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2-2「救出作戦」

 コル達が通りの突き当たりを曲がると、視界に入ってきた光景で、自分たちの悪い予測が当たったことが分かった。緩やかにカーブを描いた薄暗い通りを覆うかのように、長く伸びたうねうねとして胴体がのたうっている。その一方の端はもたげられ、人間の体よりも大きな楔形の頭部の、中心よりやや上に血のように赤い眼光が閃く。その口からは細長い舌が忙しなく出し入れされ、獲物の匂いを嗅ぎ分けようとしていた。


 そしてその妖魔の視線の先に、建物のドアの傍に縮こまって震えている少女の姿が見えた。コル達よりもさらに幼く、まだ十歳にもなっていなさそうだ。肌は褐色で、髪はくるくるとカールしたボリュームのあるくせっ毛だ。顔は、背ければ現実から逃げられると思っているかのように建物に向けられているため、こちらからは見えない。周りには、他に人影は見られなかった。妖魔が通りに現れてから逃げ始めたのなら、もっと大きな騒ぎになっているだろう。ということは、人々は南から妖魔が侵入したという報を受け、すでに避難していたに違いない。そして何かの手違いで、少女が一人取り残されてしまったのだ。


 巨大な蛇の姿をした妖魔は、獲物を追い詰めている状況を愉しんでいるかのように、ゆらゆらと頭を動かしながらゆっくり少女に近づいていく。コルは、状況次第では自分たちだけで無理筋の特攻をするよりも、助けを呼びに行った方が確実だと思っていたが、どうやらそんなことをしている余裕はなさそうだった。


 襲われている子を助けに行こう、と一度は決断したものの、実際の状況を目の前にしてコルは改めて竦んでしまった。目の前にいる妖魔は大人の人間も余裕で一飲みにできてしまいそうな大きさだ、精霊のいないコルはもちろん、精霊はいてもまだ熟練していないルエナでも全く太刀打ちできないだろう。向こうはまだ自分たちに気づいていない、今なら自分たちは襲われずに逃げ出せる——


 コルは助けを求めるように、あるいは赦しを求めるように、ルエナの方を見やった。しかしルエナの顔に浮かんでいた表情は、コルの期待を裏切るものだった。それは、子どもながらに決死の決意を固めた表情だった。


「……いい、コル、私があの妖魔の気を引くから、その間にあの女の子を助けて。私、まだ見習いだけど、ヴィーナの力を借りれば、妖魔を牽制してここから引き離すくらいならできると思う。灯護院の近くまでおびき寄せられれば、祓魔隊に助けてもらえるはず……だからコルは女の子を連れて、妖魔に狙われないように大通りの方に逃げるのよ。分かった?」


 ルエナはコルの方を振り返りもせずに言った。声は今にも崩れてしまいそうに震えているが、話す内容はしっかりしていた。コルが早速臆病風に吹かれているなど思いもしていないのだ、という理解が、コルの心を鋭く貫いた。ルエナはまだ、ついさっきコルと交わした視線を信じている……


「う、うん、なんとか……やってみるよ」


 コルはその言葉をなんとか絞り出した。強がりであると、自覚していた。ルエナに気持ちで負けるのが怖いから、そう言っただけだ。本心では、役割をちゃんと果たせる自信なんてこれっぽちもなかった。


 しかし、時間はそんなコルの躊躇いなど意に介せず無情に進んでいく。ルエナとコルが話している間にも、大蛇はうずくまる女の子に近づいていた。もう、首を一杯に伸ばせは届いてしまいそうな距離だ。


 ルエナが、押し出すような微かな呻き声をコルのそばに残し、隠れていた建物の陰から飛び出していった。その胸元が煌めき、眩い光とともにヴィーナを呼び出す。


 黄色い閃光に目を貫かれた妖魔は、大気を劈くように鋭いシャーッという音のない悲鳴をあげて、女の子に狙いを定めていた首を擡げた。その真っ赤な目には睨んだものを焼き殺すことも出来そうな激しい眼光が宿る。開かれた巨大な口の中には、上顎から生える鋭利な二本の牙が覗く。


 ルエナが恐怖を押し退けようとするようにヴィーナに呼びかけると、ヴィーナは跳び上がり、妖魔目がけて炎の球を投げつける。火球は妖魔の巨大さと比べるといかにもひ弱で頼りなかったが、それを顔に受けた妖魔がルエナを振り向いてギロリと目を剥いたところを見ると、陽動としての役割は果たすことができたようだ。ルエナは妖魔を引きつけるために急いで飛び退る。


 それを見届けた時点で、コルも自分の仕事に取り掛からなければならない事は承知していた。つまり、妖魔の気がそれているうちに女の子をこの場から連れ出すのだ。しかし——自分自身心の底から情けないと思いつつも、コルは足が震えてその場から動くことができなかった。

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