5-1「龍脈」
エンシオ渓谷調査の当日、コルとクロハは集合場所であるアグノスの町の西門に向かっていた。アグノスの町の玄関口とも言える西門通りは、農業地帯となっている東門、南門周辺とは違い賑やかな市街地となっている。
白っぽい石造りの表情豊かな町並みは、普段なら散歩しているだけでわくわくするような場所ではあったが、流石に初任務に赴くコルの身としてはそれを楽しむような余裕はなかった。
「……師匠、今回の任務、たしか龍脈を調べるって言ってましたけど、具体的には何を調査するんですか?」
コルは隣を歩くクロハに尋ねた。クロハはコルが予想していた——あるいは危惧していた通り、買ったばかりのコートをさも自慢げに羽織っている。ベルベットのようなすべすべとした濃紺の生地に、袖から襟から裾にポケットと、あちこちに金糸の刺繍が施されている。いかにも豪華で高そうなのは分かるが、かっこいいか、と聞かれると返答に困ってしまう。
少なくとも、妖魔と遭遇する危険性のある任務に赴く装備とは思えない。貴族が舞踏会に出席するというのであればなんとか理解はできるが、たとえそうであったとしても成金趣味の無いコルには、その服が魅力的とは思えなかった。
「ああ、そういえばまだ話してなかったか……」
自分のファッションを呆れたように観察するコルの視線に気付く素振りもなく、クロハはコルの質問に答えた。
「まあ、一言で言ってしまえば龍脈濃度と流域の定期調査だな。エンシオ渓谷はその名の通り山と山に挟まれた谷なんだが、そこに非常に強い龍脈が流れていることは前から指摘されていた。そこで、その流れが一年を通じてどんな風に変化していくか、一定の期間を置いて調査を繰り返しているわけだ。ところでコル、龍脈とは何か、説明できるか?」
いかにも先生のような——実際先生なのだが、普段の態度があまりにも肩書きにそぐわないので、先生らしく振る舞うと逆に違和感があった——口調で、クロハはコルに質問を投げ返した。
「えっと……生き物の持つ生命力や精霊の灯火の原動力となる元素、イリアが川のように一方向に流れている場所……あるいはその現象、でしょうか」
龍脈に関することは精霊師にとっては基礎知識なので、当然コルも十分理解しているつもりだった。が、いざ説明しろと言われると、意外と言葉選びに戸惑い、少しまごつきながらの回答となってしまった。
「うん、まあだいたいそんな所だな。イリアは普段は目に見えないが、風のように、あるいは水のようにこの世界の中で絶え間なく循環している。その流れる道筋は必ずしも一定していないが、ある地理的条件によって恒常的に同じ流れを保っている場所もある。それが龍脈だ。それじゃあ龍脈の調査がなぜ重要か、これは分かるか?」
「龍脈が、町を守る灯台の動力源になるから、ですよね。人がこの世界で生き抜くためには、灯台が生み出す妖魔除けの結界が必要不可欠だけれど、灯台を灯し続けるには安定したイリアの供給源がないといけないから……」
間違えるのが怖くてゆっくり言葉を選びながら言ったコルの言葉に、クロハは我が意を得たりと頷いた。
「その通り。新たな灯台を建設して、人の住める土地を増やすことは、灯護協会にとって人々を護ることの次に重要な使命だ。幸い、このアグノスを始めパレセリア国に住む人々の生活は今のところ大きな問題もなく保たれているが、それがいつまでも続く保証は無い。このまま人口が増加し続ければ住む土地や、食料や燃料の火鉱石その他さまざまな資源も必要となってくる。それにもし灯台が故障したり動力源の龍脈が枯渇したりすれば、今ある生活すら一瞬で崩れてしまう。灯台を増やすことは、そんな時のための避難場所を作っておくという意義もあるわけだ。
だが灯台も、闇雲に建てればいいってもんじゃない。龍脈の中にも季節によって流域や流量が変わるものもあれば、勢いが強すぎてすぐに枯渇してしまうものもある。灯台は人の命を預ける命綱だからな、万が一にもそういう『不良物件』に建ててしまうわけにはいかない。それで、見込みのありそうな龍脈はこうして定期的に状態を調査しているんだ。今回の任務がいかに重要か分かったかね、コル君?」
クロハは、うまく締めくくってやったぜと言わんばかりの自慢げな表情でコルを見やった。実際、コルも分かりやすい説明だと思っていたのだが、最後のその表情を見ただけで賞賛する気力が失せてしまった。本当に、素直に評すればすごくいい師匠なのだが、最後におちゃらけて台無しにしてしまうという要らない才能も併せ持ってしまっているのが玉に瑕だ。
でも、そのおかげでコルが気兼ねなく正直な意見を言えているのなら、それもまた教師としての能力なのだろうか? コルはだんだんどっちなのか分からなくなってきた。
「それより師匠、もうそろそろ集合場所に着きますよ」
結局コルは、一番当たり障りのない台詞でいなすことにした。クロハが見るからに残念そうな顔をしたが、ふりをしているだけなのは今までの経験からよく分かっているので、コルはそれに関してはあえて無視を決め込んだ。




