7-3「コルとカノン」
しばらくのち、美味しそうな湯気を立ち上らせたアグノス鍋が、各々の器に盛られた。みんなが洞窟の中で食事に取り掛かる中、コルは器を二つ持って洞窟の入り口へと向かった。
「ほら、カノン、夕飯が出来上がったよ」
コルが後ろから声を掛けると、カノンは「ひぇっ」という叫び声とともにビクッと肩を跳ね上がらせた。そして振り向いてコルの姿を認めると、ほっとしたように小さくため息をついた。
「こ、コルさん……わざわざ、ありがとうございます……」
敵に見つかる可能性がある中で、精霊の灯火を頼ることはできない。星の光しか明かりがない中で、コルは半ば手探りにカノンに器を渡した。
「見張り、おつかれさま。何も異常は無かった?」
「は、はい、今のところは、なんとも……」
コルはカノンの隣に座り込んだ。カノンの事は未だによく分からないので親睦を深められればと思ってのことだったのだが、いざ話してみようと思うと適当な話題が出てこなかった。どうやらカノンもそれは同じだったらしく、二人の間にしばし気まずい沈黙が流れた。
「……とりあえず、ご飯食べようか」
「はい……」
結局最低限の言葉だけ話して、あとは各々食事に集中することになった。
「あ……あの、コルさん」
コルがカノンとの対話をほとんど諦めかけていた時、カノンが唐突に言葉を発した。
「どうしたの、カノン?」
コルが先を促すと、カノンは少し躊躇うようにしながら言葉を紡いだ。
「コルさんって、すごいですね……あたしと同じで実地研修初めてなのに、さっきのリグオンとの戦い、全然物怖じしてなくて……あたしなんか、震えて見てることしかできなかったのに……」
「そんな……僕なんて、まだまだ大したことないよ」
「でも、ルエナさんともすごく息が合っていたし……それに、リグオンだって一体倒せてたし……」
「側から見ているだけだと分からないかもしれないけど、あの時はクッキーが手助けしてくれたんだよ。僕自身は怯んじゃって……助けがなかったら、もう死んでたかもしれないんだ」
コルは正直に打ち明けた。実際、あの戦いで自分に誇れるものなど何もなかった。生き残ることこそできたものの、結果としては自分の未熟さを思い知らされただけだった。
「そうですか……? でも、例えそうだとしても、何もできなかった私よりはましです……」
カノンの様子を見て、コルは同じことを繰り返して言っても何も変わらないような気がした。そこで、なんとか話を明るい方向に持っていきたいと思い、言葉を変える。
「カノンは、自分に自信が持てないんだね……?」
「はい……このままじゃいけないって、分かってるんですけど……ティーア師匠にも、いつも叱られてばかりですし……」
「ティーア先生がよく叱るのは、その人のことを見込んでる時だけだよ」
「そうなんですか……?」
カノンは半信半疑といった目でコルを見た。自分を励ますためにお世辞を言っていると思っているようだった。
「本当だよ。僕、灯護学院に正式に入学するまでは、ティーア先生に育てられたからよく知ってるんだ。ティーア先生が毎日のように叱ってたあるお弟子さんが卒業していった日の夜、ティーア先生ったら自分の部屋で隠れて泣いてたんだよ」
コルがおどけたような声で言うと、カノンはついうっかりというようにクスッと笑い声を漏らした。流石に不謹慎だと思ったのかすぐに抑えこんだようだが、次に話し始めた時、カノンの声音は少し柔らかくなっていた。
「……コルさんって、入学前から灯護院にいたんですか……?」
「うん、僕は孤児だからね。物心ついた時にはもう灯護院で暮らしてたよ。入学できる年になるまでは、ティーア先生の図書館仕事を手伝ってたんだ」
「そうなんですか……ごめんなさい、野暮なこと、聞いちゃって……」
「気にしないで。僕にとってはこれが当たり前だから、あんまり悩んだことはないんだ。灯護院には良い人がいっぱいいるしね……」
良い人ばかりというわけでもないけれど、という言葉をコルはかろうじて飲み込んだ。かつて精霊と出会えなかった自分を揶揄していた同級生たちとは未だに馴染めなかったのだが、カノンにその不満を打ち明けても仕方のないことだ。
「……やっぱり、コルさんはすごいです」
カノンは再び言った。しかし今度はさっきのように自分を卑下する言い方ではなく、単純にコルへの尊敬を伝えようとする言い方だった。そんな風にまっすぐ褒められることは少なかったため、コルはつい面映くなってしまった。
「コルくん、カノンちゃん」
ちょうどコル達が夕食を食べ終わった頃、後ろから張りのある声が二人を呼んだ。振り返ると、ルエナの師匠であるナイトアが立っていた。
「向こうでティーア師から話があるんだって。見張りは替わってあげるから行ってらっしゃい」
コルとカノンが洞窟の奥へと戻ると、檸檬色の光が照らし出す中に、一同が車座になっていた。




