルエナを説得しようと慎重に言葉を紡いだ。コルは一言で表すとすれば、「臆病でお人よし」な少年だったのである。


「……ふーん」


 ルエナはそんなコルの様子を何気ない風で聞いていたが、その実、打ち明け話を聞いたことでコルに対して俄然興味が沸いていた。その証拠に表情はそっけなかったが、瞳にはこれまでになかった光がかすかに宿っていた。


「……じゃあ、一つだけ私のお願い、聞いてくれる?」


 しばらくの沈黙の後、ふっと、思いついたようにルエナはつぶやいた。


「お願い聞いてくれたら、私、授業に戻ってあげてもいいわ」

「え……と、どんなお願い?」


 コルはルエナの唐突な提案に戸惑いつつ、聞き返した。するとルエナは神妙な様子でコルをじっと見つめてから、その問いに答えた。


「あのね、今度、私を……アグノスの町に連れて行ってほしいの」

「アグノスの町に……? でも、町はこの丘のすぐ麓だよ? 行ったことないの?」


 コルはますます戸惑いながら、再び聞き返した。アグノス灯護院に住む人々にとって、休みの日に麓の町に出かけるのは当たり前の習慣だった。


 コル自身も、今まで幾度となく友達と一緒に町に遊びに行ったものだった。少なくとも、コルが学院の中で置いてけぼりになるまでは。


「そうなのよ。お父様が許してくれないの。そんなことする時間があったらもっと勉強しろ、院長の娘にふさわしい成績を出せ、の一点張りで。ろくに遊ばせてもくれないのよ。ひどいと思わない? 私にだって、せめて人並みの気晴らしをする権利くらいはあるはずよ。でしょ?」


 ルエナの言う通りなら、確かにひどい話だ。自分の娘に対する期待の高さの裏返しなのかもしれないが、そんな論理でなんでもかんでも正当化されたら、子どもの身としてはやりきれないだろう。


 コルは改めて、ルエナの抱えている悩みの重さを慮った。ルエナの話しぶりからしても、嘘だという感じは受けなかった。できることなら、手助けしてあげたい、とコルは思った。しかし、それには一つ懸念があった。


「気持ちはわかるけど……要するに、院長の言いつけに逆らえ、ってこと?」


 一学院生であるコルにしてみれば、それはかなり重大な決断だった。ただでさえ、精霊とであえないことで落第すれすれの状況なのだ。


 そんな中で院長の不況を買おうものなら、十二歳の期限を待たずして学院を去ることにもなりかねない。


「……ええ、無茶なお願いなことは分かってる。しょうがないよね。いいわ、気にしないで。どうせ私はこれからも誰にも味方してもらえずに生きていくんだわ。

 ずっと一人ぼっちで、操り人形みたいにお父様の期待に応え続けて、だんだん心をすり減らして弱っていくんだわ。

 いつかすっかりやつれてぼろぼろになった私をみて、それからやっとみんな後悔するんだわ。『あの時もっと休ませてあげればよかった』って……」


 ルエナはみるからに意気消沈した様子で言った。それはお腹を空かせてやせ細った飼い犬が、やっと飼い主から餌をもらえたと思ったら、それが幻覚であると気づいた時にするであろう表情よりもさらに哀れを誘うものだった。


 ルエナの言葉にぐさぐさと心を刺されていたコルであったが、ルエナの目に光るものがちらついていることに気づくにいたって、ついに堪えきれなくなった。


「……灯護院の裏側の城壁の隅に、子どもだけが通れるくらいの抜け穴があるんだ。昼間は灯台の光が危険だから使えないけど、夜なら……それに、つつじの木がうまく隠してくれてるから、灯護院の大人たちは誰も知らないし……」

「……それじゃ、連れて行ってくれるの……?」


 ルエナはまだ光る目のままで、ちらりとコルを見やった。コルは再び逡巡したが、一度口にしてしまった以上は引き下がるわけにはいかなかった。なかば自分に言い聞かせるような調子で、コルはゆっくりと言った。


「一回だけ、だからね……?」


 その言葉を聞いたルエナの表情の変化を見た瞬間、コルは自分がうまく丸め込まれたことに気がついた。さっきまでの涙ぐんだしおらしい様子は何処へやら、ルエナの目はいまや、自分の思い通りにことを運んだ満足感と興奮に煌めいていたのだった。


「約束だからね? 男に二言はないんだからね?」


 打って変わって明るい声で念押しするルエナに、コルは騙されたように感じて一瞬反論しようと思ったが、たしかに約束はもうしてしまった。


 それに、別にルエナが打ち明けた悩みそのものが嘘というわけではないだろう。でなければ、町に行くのにわざわざコルの手を借りる必要はないはずだ。コルは困った表情をしつつも、仕方なさそうに頷いた。


 まあ、ルエナのメティオ先生へのいたずらとは違って、だれか他人に迷惑をかけるというわけではないのだし、ばれさえしなければ、なんとかなる、だろう。



序章・完

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