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7-4「真実」

「来ましたね、二人とも」

「お話って一体、なんでしょうか?」


 カノンは状況が掴めていないようだが、コルの方はなんとなく察しがついていた。リグオンとの戦いのあと、クッキーの目を通して逃げる人影を見たことをクロハに伝えた時、落ち着ける場所が見つかればまとめて話すからと先延ばしにされていたからだ。


「見習いのあなたたちでも、状況からすでに気づいているかもしれませんが……さっき戦ったリグオンは、普通の野生の妖魔ではありません」


「そうですよね。群れにしては多すぎたし、そもそもあそこはリグオンの縄張りでは無いはず……」


 ルエナが言った。それはコルが疑問に思っていたことと同じだった。カノンとファグイも薄々感づいていたらしく、それほど驚いた様子は見せなかった。


「その通りです。本来、この話はまだあなたたちに聞かせるべきでは無いと思っていたのですが……コル、あなたは決定的なものを見てしまったのでしょう?」


 ティーアの言葉に、一座の視線がコルに集中する。ティーアはクロハから聞いたのだろうが、その二人以外にはまだ話していなかったのだ。


「はい……戦いが終わりそうだと思って、僕、クッキーを山の上まで飛ばしたんです。何か謎を解く鍵が見つかるかもしれないと思って……そしたら、峠道に、リグオンを鎖で引いて逃げていく人影が見えたんです」


 あまり慌てることのないファグイでさえ、息を飲んだ声が聞こえた。それはそうだ。この目撃証言が表すことはたった一つ、しかしそれは灯護協会の歴史上ありえないとされてきたことだったからだ。


「今のコルの説明ですでに分かったでしょうが、あのリグオン達は人の手によって操られていました」

「そんなこと……できる人がいるんですか? 妖魔を操ろうとしたって、すぐに食べられちゃうだけなんじゃ……」


 ルエナの意見に、ティーアは尤もだという風に頷いた。


「私たちにも、その原理は分かっていません。コルも見たという、妖魔を繋ぐ鎖がなんらかの効果を及ぼしているのでしょうが、それ以上のことは何も……ただ、私達は彼らを便宜上『魔使い』と呼んでいます。私達は長らく、彼らの正体を研究してきました。しかし、彼らは私達に対して強い敵意を抱いていて、決して自らの情報を明かそうとはしないのです」

「なんの警告もなしにいきなり妖魔をけしかけてくるくらいだもんな。たしかに、俺たちをまともな相手とは見てなさそうだ」


 ファグイは考え込みながら言った。


「妖魔のこともそうですけど、僕が何より驚いたのは、パレセリア人以外にも、この世界で生き延びている人々がいるということですよ。そんなこと、図書館のどんな歴史書にも書いてありませんでした」


 とコルは言った。


「それはそうでしょうね。魔使いに纏わる書物は全て、私が隠していますから」


 ティーアのその言葉に、コルは眉をひそめた。


「どうしてそんなことを……?」

「灯護協会本部が、魔使いの研究を禁忌事項に指定しているからだよ」


 質問に答えたのはファグイの師匠であるエルミオだった。


「禁忌事項……? 魔使いの研究をすることが、何か危険に繋がるってことですか?」


 ルエナが問う。


「それが分からないんだ。何しろ話題にすることさえ禁じられてるんだからな。俺たちはずっとそのことを疑問に思ってた。それで、本部に隠れて極秘で研究をしてきたんだ」


 クロハはそう言って小さく溜息を吐くと、見習い精霊師たち一人ひとりの顔を見つめた。


「お前達に謝らなきゃならないな。今回の任務、龍脈の調査というのは嘘じゃないが、同時にもう一つの目的があったんだ。それが、この魔使いに関することだ。ただ、まだお前達をそっちに巻き込むつもりは無かった。だが、向こうはこちらの想定を超えた早さで攻撃を仕掛けてきた。その上、コルが敵の正体を見てしまった以上、お前達には選択をしてもらう必要がある。

 お前たちが、この事に関わりたくないと思うなら、明日、ナイトアと一緒にアグノスに帰ってくれ。これ以上危険な目には合わせられないからな。

 だが、俺達はある事を確かめるため、エンシオ渓谷に行かなければならない。それで、もしこの話を聞いた上で、その先を見たいと思う者がいれば、ついてきてくれても構わない」


 クロハの話が終わり、一座に沈黙が流れた。特に見習い精霊師たちは、この話をどう考えてよいか判断に迷っていた。


 確かに、クロハの言う通りなら魔使いたちの正体を探ることは重要に思える。しかしそこに加担することは、灯護協会に隠れて規定違反をすることになるのだ。何より、これまで灯護協会に忠実だとばかり思っていた師匠たちが裏でそんな事をしていたのだ、と言うこと自体、簡単に受け入れられることではなかった。


「そんなの……いきなり決めろって言われても困ります……」


 しばらくして、ルエナが口を開いた。その言葉は、おそらくこの場にいる四人の見習いたち全員の意思を代弁したものだった。


「もちろん、そうでしょうね」


 ティーアが応じた声は、本当に申し訳なさそうな色を帯びていた。


「ただ、今後の身の振り方はともかく、明日アグノスとエンシオ渓谷のどちらに向かうかは、決めてもらわなければなりません。少しでも迷いがあるなら、今回は退くことをおすすめしますが……。

 いずれにせよ、この選択があなた方の見習いとしての評価に影響しないということは約束します。難しい選択を強いていることは分かっていますが、ひとまず明朝までを期限として、それぞれ考えをまとめてみてください。話は以上です」


 再び、場に重々しい沈黙が漂った。


 まさか、自分が見てしまったものがこれほど重い意味を持っていたとは……とコルは思った。見なければ良かった、とちらりと思ったが、きっといつか向かい合わなければならない現実だったのだろう。


 四人の見習い精霊師たちは声も出せず、目線で意見を交わし合うかのように互いに顔を見交わすことしかできなかった。


七章・完

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