3-3「三年後」
不思議な感慨を抱きながら、コルはベッドから身を起こした。そこは、灯護院でコルともう一人のルームメイトがあてがわれている寝室だった。額に手を当てて、自分を包んでいる感傷の原因を探る。どうやら、随分長い夢を見ていたようだ。
夢の常で、見ている時ははっきりとしたイメージがあったはずなのに、目覚めてしまうと急速に遠のき、薄れていってしまう。それでも数十秒間集中しているうちに、コルは自分がなんの夢を見ていたのか、断片的にではあるが思い出し始めた。
そう、あれは三年前の出来事、ルエナと二人で夜の灯護院を抜け出して、妖魔に襲われて、相棒のクッキーと出会った時の事だった。どうして今になってその時の事を夢に見たのだろう、と人間の意識というものの神秘に思いを巡らしつつ、せっかくなのでしばらく感慨に身を任せてみる。
あのあと、精霊師のクロハ・ファーデルとその相棒フィルドに助けられたコルは、灯護院祓魔棟の救護室で目を覚ました。その頃には町に侵入した妖魔は二体とも既に討伐されていて、灯護院の中は事後処理に追われて汲々としていた。
詳しいことは後から聞いたのだが、なぜ安全なはずの市街地に妖魔が侵入してしまったのか、外壁を巡回していたはずの精霊師は何をしていたのか、そういった責任問題を領事館から追及されていたのだという。領事館も被害状況の把握や復興計画などで忙しかったはずなのに、事態が収束してすぐに「誰に責任を取らせるのか」という副次的な話題に囚われ、貴重な労力を割いてしまうのは人間の悲しい性だと、コルは後になって思ったものだった。
コルとルエナも当然、何故夜中に灯護院を抜け出したのかと厳しいお叱りを受けることになった。しかし事実関係が整理された結果、コル達のお陰で蛇の妖魔による奇襲が防がれ、結果論ながら被害が最小限にとどまったという点が評価され、それ以上の具体的な処罰は辛うじて免れた。
そしてクッキーという相棒を手に入れたコルは、晴れて正式な精霊師見習いとして歩み始めることとなったのだった。
しかし、コルが最後に聞いた気がした鳴き声が何だったのかは、結局分からずじまいだった。
「なんだ、コル、もう起きちまったのかよ」
考え事に耽っていたコルは、突然横から掛けられた声にどきっとして、その方向に目を向けた。
「うん。おはよう、ファグイ」コルは視界に入ってきたルームメイト、ひとつ年上の精霊師見習いのファグイに挨拶した。
「ちぇっ、目を覚ますのがあと五分遅けりゃ『強制起床コース』を味わわせてやれたのによ」
「味わわせてくれなくて結構です」
口を尖らせて言うファグイに、コルはすげなく言い返す。ファグイの言う『強制起床コース』とは、寝坊したルームメイトに対してファグイが嬉々として執行する一連の悪戯フルコースの事だ。その献立は脇の下こちょこちょから鼻つまみ、髪の毛わしゃわしゃに布団引っぺがしと多岐に渡る。これまでファグイと同室になったことのある見習い精霊師は、須らくそれらの被害を散々被ってきた。
しかし幸運にもコルは真面目に早寝早起きを実行し続けているので、最近は『強制起床コース』もすっかりご無沙汰だ。むしろファグイの方が寝坊しかけて、コルに正統派目覚まし術を掛けられる——すなわち声を掛けられたり、揺すられたりする——ことの方が多い。
しかしどうやら定期的に悪戯をしないと欲求不満になってしまうらしいファグイは、このところ殊勝にも早起きしてコルが寝坊する日を待ちわびているらしい。言うまでもなく、コルにとってははた迷惑な話なのだが、無邪気であっけらかんとしたファグイの性格を知っているとそれも憎めなくなってしまうのが不思議だった。
「あと五分……ってことは、もうそろそろ六時?」
コルはまだ寝ぼけの抜け切らない頭で考え込みながら聞いた。
「そーいうこと」とつまらなそうに答えるファグイ。
「なんだっけ、何か大事なこと忘れてるような……六時、六時……」
コルはどうも頭に引っかかるそのキーワードを口の中で繰り返し呟いた。そうしているうちにふっと懸念の正体を思い出し、一拍遅れて戦慄が脳裏を駆け巡る。
「……掃除! 食堂! ファグイ! 六時!」
驚きのあまり言葉の順序がおかしなことになってしまったが、コルが言わんとすることはファグイに十分伝わったようだった。悠長に椅子に座った姿勢のまま五ディミ(十センチ)ほども跳び上がる。
「なんだよ、コル、そういうことは先に言えよ!」
「ファグイの方が先に起きてたじゃないか!」
非生産的な責任の押し付け合いをしながら、コルとファグイは先を争って身支度を整える。その頃にはもうコルの頭からは、さっきまで「責任の所在にこだわりすぎるのは人間の哀しい性だ」などとゆったり批評していたことなどすっかり抜け落ちていた。




