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5-3「ナイトア」

「おう、コル。そういえばお前にとっては最初の実地研修だったよな。調子はどうだ? 元気か?」

「うーん、大丈夫か……と言われたらあんまり大丈夫じゃないかも……でも、いずれは通る道だからね」


 ファグイの気さくな言葉に、コルは自信なさげに言葉を返す。ファグイは『相変わらずパッとしないやつだなあ』と言いたげに肩をすくめた。誤魔化すように苦笑いしたコルは、ふとティーアのそばに立つ少女の存在に気がついた。とても小柄なのと、ティーアの後ろに隠れるようにしていたのとで、さっきは気付かなかったのだ。


「君、確かティーア先生のところの見習いだったよね? 名前は、えっと……」

「……カノン・クィルス、です……」


 少女は緊張しているのか制服の胸元をぎゅっと握りしめながら、押し出すようなか細い声で言った。肌の色は濃いめで、真っ黒の瞳は所在なさげに泳いでいる。その様子を見て、コルはふとあることに思い至った。


「もしかして、君も初めて町の外に出るの?」


 コルが尋ねると、カノンは頷いた。


「そっか。実は僕もなんだ。僕はコル・フィルラー。よろしくね、カノン」

「よ、よろしくお願いします……」


 臆病な性格らしい少女に愛想よく振舞いながらも、コルは内心少し戸惑いを覚えていた。カノンは見たところコルよりも何歳か年下のようだ。上級精霊師の見習いに就いているので少なくとも十二歳よりは上なはずだが、そういった前提なしに見ればそれよりも下にすら思える。


 その上お世辞にも気が強いとは言えない性格に見えるのに、もう実地研修の許可を得たというのは、灯護院の通例からしたら不自然に思えたのだ。


 しかし師匠であるティーアはアグノス灯護院の中でも特にベテランの精霊師だから、弟子を町の外に出す時宜を見誤ることも考えにくい。とすれば、見かけは気弱そうでも実は高い能力を秘めているのか、それとも何か特別な事情があるのか……。


 思いを巡らすうちにコルは自分が嫌な感情に囚われそうになっていることに気付いて、考えることをやめた。これから初任務に赴くのに、これ以上余計なことを考えるべきではない。精霊術には自分の精神状態が影響するため、いざという時に集中できなければ命取りになるのだ。それにともかく、コルはティーアの事は誰よりも信頼していた。


「……それにしても、ナイトアちゃんはどうしたんだろうねえ」


 その時、エルミオが頭を掻きながらふと思い出したように言った。


「例によってまたどこかで道草でも食っているんでしょう。いつものことですよ。一体誰に似たんだか……」


 ティーアはやれやれという風に指先で額を押さえながら、ため息とともにそう言った。そして意味ありげに横目でクロハを睨む。


「なぜそこで俺を睨むんですか」

「なんでもありません……と、噂をすれば、お出ましのようですね」


 ティーアの言葉に一同が市街区の方に眼を向けると、二人の女性がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。といってもまっすぐ歩いているわけではなく、押し合いへし合いしながら来ているところをみると、何か言い争いでもしているようだった。


 片方は真紅の長髪をポニーテールにまとめ、ティーア程ではないが背が高く、男性の平均身長くらいはある。髪の色に合わせた濃い赤のレザーコートを着ており、整った面立ちも相俟ってその格好だけを見れば近寄りがたい凛々しさを感じさせる。


 しかし今現在は手に持っているつば無しの毛皮の帽子を、隣を歩いている少女に無理やり被せようと格闘中なので、その威厳も形無しだった。


「……だぁから、しのごの言わずに一回被ってみてってば! 絶対似合うんだから!」

「結構です! 遊びに行くわけじゃないんですから」

「そりゃそうだけど、壁の外は寒いよ? 帽子あった方がいいって!」

「そんなこと言って、口実つけてその帽子被せたいだけでしょう!」


 帽子を被せられそうになっている被害者の方は、ナイトアよりも背が低く、輝くような薄い金色の髪を結わえずに下ろしている。深みのある青い瞳には、華奢な体格に似合わない気の強さが垣間見える。


 その時、一瞬の隙をついて被害者側がうまく相手を振りほどいた。しまった、という顔をしている加害者を置き去りにして、一直線にこちらに向かってくる。


「……申し訳ありません、ティーア先生。私はちゃんと時間に間に合うように準備したんですが、うちのバカ師匠が……」


 やっとコル達のもとに到着した金髪の少女は、息を切らしながら謝罪した。


「自分の師匠をバカ呼ばわりなど……と言いたいところですが、貴女の場合に限っては多少……情状酌量の余地がありそうですね、ルエナ」


 ティーアは後から追っかけて来た赤毛の上級精霊師、ナイトアに冷たい眼差しを向けながら言った。

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